猫っぽいよね?美鈴君

ハルアキ

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9、猫神様

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 * * *

 いよいよ今夜は、猫の集会の日だ。
 私は暗い気持ちのまま、自分の部屋のベッドの上に横たわっている。
 結局瑞子さんの悪事は止められず、捕まえることもできなかった。いろいろな問題は瑞子さんの仕業であることを集会でみんなに訴えるつもりだけど、どれだけの猫が信じてくれるだろう。

(今日で、町の猫達とお別れにならないよね? 大丈夫だよね?)

 学校から帰ってから、HOKAHOKAに行って、シロに会ってきた。小さくて白くてふわふわで、あったかくて。
 私はあの子が幸せになることを、心から祈ってるんだ。
 猫の幸せってなんなんだろう。
 町から出て行くのが幸せなんだってみんなに言われたら、私は何て言って引き留めたらいいんだろう。
 夕食を食べてお風呂に入って宿題もやって、あとは眠るだけだけど、私はパジャマに着替えてはいない。

 今晩の集会に参加するために、外へ行くための服に身を包んでいた。
 美鈴君がまた迎えに来てくれるはずだ。それまでこうして、ゴロゴロしていよう。
 頭の中に、瑞子さんの姿が浮かんでくる。
 あの人、いや、あの猫、か。どうしてあそこまでひどいことをしてくるんだろう。
 あんなことをして猫嫌いな人間が増えてしまったら、瑞子さんだって暮らしにくくなるはずなのに。……ああ、出て行くつもりだから、それでいいのかな。

(でも……やっぱり、変だな)

 瑞子さんは、やたらと「猫を嫌っていた」気がするんだよね。同族をそこまで嫌うかな?
 猫と人間の関係を悪化させることより、猫への嫌がらせの方に力が入っていたように思えるのは、気のせいなのかな?

「わかんないなぁ」

 私は大きなあくびをした。
 美鈴君が迎えにくる時間まで、まだかなりある。しかも今日の集会は、午前二時に開かれるんだって。
 二時だよ? 絶対起きていられないよ。
 少しくらい、仮眠をとっておこうかな……。集会の最中にうとうとしたら困るもんね。
 私はそのまま、眠りの中へと落ちていった。

 * * *

 いつの間にか、暗い森の中を歩いている。
 しかも不思議なことに、暗いはずが周りの景色がよく見えるんだ。地面がやけに近い。
 っていうか、私、よつんばいになって歩いてない?
 右手、左手、右足、左足、と交互に動かして歩いている。
 これは……前足と後ろ足だよね。目に入る柄は、どこかで見た覚えがある。

「おかか、ついてきてるか?」

 美鈴君の声が上の方から振ってくる。
 私――おかかは、「みゃおう」と鳴いて返事をした。
 もしかしなくても私、おかかに乗り移っちゃってるのかも。おかかの中から、おかかの目線で世界を見ているんだ。
 これは前にも経験がある。あの時は、黒豆君だったっけ。
 私ってば、猫が好きすぎて、猫になる夢をよく見るんだね。

「やっぱりあいつの気配がする。今度こそ逃がさないぞ。あわよくば捕まえて、集会に引きずり出す」

 美鈴君は走り出し、おかかも追いかけた。
 速い、速い。
 猫の目線って、こんなに低いんだ。目の前に低い枝やくさむらがあらわれても、おかかは上手に避けながら駆けていく。

「なんだ、半分猫の美鈴じゃないか」

 がさっと飛び出してきたのは黒豆君だ。

「お前もあいつを追いかけてきたのか? 私一人で十分だ。お前は戻ってろ」
「そう言って、この間取り逃がしたのは誰だった?」
「ちっ」

 黒豆君が速度を上げて、美鈴君も負けじとそれに並ぶ。
 二人とも、仲良くしてよね……。
 木のすけたところに飛び出すと、二人と一匹はぴたりと足を止めた。
 そこに立っていたのは、一人のおじさん。瑞子さんだ。

「瑞子。お前、そこで何をしているんだ?」

 美鈴君が怖い声を出す。
 瑞子さんは、とんでもなく大きな岩を抱えていたのだ。その光景だけでも、彼が普通の人間ではないことがわかる。あんなひょろひょろとした体で、岩を持って歩くなんて不可能だもの。

