猫っぽいよね?美鈴君

ハルアキ

文字の大きさ
上 下
4 / 10

4、お助けアプリ

しおりを挟む

 * * *

「これが、猫お助けアプリだ」

 あくびをしている私の隣で、美鈴君がスマホを取り出した。
 なんで私があくびばかりしてるかって? 寝不足だからです。昨日猫の集会に出席したせいで、就寝時間がずいぶんと遅くなったからね……。
 ここは子猫のシロちゃんが捨てられていた、猫神様の石碑の前。ひと気がないから、内緒話をするにはうってつけだ。
 初めて見た石碑だけど、言われなくちゃ気がつかないような、ひっそりとした場所に建っていた。

「そんなアプリ、初めて聞いたよ」
「うちの父さんが独自開発したものなんだ」

 美鈴パパは、人間社会でちゃんと仕事をしてお金を稼いでいるらしい。なんでも、アプリの開発にたずさわっているんだって。
 すごいね、今時の化け猫さんは、パソコンも使えるんだ……。
 猫おたすけアプリは、困っていることがある猫の位置情報を表示できる。GPSと連携していて、地図上に困り顔の猫のアイコンが出るんだ。

 猫の不満を感じ取るアンテナを開発したのも美鈴パパ。これはあやかしだから作れるものだそうだけど、なんとも便利だ。
 私達はこれを使い、不満を感じている猫の元を訪ねて、問題を解決していこうってわけ。
 美鈴君は肩から斜めがけした鞄をさげていて、中には助手としてついてきたおかかがいる。
 おかかは私達が話をしていると、時々興味深そうに顔をのぞかせて、つぶらな瞳でこちらを見上げている。

(くうーっ、可愛い! 大好き! このもふもふな生き物と離ればなれになりたくない! 頑張らなくちゃ)

 猫愛があふれて止まらない。自分の体をぎゅーっと抱きしめる私に、美鈴君は無言だ。

「……引いてる? 美鈴君」
「何してんのかなって思って」
「おかかを抱きしめたいんだけど、迷惑だろうと思って、自分を抱きしめるしかなかったんだよね」

 抱っこして頬ずりしたいけど、そんな人間の愛情表現を苦手とする猫は多い。自分が好きだからって、その愛を押しつけるのは猫にとって迷惑になる場合があるんだ。
 そういうことを、私はシェルターでボランティアをしながら学んだ。
 私がしたいことじゃなくて、猫がしてほしいこと。そういうことを考えるようにしている。
 美鈴君は鞄の中にいるおかかと話をしているのか、ニ、三度うなずいた。

「抱っこはしてくれるな、と言っている」
「やっぱりね」

 飛びつかなくてよかった。おかかに嫌われちゃうところだった。
 ……それにしても。

「美鈴君って、いいよね。猫の言葉がわかるんだもの。私は聞こえないから、猫の不満にこたえられるかな……」

 これからいよいよ私達は、猫のために動き始めるのだけれど、私には不安があった。美鈴君みたいに意志疎通ができるならいい。でも、私は上手に対応できるだろうか。

「別に、しゃべられなくたってできることはあるだろう。お前は猫のことについてよく勉強しているし。猫の言葉は、声だけじゃない。耳の動きや目の動き、しっぽの動き。そういう動作や表情で、伝えてくることもある」
「そっか。それもそうだね」

 そういうことなら、私も知識はゼロじゃない。今までつちかってきたもので、役に立てるかもしれない。いや、役に立とうって思わなくちゃ。
 猫の幸せは私の幸せ。猫大移動うんぬんの件がなくたって、困っている猫がいるなら助けたい。

「お前達子供二人で、大したことなんてできるはずがない」

 私達のやる気に水をさす、いじわるな声がした。
 林の中から姿を現した小さな影は、昨日言い争いをしたばかりの少年、黒豆君だ。
 フードつきパーカーにハーフパンツにスニーカー、といったシンプルな服装。誰かに見られても、普通の小学生にしか見えない。イマドキのあやかしってこんな感じなんだね。

