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3、猫の集会
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「でも、やぶの中はちょっとなぁー……」
私はぐちぐち文句を言いながら、やぶの中でもがいていた。
服が引っかかってるみたいだけど、暗いせいでよくわからない。
「おい、叶井。何してんだ。さっさと来い」
「わかってるってば」
先を行く美鈴君が振り向いたのがわかる。美鈴君の目が、猫の目みたいにきらっと光ったから。猫の目は、暗いところで光を反射して光るんだ。
私が今何をしているのかというと、美鈴君と一緒に猫の集会に参加するため、ひたすら夜道を走っていた。
私が家を出るのが遅れたせいで、近道をすることになったんだけど……。
美鈴君が選ぶ道は、道とはいいがたい。ひとさまのおうちの庭を抜けたり、塀の上をのぼったり。私は猫じゃないんですけど!
「お前が遅れるからこんな道を通るしかなくなったんだぞ」
「遅れた遅れたって言うけどね、夜中の十二時にこっそり家を出るのは大変なの!」
お父さんとお母さんに、本当のことなんて言えるわけがない。
同じクラスの美鈴君っていう男子が、実は半分猫で、この町の猫神様が怒っていて、猫がみんないなくなっちゃうの~! だから私、夜中だけど猫の集会に参加してくるね~!
……こんな話をしたら、私、病院に連れていかれるじゃない?
だから黙って出て来るしかなかったんだ。
お父さん、お母さん。親不孝な真梨佳をお許しください。
とにかく、誰にも見つからずに集会の場所にたどりつかないと。警察の人に見つかっても大変だ。不良小学生として補導されて、お母さんを泣かせてしまうかも……。
「ニャウ」
はっとして足下を見下ろすと、遅れる私を心配した猫の「おかか」が様子を見に来てくれていた。
この茶色の猫はおかかという名前で、美鈴君の家で飼われている。美鈴君の家の猫は他にも二匹いて、名前は「こんぶ」と「うめ」。三匹とも、美鈴君と一緒に育った兄弟みたいな猫なんだって。
おかかは美鈴君よりよっぽど優しい。猫の通り道に慣れていない私をこうして気づかってくれるんだ。美鈴君もおかかをちょっとは見習ってほしいね。
「ありがとう、おかか。私は大丈夫。さ、急ごう」
服にひっかかった枝を取り払い、私は姿勢を低くして先を急いだ。
空には、丸い月が輝いている。地上を駆ける、二人と三匹の影。
私と美鈴君と猫達は、ようやく林の中の集会場へと到着した。
「わあ……、猫がいっぱい」
空き地には、いろんな種類の猫が集まっていた。
三毛、きじとら、サバ柄、黒、白、ぶち模様。尻尾も長いのから短いものまで。短毛、長毛。
アビシニアン、ロシアンブルー、ノルウェージャンフォレストキャット……。
みんな、香箱座りをしていたり、寝そべっていたり、隣の子を威嚇したり、毛繕いをしていたりと、思い思いに待っている。
「みんな野良猫ってわけじゃないよね?」
「飼い猫もたくさんいる。飼い主の隙を見て、抜け出してくるんだよ」
人間みたいにおしゃべりしないから、それほどざわざわとはしていない。私達は一番後ろの方に腰を下ろして、集会が始まるのを待った。おかか、こんぶ、うめも私達に寄り添って、ちょこんと座っている。
「静粛に! 臨時集会を始めるぞ!」
突然、人間の声がして、私はびくりと肩を震わせた。前の方に、フードをかぶった少年が一人、偉そうな歩き方をして出てくる。
「人間だ!」
「あいつは化け猫の黒豆だよ。寝てばかりいる猫神様の意見を伝える役目をしている。威張り散らしてる、いけすかないやつで、一応まとめ役なんだ」
「子供じゃない?」
どう見たって、小学生くらいだ。フードの下からのぞく顔を見ても、私達と同じ年頃にしか見えない。
「ああ見えて、黒豆は長く生きてるんだよ」
黒豆黒豆って何かと思ったら、あの男の子、いや化け猫の名前だそうだ。
よく見れば、あの子にも黒くて長いしっぽが生えていた。
黒豆少年は、咳払いをして話し始めた。
「諸君、来月の大移動の件は耳に入っているだろうな。おのおの準備をしっかりしておくように。おい、聞いてるのか。そこ! シャーッと威嚇しない。何? 移動した先の生活はどうするんだだって? そんなことは自分で考えろ。おやつ? おやつなんかもらえなくたって生きていける! お前達、すっかり人間に骨抜きにされているな、情けない」
