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第6話 焔の予感

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 「…」

 「…」

 「…」

 「…」

 この階にいた蛇頭構成員は四名。奇襲してその大量の血液を奪い取り、吸血霧となった私はさらに勢いを増していた。
 これで私が吸血霧の術によって殺害した人物は、計七名になる。
 まだ息がある床に倒れ伏した者たちも、もうしばらく後には正式にその殺害数に含まれることだろう。

 身体機能が低下した彼等にはまだ息があったが、その命が続くのも、もう僅かな時間だけだ。

 (さて………良い感じに奪った鮮血を魔力変換できた。もうそろそろ吸血鬼として実体化しようか………いえ、この上の階にも熱源が五つある。そいつらを捕食してからでも遅くはない、か)

 そう考えた私…今も吸血霧に変化している…は、取り込んだ血液を魔力に変換することを急ぐ。
 混ざり合った血液で真紅となっていた霧は、そうして急速に無色透明へと戻っていく。
 
 私が変化した霧は、本来透過率が高く光を拡散させない。無色透明なのだ。

 光を拡散させて周囲を白く見せる霧や靄とはまったくの別物である。
 白い霧は湿気の多い森林地帯や湿地ならば、天然の霧と混ざり、紛れ込むことも簡単だろう。
 しかし、こうして湿気のない場所で狩りをするためには、白いままの霧は不向きだ。
 無色透明でなければ不自然過ぎる。
 そうでなければ、特定の人物目掛けて迫ってくる霧など、誰からも警戒対象から除外されない。
 まったく奇襲には向かないのである。

 そのため、私は一時その場に留まり、血液が完全に魔力へと変換される時を待った。
 不確定要素を潰し、確実に獲物へと接近できるように。

 (この東棟の連中の始末を終えたなら、次は建物に放火して回らないと。こんな場所、悪戯に残しておけば、また別の悪党のアジトにされかねない)

 などと、僅かな待ち時間を使って考えつつ、どんな順番でこの場を攻略していくか。その計画を見直していた。

 とはいえ、もちろん付け火はそのためだけではない。
 
 人間は本能的に巨大な焔を恐れる。
 火付けで蛇頭連中を混乱させれば、それだけ各個に撃破することが容易になる。
 なぜなら、巨大な炎に対して、個人個人の対応が違うからだ。
 アジトを守ろうとする者は消化しようとするだろうし、組織に対する忠誠心の薄い者は、我先に逃げ出そうとするはずだ。
 そこに付け入るスキができる。
 別々に、バラバラになって動いてくれるなら、それだけ個別に撃破しやすくなるのだ。

 (まあ、それだけじゃないのだけどね)

 それに、占領価値のない敵の拠点など燃やして更地にしてしまうことが一番だ。
 万一、この地が新たなる怪異の出現地点になったらどうなるか。
 私がもっとも心配したのはその点だった。

 (あの肺炎騒ぎ以来、闇の世界も騒がしいと聞いている。各地で怪異が大量発生しているって………そんな怪異が出現しそうな場所は、燃やして消毒しておかないと!)

 そう私が理解していたことも理由だった。

 (さて、魔力変換完了。上層階へと行くとしましょう)

 無色透明の霧…つまり私…の下では、魔力変換が完了するまでの間に、四人の蛇頭の男が、物言わぬ骸と化していた。
 私は、その四つの死体には何の感慨も持たずに、東棟の上層階へと再び昇って行った。
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