「猫と人間はそもそも、合わないんだよ。一緒に生活するのが間違っているんだな」

 黒豆君の言葉に、美鈴君は「ふん」と鼻で笑ってとりあわない。
 バカにされたと感じたのか、黒豆君はこちらをにらみながらこう言った。

「子供は余計なことしてないで、さっさと家に帰っておやつでも食べていればいい」
「子供子供って言うけど、黒豆君だって子供じゃん……」

 ものすごく小さな声でぽつりと言った私の言葉を、黒豆君は聞き逃さなかった。さすが聴力の優れている猫。

「人間の娘、誰が子供だ! 私は百五十歳だ!」

 全然、そんな歳には見えない。なるほど、あやかしなんだなぁーと私はまた納得した。百五十年生きているわりには、落ち着きないけどな……、なんて言ったらまた怒らせるだろうから、声には出さないでおく。

「ところで黒豆君は、どうして黒豆って名前なの?」
「それは……」

 しょっちゅう目をかっと見開いて強気な黒豆君が、めずらしくしどろもどろになる。
 その由来を教えてくれたのは、本人ではなく美鈴君だった。

「こいつは大昔、まだ普通の猫だったころ、人間に飼われていたことがあったんだ。やせっぽちで体が弱くて、いつも小さくなって丸まってた。そんな姿を見た飼い主が、黒豆みたいだなって言って、それがそのまま名前になったんだって」
「へえーそうなんだ。可愛い名前だよね」

 ちっとも恥ずかしい話ではないと思うんだけど、黒豆君の逆鱗に触れてしまったみたいだ。黒豆君の顔が、人間から猫により近いように変形して、シャアッと声を出して威嚇してくる。顔はすぐに少年にもどった。

「ミスズ! 勝手に私のプライベートな話を他人にするな! デリカシーのない奴め!」
「黒豆君って、百五十年前に生まれたのに、横文字も使いこなしているなんてすごいね!」
「当たり前だ、私は勉強熱心だからな。常に時代に合わせたアップデートをして……っておだててもお前達に対する評価は変わらんからな!」

 見かけによらず歳をとっている黒豆君は、ぷいっとそっぽを向くと、走り去っていってしまった。
 黒豆君はかなり怒りっぽい猫ちゃんだ。あれはなつかせるのは大変だろうなぁ。
 おやつでもあげれば、もっと仲良くなれるかな? でも、警戒心の強い猫だと、おやつを近づけてもシャアシャアいって、はたき落とす子もいるからね。

 なんて、私はシェルターにやってくる新入りの子達と黒豆君を重ねて考える。
 まあ、黒豆君は普通の猫じゃないんだけど。

「さて、じゃあ早速アプリを開くぞ」

 美鈴君がスマホの画面をタップする。
 町の地図が出てきて、そこに猫のアイコンがいくつも表示された。

「これは……かなり多い、ね?」
「だな」

 ざっと見たところ、四十以上もあるみたい。最近は猫を飼うおうちも増えたから、それだけ問題も増えたってことかな?
 とりあえず、私達はここから一番近いおうちを訪ねてみることにした。
 アイコンをタップしてみると、一言、猫の訴えが吹き出しになって表示される。
 この吹き出しは「つまらない」だ。


 * * *

 四階建てのマンションに、「つまらない」という不満を抱えた猫が住んでいるらしい。
 それにしても、どうやって飼い主さんに声をかけるわけ?
 私が首をひねりながらマンションを見上げていると、若い女の人が道を歩いてきて、マンションのエントランスに向かっていく。

「あの、すいません」

 美鈴君が、何のためらいもなく女の人に声をかけた。振り向く女の人に、美鈴君はにっこり微笑みかける。

「僕達、ネコネコアドバイザーという者で、猫と暮らしていてお悩みの方のご相談に乗っているんですが、お宅の猫ちゃんについて、何かお困りのことはありませんか?」

 出ました! 美鈴君の猫かぶり! 猫だけに!

「ネコネコアドバイザー?」

 女の人は怪しむ顔だ。そうだよね、私もそんなものは聞いたことがないもの。
 すると美鈴君はポケットから、カードを取り出して女の人に見せた。

「未成年ですけど、資格も持っています」

 顔写真付きのカードだ。美鈴君は適当な解説を加えて、女の人を納得させてしまった。
 そういえば美鈴君、学校ではいつもダルそうにしてるけど、成績は良いし手先も器用で、女子からは高スペック男子! って評判が良いんだっけ。
 頭が良くてウソをつくのも得意、工作が得意だからカードを作るのだってお手の物、ってわけだ。
 ほめられたことなのかは、わからないけどね。悪意はないけど、ウソはウソだし……。