「おい、俺にもしゃべらせろ」
美鈴君が立ち上がった。黒豆君はすぐに美鈴君の姿を見つけて、険しい顔でにらみつける。
「半猫のミスズじゃないか……。なんだ、まさか猫神様の決定に文句があるわけじゃないよな?」
ケンカを売るような言い方に、私はハラハラしてしまう。まさか、ここでケンカしたりしないよね? 突然取っ組み合って、猫みたいに毛をまき散らして……。あれ、猫同士のケンカ、怖いんだよねぇ。
「ミスズよ。猫神様の話は聞いただろう? ここは平気で猫神様の御前に子猫を捨てるような町だ。他にも、猫達から人間への不満は山のように出ている。猫達が住むにはふさわしくない町だ」
「そう言い切るにはまだ早い。つまり、不満が改善されれば、まだ考える余地はあるんじゃないか?」
黒豆君は、黄色い目を光らせながら美鈴君をまだにらんでいた。しっぽがパタパタと激しく動いている。あれは猫の機嫌が悪い時の反応だ。
「黒豆。俺はあと一ヶ月の間に、この町の猫達の不満を解消してみせる。そうして、猫神様の考えを改めてもらうようにお願いするよ」
空き地に集まった猫達は、美鈴君と黒豆君がしゃべる度、交互に二人の方へ視線を向けていた。美鈴君の語ったことに反応してか、猫達がにわかに落ち着きをなくしてそわそわする。
もしかしたら、みんな何かをしゃべっているのかもしれない。美鈴君には猫の言葉がわかるらしいけど、私は残念ながら完全に人間なので、しゃべっていたとしてもさっぱりだ。
「……そこにいるのは誰だ? 人間なんじゃないのか?」
黒豆君の視線が向けられているのは、もちろん私。
「猫の集会だぞ。ミスズ、どうして人間なんて連れてきた」
「これは町の猫と人間の問題だ。だとすれば、人間の意見も聞いておくべきなんじゃないか? 俺がいくら言ったって、『半分猫で半分人のお前の言うことは中途半端で参考にならん』って、聞く耳持たないじゃないか、お前」
何か言いたいことがあるなら言え、と黒豆君にうながされ、私はあわてて立ち上がった。
集まった猫達の視線が、いっせいに私にそそがれる。猫達はまるで人間みたいに、私が何を言うのかと、みじろぎもせずに待っていた。
うう……相手が猫でも、結構緊張するなぁ。私、学校の授業で発表するのも大の苦手だし。でも、私にはみんなにわかってもらいたいことがある。
意を決して、私は発言した。
「ええと、石碑の前に子猫が捨てられていたことは、本当に悲しいことだと私も思います。みんなががっかりするのもよくわかります。だけど、町には猫が好きな人間、猫を大切にしたい人間もたくさんいるんです! 私は、みんなにいなくなってほしくないんです!」
黒豆君は両腕を組んで、むすっとした顔をしている。猫達は、他の猫の反応をうかがうようにきょろきょろする子、私を見上げたままの子と、それぞれ。
そんな猫や黒豆君を順番に見ながら、私は思いの丈をぶちまける。
「そう、私、猫って素晴らしい生き物、素晴らしい友達だと思うんです! 私は、猫が大好き。猫って最高!」
なんだか、話しているうちにどんどん気持ちがたかぶっていってしまい、次第に自分が何を言っているのかわからなくなってくる。
たくさんの瞳に見つめられて、あがってきちゃったみたい。顔が赤くなっていくのを自覚する。
「ね、猫って、ふわふわであったかいし、顔をうずめると甘いにおいがするし! 肉球、ぷにぷにしてるし! 体のフォルムはしなやかでかっこいいし! 鳴き声も可愛いし! なでてると、とーっても幸せな気持ちになるし! 地球で最高の生き物の一つです! いてくれなきゃ、困るよ! 猫は私の幸せ。幸せそのものだから! 猫、サイコーっ!」
私の熱弁を聞いて、猫達の間に、さわさわとしたざわめきが広がっていく。一方、私のあまりの猫に対する愛の深さに呆れているのか、美鈴君と黒豆君はあぜんとしている。
もうちょっと違う内容の意見を求められていたのかもしれない……。とんちんかんな愛を叫んでしまった……? これは……恥ずかしい、かも。
「あ、あの、みんななんて言ってるの?」
美鈴君に顔を寄せて尋ねてみる。
「……感触は悪くないみたいだな。猫達はみんな、ほめられてまんざらでもない様子だぞ。お前がわかりやすく絶賛するから、気分が良くなってるらしい」
美鈴君の頭に生えた猫の耳が、ぴこぴこ動いて猫の言葉を聞き取ろうとしている。
「町から出ていくことはないんじゃないか、って意見も出てきてるな」
やった! 素直な私の愛が、猫達に届いたのかもしれない!
