猫っぽいよね?美鈴君

ハルアキ

文字の大きさ
上 下
8 / 10

8、化け猫?

しおりを挟む

 * * *

 猫の不満も飼い主の不満も高まる中、集会は後一週間にせまっていた。

「はあ……どうしよう。ヤバいよ美鈴君」

 アプリで確認しても、信頼度数値はあまり上がっていないし、お悩みアイコンの数も相変わらずだ。
 このままだと、猫が町からいなくなっちゃうんだよね。そして……美鈴君も引っ越してしまう。

「まだあきらめるなよ。どうにかしてくつがえせるさ」

 と話しながら二人で歩いていると、美鈴君のバッグから顔をのぞかせたこんぶが、「フーッ」とうなり声をあげた。
 見てみると、そこは野良猫を慣れさせて保護しようと考えているおうちの玄関前だった。少しずつ餌をあげて、警戒心をとく作戦をとっていると聞いている。
 その、玄関前に置いてあるはずの皿の前に、誰かがかがみこんでいた。灰色の服を着た、小さな体。

「そこで何をしているんだ!」

 美鈴君に怒鳴られると、小さな人は振り向いた。
 瑞子(子供)だ。

「うわーっ! あの子、猫の餌食べてる!」

 私は思わず悲鳴をあげた。猫に嫌がらせをするために、ご飯を横取りするつもりだったんだ。
 いや、でも、食べる? 普通。
 普通じゃない瑞子君は立ち上がり、口をもぐもぐさせながら私達をにらんでいた。
 そして、身をひるがえして走り出す。

「おい、待て!」

 私達は瑞子君を追いかけた。小柄なのにすばしっこい瑞子君に引き離されそうになるけれど、そこは半分猫の美鈴君。人間離れした速さで追いかけていく。
 どんどん引き離されて、私、はぐれそうだよ……!
 と、瑞子君が公園のやぶの中に飛びこむのが見えた。美鈴君も同じように飛びこもうとしたところ――。

「よお、なんだ、ガキ」

 ガサッと出てきたのは瑞子(おじさん)。
 んん? 瑞子君はどこに行っちゃったんだろう。

「あんた達が嫌がらせするせいで、こっちは迷惑してるんだよ。猫に対する嫌がらせを、即刻やめてもらおうか」

 美鈴君は大人相手にも怯まずに、一歩前に出る。息を切らせた私も、やっと追いついた。

「もうじきやめるさ、もうじきな……。だって、嫌がらせをする必要もなくなるじゃないか。猫はみんな、いなくなるんだろう?」
「どこでそれを……」

 そういえば、このおじさんは猫の言葉がわかるらしいってこんぶやおかかから聞いたんだ。猫の噂話を耳にしたのかな。
 私達がにらみあいを続けていると、突然ぶわっとつむじ風が吹いた。

「お前、何者だ?」

 そう言いながらやって来たのは、少年の姿をした黒豆君だ。
 黒豆君ににらまれても、瑞子さんはニヤニヤしていて余裕の顔だ。

「私の縄張りで、勝手な真似は許さないぞ」

 ふんぞり返って黒豆君は言う。

「お前の縄張り、広すぎないか」

 美鈴君がぼそりとつぶやくと、黒豆君の怒りは美鈴君にも向けられた。

「黙ってろ、半分野郎! 私は猫神様の名代だ。猫神様の縄張りはこの町全てである。ということは、この町全てが私の縄張りになるんだ」

 気が立っている二人は、私が集中しなくても耳としっぽが見えている。でも、瑞子さんには見えていない……はずだよね?
 黒豆君は瑞子さんに向き直った。

「とにかく、猫をいじめるのはやめてもらおうか。猫がやったふりをして、人間に迷惑をかけているのも貴様だろう」
「おやおや、俺のやったことはほめてもらってもいいくらいだと思うがな。猫と人間の仲が悪くなれば、黒豆、お前の望むように猫は町を出て行くことになるんだろう?」

 私達ははっとする。
 やっぱり、瑞子さんは今この町で何が起きているかよく知っているんだ。黒豆君の名前も口にした。
 シャアッと黒豆君は威嚇をして、瑞子さんに飛びかかった。強いつむじ風が吹いて、周りがよく見えなくなる。私は顔を手でかばった。
 気がつくと、黒豆君も瑞子さんもいなくなり、私と美鈴君だけが残されていた。