「こっちは保護猫シェルターHOKAHOKAでボランティアをしている、叶井です。あまたの手強い猫を手懐けてきた強者小学生です」

 はい、これもウソ!
 でも私は美鈴君に合わせるしかなくて、女の人に頭を下げた。
 ちょっとー、そんなに堂々とウソついて、大丈夫なわけ?
 鞄から顔を出したおかかに、女の人は嬉しそうな声をあげて「よしよし」となでている。これで警戒心もかなりとかれたみたい。

 口のうまい美鈴君にだまされた(?)女の人は、私達を家に案内してくれた。
 一人暮らしの女の人が一緒に暮らしている猫は、アメリカンショートヘアーの雌、二歳。名前はマロン。

「マロンって、とてもおとなしいの。おもちゃをたくさん買ってきてるんだけど、遊ばないのよね。どこか悪いんじゃないかと思って病院にも連れて行ったんだけど、健康みたいだし。どうしてかな」

 私はお部屋にある猫用おもちゃを見てみた。電池を入れて動くものが多い。自動でゴロゴロ転がるボール、ワイヤーについている虫がブンブン回るもの。

「遊ぶのが嫌いなんだわ、きっと。でもこのままでじゃよくないんじゃないか、とも思うのよね。マロンはいつも寝ていて、退屈なんじゃないかって」

 その考えは当たっている。なぜならマロンの訴えは「つまらない」だからだ。
 飼い主のお姉さんは、ヒモ状の猫じゃらしをマロンの前でふりふりと振ってみせた。マロンはちらっと見ただけで、知らん顔。
 どう思う? と目線で美鈴君が私に質問していた。私はちょっと考えてから、お姉さんに言う。

「おもちゃが合わないだけかもしれないです。それに、じゃらし方にもコツがあって」
「コツ?」

 猫はみんな、同じおもちゃを好むわけじゃない。人間の小さな子供だって、ミニカーが好きな子もいればお人形が好きな子もいる。
 マロンは遊びたくないんじゃなくて、おもちゃが気に入らないだけかもしれない。
 それに、お姉さんのじゃらし方。あんな風に、単調な動きをしているんじゃ、猫は飽きてしまうかも。
 そんな話をすると、お姉さんは「でも、子猫の時はこういうじゃらし方でもじゃれたんだけど……」と首をかしげた。

「子猫の時は好奇心が旺盛なので、わりと何でもじゃれるんです。大人になると、こだわりが強くなるというか」
「人間と同じね」

 お姉さんは笑った。
 私、猫をじゃらすのは結構得意なんだ。
 マロンは人見知りをする方じゃないから、私が近づいても平気みたいで助かった。
 猫を夢中にさせる動かし方は、緩急をつけること。ゆっくり、素早く、止まる、の絶妙な加減に気をつける。
 私は猫じゃらしを手にして、素早く振ったり、ゆっくり目の前を通過させたり、じゃらしの先を物陰に隠して、じらせたりしてみた。

(来い、来い、マロン! ほーら、獲物はここだよ!)

 本能をくすぐるような、生き物みたいな動きを再現する。
 クッションの上に座っていたマロンの目がらんらんと光り、猫じゃらしに、ロックオン!
 ちょい、ちょい、と手が出始める。
 そして、ついに!
 マロンは立ち上がって、猫じゃらしにとびかかった。じゃらしをジグザグに動かせば、マロンも手をばたつかせて追いかけてくる。

「マロンってば、そんなに動けるのね!」

 お姉さんも驚いている。
 私とマロンが遊んでいるのを見守っていた美鈴君は、お姉さんの方を向いた。

「マロンはやっぱり、退屈しているみたいなんです。自分と遊んでくれないのは、あなたがいそがしいからか、遊ぶのが好きじゃない、遊んでくれるのを飽きたのでは、と思っているみたいで」

 お姉さんは驚いた顔をする。

「一人暮らしだからもちろん、いそがしい時はあるけど……。私こそ、遊ぶのが下手だから、遊んでほしくないのかと思ってたわ」
「健康にも良いし、ストレス解消にもなるので、マロンと遊んであげてくださいね」
「もちろん」

 お姉さんは、マロンを抱き上げて頬ずりをした。

「マロン、私マロンのことが大好きよ。私達ちょっと、すれ違ってたみたいね。これからはいっぱい、遊びましょう」

 マロンはお姉さんの腕の中で、「なおーん」と鳴くと目を輝かせてお姉さんを見つめていた。
しおりを挟む

処理中です...