「お前はどうも、猫じゃなさそうだな。よく考えてみたが、お前が猫だとしたら、『柱をかじってけずる』なんてことはできない。さあ、正体をあらわせ」

 ヒッヒッヒ、と瑞子さんは気味の悪い笑い声をあげた。
 美鈴君の言葉から考えてみると、猫のせいにしてイタズラをしていたのは、この瑞子さんだったってことなんだ。

「見た通り、人間に決まってるじゃないか。まあ、俺が何であろうが、お前らには関係ないことさ。俺はこれから一仕事やるから、邪魔をするなよ」

 それは、抱えている岩と何か関係があるのだろうか。
 嫌な予感がしたのは、私だけではなかったみたいだ。
 黒豆君が眉間にしわを寄せた。

「それで何をするつもりだ?」
「猫が町から出て行くのはまだ確実じゃないからな。それより猫神のやつを弱らせる方がいいかもしれんと思ったんだ。この岩を山の上から放って、石碑に当てたらどうなるかなぁ? 混乱の中、俺は猫神のしっぽを持ってブンブン振り回し、遠くまで投げ飛ばしてやる。お前達はニャアニャア鳴きながら、追いかけてどこへでも行っちまえ」

 とんでもない話だ。
 おかかが背中の毛を逆立てて、「ふーっ」とうなる。

「そんなことさせるわけ……」

 黒豆君が姿勢を低くして、足を踏ん張った。そして、瑞子さんへと飛びかかる。

「ないだろうが!」

 瑞子さんは岩を置くと、軽やかに黒豆君の攻撃をかわした。黒豆君が言っていたように、瑞子さんはとんでもなくすばしっこい。岩の周りをぐるぐる回って、黒豆君の爪はあとちょっとのところで届かない。
 そうしている間にも、岩をちょっとずつ山の上の方へと運んでいこうとしている。

「黒豆、らちがあかない。誰か呼んでくるか、戻って石碑を守れ。お前の力なら、石が飛んできても結界を張ってふせげるはずだ! 瑞子は俺が追いかける!」

 美鈴君の言葉に、黒豆君はちょっと迷うそぶりを見せたけれど、そうすることに決めたらしかった。
 山を下りる方へと向かって走り出そうとした黒豆君に、瑞子さんが声をかける。

「待て待て、逃がすと思うのか?」

 瑞子さんは笑みを浮かべると、ふところから大量の葉っぱのようなものを出してバラまいた。どこに隠していたのかと思うくらい、たくさんだ。

「なんだ、これは……」

 黒豆君は顔をしかめて、葉っぱのようなものに鼻を近づける。
 そのとたん。
 かくん、と黒豆君が膝からくずれ落ちた。

「黒豆!」

 そしてだらしなく倒れこみ、地面にスリスリと顔をこすりつける。

「ふ……ふにゃぁん」

 黒豆君はうっとりしながら、地面に転げ回り始めた。
 どうしたっていうの、いきなり!
 ……待って、もしかしてこれって……。

「またたびか……!」

 猫をふぬけにさせてしまう、最強アイテム「またたび」。この匂いをかいだが最後、猫達はみんなうっとりしながら、酔っぱらったようにくねくねしてしまうんだ。
 黒豆君はもう人間の姿を保てなくなっていて、小さな黒猫になって、またたびの中でくねくねしている。

「しっかりしろ、黒豆!」

 美鈴君は黒豆君より影響を受けないみたい。それでも、くらくらしているらしくて、足下がおぼつかない。
 そこへ瑞子さんが近づいて、美鈴君の顔に、スプレーをシュッとひと吹き。
 これって……またたびスプレーだ!
 美鈴君も耐えきれず、その場に倒れてしまった。こてんと横になって、ちょいちょいと散らばったまたたびの葉をいじり始める。
 瑞子さんがゆっくりと近づいてくるのに、二人はまたたびに夢中だ。

(おかか! どうにかして!)

 と思ったけれど、もちろんおかかだって猫だ。
 またたび攻撃に、ノックアウト。
 酔っぱらったようにおかかもまたたびの海で転げ始める。

(みんな、しっかりしてよ!)

 瑞子さんが近づいてくる――またたびに酔ってる場合じゃないってば……! ねえ!


 そこで私の目は覚めた。
 まだ外は暗いまま。時刻は一時過ぎだ。

 ――今のは……夢?