同じように猫達の声を聞き取っている黒豆君は、面白くなさそうに顔をゆがめていた。
「ただ一方で」と美鈴君が続ける。「やはり不満の声もあがっているな。人間は、気が利かないから困っていることが多い、と」
意見は五分五分だな、と美鈴君はつぶやいた。
「黒豆聞け。俺はこの叶井真梨佳と一緒に、町の猫の不満を解消していくつもりでいる。猫神様に伝えてほしいんだ。猫神様の意見が絶対だということは俺も承知しているが、あの方はいつも俺達みんなの意見を聞いてくれる。町を移動する前に、もう一度、猫達にこの町と人間についてどう思うか聞き、それで改めて方針を決めてもらいたい」
一ヶ月の猶予の間に、この町の猫の幸福度を上げて、人間を好きになってもらう。みんなが町と人を気に入っていると言い出せば、猫神様だって無理矢理連れていこうとはしないだろう。これが美鈴君の考えだ。
猫達が、小さな声でニャゴニャゴ鳴き始める。美鈴君の通訳によれば、猫達は美鈴君の意見におおむね賛成らしい。
やっぱり引っ越しって、猫は好きじゃないから、それがきいているんだろうね。
「静粛に、静粛に! うるさいぞ! わかった、そこまで言うなら伝えてやる。ただし一ヶ月だけだし、皆の意見がどうなるか、猫神様の考えが改められるかはわからない。それでもいいんだな」
「いいとも。俺は必ず、変えるつもりで動くけどな」
美鈴君の自信たっぷりな発言。黒豆君は鼻にしわを寄せて、今にもうなり出しそうな顔だ。
この二人ってもしかしなくても、仲が悪いのかな?
「勝手にしろ」
と黒豆君。
私は空き地を見渡した。
半分猫の少年と、化け猫の少年。それから集まっておとなしくしている、大勢の猫達。時刻は真夜中、地上に降り注ぐ月光。ひっそりとした林の中で、猫の集会にて発言をする私。
(もしかして、夢でも見てるんじゃないかな……)
あまりにも現実感がない。
っていうか、眠い。十二時過ぎてるからね。いつもなら寝てる時間だもん。
はあ、とため息をつきながら私は空をあおいだ。
ぼんやりしていると、足に何かがすがりつく感触があって見下ろしてみた。すると、こんぶが物欲しげな顔をして一言、ひゃーん、と鳴く。
「ああ、そっか、おやつね」
私はポケットの中から、猫用おやつのにゃーるを取り出した。にゃーるはペースト状になったおやつで、猫に大人気の一品だ。
封を切ったとたん、敏感ににおいをかぎつけた猫達がせまってくる。
「にゃーん」「あおーん」「なーん」「あうう!」「ぐるぐる」
みんなしっぽを立てて大騒ぎだ。
「待って、落ち着いて! ああ……もっと持ってくればよかったな……」
するとその光景を見た黒豆君が、指をさして怒り出す。
「こらぁーっ! 何してる、そこ! ワイロはやめろ! そうやって食べ物で猫をつって、自分達に賛同させようとしてるな! この卑怯者め!」
「違います、誤解だよ!」
猫まみれになる私をにやにやして見つめながら、美鈴君は黒豆君に言った。
「どんな手をつかったって構わないはずだ。町にいたいと思えばいいんだからな」
「うぬぬ……っ! 覚えてろ! 次は私もにゃーるをわんさか仕入れて、猫達をこっちの味方に引き入れてやる!」
そういう話だったっけ?
私は押し寄せる大量の猫をかわしながら、やれやれとかぶりを振るのだった。
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