「あの風って……」
「黒豆の力だ。あいつはあやかしだから、力を使えるんだよ。俺みたいな半端なやつは、そうじゃないけど」

 黒豆君が美鈴君に向かってよく言う「半分」という言葉を私は思い出す。もしかすると、美鈴君は自分が半分猫で半分人間だということに、悩むこともあるのかもしれない。

「俺は完全に猫の仲間ってわけでもないし、人間の仲間ってわけでもないんだよな」

 美鈴君が苦笑するから、私はなんだか胸が、ぎゅうっとしめつけられる。

「どっちの気持ちもわかるだなんて、素敵なことだよ」

 私は美鈴君の目を見て、元気づけるように笑いかける。

「美鈴君みたいな人は、猫と人間の架け橋になれるね。今もこうして、猫や人間のために動き回ってるじゃない? そういう姿、みんな見てるし、きっとみんなに伝わってるよ」
「そうだといいけど」

 とにかく、黒豆君と瑞子さんがどうなったかが気になる。しばらく待っても黒豆君は戻ってこなかったし、話をするにはいつだれが来るかもわからない公園は不向きだから、移動することにした。

 * * *

 そして、やって来たのは猫神様の石碑の前。なんだかんだでここが一番静かで落ち着くんだよね。

「あいつの正体は、化け猫って可能性もあるな」

 美鈴君がそう言った。

「あのおじさん達も人間じゃなくて、あやかしってわけ?」
「ああ。そもそもこの町には動物のあやかしが多いんだ。化け狸もいるしな。おとなしいから悪さはしないが。瑞子はいやに猫の事情に詳しかった。集会に参加していたからかもしれない」

 瑞子さんは人に化けた猫で、人間が嫌いで、黒豆君のように猫大移動に賛成しているから、私達の邪魔をしていたってこと?
 林の中のくさむらからガサガサ音がして、少年が現れた。黒豆君だ。

「どうだったんだよ、黒豆。あの男はこらしめてやったか?」

 美鈴君が問いかけると、黒豆君はぶすっとして唇をとがらせている。

「……逃げられた。あいつ、すばしっこいんだ」
「頼りにならない猫神様の名代だな」
「なんだと?」

 あわわ、また一触即発だ。もう、ケンカはやめてよね! 内輪もめしてる場合じゃないでしょ!

「まあまあ、それで黒豆君。黒豆君も瑞子さん達があやかしだと思う?」
「そうだな。それも、かなり強い力を持っているはずだ。何せ一人で何役もやっているんだから」
「何役も……?」

 つまり、瑞子さんは一人しかいないと、こういうことらしい。
 瑞子さんは子供からおじさんまで、姿を変えてみんなのことを惑わしていたんだ。黒豆君によると、猫が人間に化けるだけでもそれなりの力を持っている証拠になる。でも、一度決めた姿以外のものになるのは大変なことなんだって。
 実際、黒豆君は少年以外の人の姿には化けられない。でも瑞子さんはたくさんの姿に化けてみせている。

「ふん、手強そうだな。しかし私はこれ以上あいつを追いかけることはできなさそうだ。あと数日は、猫神様の石碑を守らなくてはならない」

 猫神様が眠りから覚めるのは、集会の日。その直前は力が弱まるんだって。石碑にもしものことがあると、猫神様はダメージを受けてしまうそうだ。
 だからちゃんと目が覚めるまで、黒豆君は石碑に誰も手を触れないように見張っているんだ。

「瑞子のことはお前らに任せる」

 と黒豆君。
 美鈴君が片眉を上げた。

「黒豆。なんでお前も瑞子のやることをやめさせようとするんだ? あいつが言った通り、猫と人間が仲良くなれば、お前の思うままにことが進むじゃないか」

 美鈴君の言い方はちょっとイジワルだったかもしれない。黒豆君は一瞬言いよどんで目を泳がせた。でも、すぐにいつものように胸をはる。

「猫と人間がどれだけ仲が悪くなろうが私には関係ない。だが、私は猫だ。猫の代表たる者だ。あいつのやっていることは、猫の名誉を傷つける。それが許せないだけさ。さあ、さっさと行け。しっ、しっ」

 もう、陽が暮れかけている。
 黒豆君に追い払われて、私達はそこから立ち去るしかなかった。
 でも私には、なんだかふに落ちないことがいくつかあって、もやもやしたものを持て余しながら、家路を急ぐしかなかったんだ。
しおりを挟む

処理中です...