 なぞの寒気に、ぶるるっと身震いをする。

 ――ううん、夢じゃない、と思う。

 地面を走る感触、みんなの声、またたびの匂い。どれもすごく、リアルな感じがした。実際に起こったことにしか思えないんだ。
 もし現実だとしたら、大変なことになる。
 今頃、瑞子さんは石碑を破壊しようと、えっちらおっちら、岩をかついで山道をのぼっているところじゃない?
 どうしよう、と私があわてていると、窓をひっかくような音が聞こえてきた。
 ふと見ると、猫が二匹、部屋の窓を外からひっかいている。

「こんぶ、うめ!」

 美鈴君のうちに住んでいる、二匹の猫だ。
 こっちもあわてているみたいで、しっぽをブンブン振っている。
 残念なことに私は二匹の言葉がわからないから、何を訴えているのかわからない。でももしかすると、こういうことなんじゃないかな。

 美鈴君は集会の前に瑞子さんを見つけてみんなの前に引っ張り出し、悪事を暴きたかった。だからおかかを連れて、山に行ったんだ。
 なかなかもどってこないから、心配した二匹が私のところへやって来た。
 こうしちゃいられない、私も美鈴君達のところに行かなくちゃ。でも、どこにいるのか、正確な位置がわからない。山の中ってことくらいしか……。

「にゃん」

 こんぶは背中にリュックを背負っていた。動物が背負えるような、小さなものだ。
 その中には美鈴君のスマホが入っている。そしてこんぶは器用にも、画面をタップし始めた。

「こ、こんぶ……! スマホ操作できるの?」

 一応、スマホの画面は肉球でも反応するもんね。それにしても、こんぶ達はやっぱり特別賢い猫なんだ。もう何年かしたら化け猫になって、人間に変身するかもしれないな。
 猫のお悩みを訴えるアイコンが地図上に表示されている。

『動けないよ』

 黒い猫、茶色の猫、灰色の猫のアイコンがかたまっていた。
 たぶん、黒豆君、おかか、美鈴君だ!
 美鈴君……猫としてカウントされてるけどいいのかな?

「よし、行こう!」

 またもやこっそり夜中に家を抜け出した不良少女の私は、「ごめんなさい、お父さん、お母さん、今日で最後だから!」と心の中で叫びながら、こんぶとうめと一緒に、全速力で走り始めた。
 夜道を私は、走る、走る。
 いつもより体が軽い気がして、どこまでも走っていけそうだった。
 導くように先を走る二匹の猫。あの子達は、猫だけが知っている特別な道を走っているみたい。

 私はだれともすれ違わず、車一台すら見かけないまま、うっそうと草のしげる山道へと足を踏み入れた。
 飛んでるみたいに足を動かし、無我夢中で走り続ける。
 GPSを確認すると、目的の地点まではあとわずかだった。
 そして――。

「いたっ! 美鈴君、黒豆君、おかか!」

 美鈴君と黒豆君はぐったりしたまま二人背中合わせにで、ロープでしばられている。
 おかかも木にしばりつけられていた。
 ひとまず私は散らばったまたたびをかき集めてどけて、おかかを助け、美鈴君と黒豆君も離れたところまで引きずっていった。
 これで美鈴君達もまたたびから離れられるし、こんぶとうめもあまり影響を受けずに済む。

「美鈴君! 美鈴君!」

 私は美鈴君の顔をべしべし平手でたたいた。

「…ったた、痛い、わかった、わかったから叶井!」

 よかった、美鈴君、気がついたみたい。ロープをほどくと、よろめきながらも立ち上がった。
 でも、黒豆君はいまだにまたたびの効果がきついらしくて、へろへろだ。

「黒豆、大丈夫……じゃなさそうだな」
「ふにゃ……」

 いつもの気の強い黒豆君の姿はどこへやら、という感じ。
 私達は山の上の方を見上げた。

「瑞子はもう登っていったみたいだな。追いかけて止めなくちゃならない。俺じゃふもとに下りて、石碑を守るのは無理だ」

 まだ動けそうにない黒豆君とおかかのことはうめに任せて、私と美鈴君、こんぶは瑞子さんを追うために走り出した。

「イヒヒ……イヒヒ」

 満月がかかる崖の上に、岩を持ち上げた奇妙な人影があった。まさしく、人外の力だ。

「瑞子! やめろ!」

 美鈴君が声をかけると、今まさに岩を放り投げようとしていた瑞子さんがこちらを振り向く。

「おお、半分猫のガキか。遅かったな。もう終わりだぞ」

 美鈴君はけわしい顔をしながら、私にそっと言った。

「何時だ?」
「ええと……」

 美鈴君のスマホで確認すると、二時まであと五分だった。
 確か二時ちょうどに猫神様が目覚めるんだ。だから集会の時間もそれに合わせたって聞いてる。

「にゃん……」

 小さな鳴き声が聞こえたので見てみると、瑞子さんが着ているコートのポケットから、小さな子猫が顔を出していた。
 あれって……。

「シロちゃん!」

 シェルターにいるはずのシロが、どうして瑞子さんのポケットに?

「なんでも今回のもめ事のきっかけは、こいつが捨てられてたかららしいじゃないか。俺にとっては愉快なことになってくれたから、このチビを俺の手下にしてやろうと思ってな」
「勝手にシロちゃんを連れて行こうとしないでよ! この誘拐犯!」

 さすがの私も頭にきちゃった。怒鳴られた瑞子さんだけど、屁でもない様子で笑っている。

「俺がこいつを幸せにしてやろうっていうんだよ」
「猫嫌いのあなたなんかに、幸せにはできないよ!」
「だったらお前が幸せにできるっていうのか? こいつの願いはなんだか、お前知っているのか。このちっちゃい白いのは、お前になついていて、お前に飼われたがっているぞ」

 私は驚いて目を見張った。隣に目をやると、美鈴君は少し気まずそうだ。ということは、美鈴君はシロちゃんの希望を知っていたんだね。
 でも、私が飼えないのを知っているから、教えられなかったんだ。

「シロちゃん、おいでっ!」

 私が手を広げると、シロは「にゃうっ」と答えてポケットから飛び出し、私のもとへと走り寄った。
 私はシロちゃんを抱き上げる。
 小さくてあったかい、可愛い子猫。

「ごめんね、シロちゃん。飼ってあげられなくてごめん。でも、シロちゃんが幸せになれるように、頑張るからね。私を信じて、元気を出してね」

 どこか良い人と暮らせるように、叔母さん達にお願いするから。
 瑞子さんが岩を持ち上げたまま、面白くなさそうに鼻で笑う。

「どうしてそこまで猫に肩入れをするんだ? どうしてお前は猫を幸せにしようとするんだよ?」

 わたしは背筋をのばして、瑞子さんを見据える。
 ビシッと、瑞子さんを指さした。

「好きだから! 好きな相手の幸せを願うのは、当然でしょう?」

 私が猫を好きな理由はたくさんある。
 可愛いところ、無邪気なところ、素直なところ、わがままなところだって。
 小さな体で楽しそうに生きる猫を見ているのが好きなんだ。だから私は、猫に幸せでいてほしいんだ。

「ちっ……猫、猫、猫、猫って、どいつもこいつも人間どもは……猫ブームだかなんだか知らないが、こんな凶暴な肉食動物のどこがいいんだってんだ! 俺達の方がよっぽど可愛いだろうが!」
「俺達?」

 それってどういう意味?
 という私の疑問に瑞子さんが答えることはなかった。

「うおおおおおっ、くらえ猫神よ!」

 瑞子さんの腕の筋肉が盛り上がり、岩が宙へと放り投げられる。
 大変!
 その時、隣で美鈴君が……鳴いた。

「にゃあああごおおおおう!」

 ざわざわと空気が揺れて、巨大なものが空中からせまってくる。
 それは大きな猫だった。
 というか、小さな猫達が集まって、巨大な一匹の猫になっている。

「みゃああああああう」

 何十匹、何百匹もの猫達の声が合わさって、一匹の鳴き声になる。
 大きな猫は、空中を飛ぶ岩に、左前足をちょい、とお見舞いした。まるでボールにじゃれるみたいに。
 すると岩はどこかへ飛んでいって、ずずん……と重々しい地響きを立てて落下する。

「くそぉ、猫ども、こしゃくな!」

 怒りに我を忘れた瑞子さんは、そこら辺で目につくものを次々に持ち上げて投げていく。でもそのどれもが、巨大猫に弾かれてしまった。

「それなら、これをお見舞いだ!」

 まだ持っていたのか、と呆れちゃうんだけど、瑞子さんは隠し持っていたまたたびの葉っぱをばらまこうとした。
 でも、それは突然発生したつむじ風にさらわれて、誰もいない方へと吹き飛ばされてしまう。

「……二度も同じ手は使わせないぞ」

 振り向くと、ようやく意識がはっきりしたらしい黒豆君が立っている。
 私は、夜空に立つ猫の集合体をぼうぜんと見上げていた。
 色とりどりの猫がみんなで集まって……。

「可愛い……」

 と思わずにやけてしまう。
 猫って、一匹でも十匹でも可愛いんだよねぇ。

「派手に壊してやるつもりだったが、もういい。直接行って傷つけてやる!」

 瑞子さんが走り出したので、黒豆君も後を追った。
 あんな速さじゃ、私は追いつけないかも……と迷っていると、美鈴君が引っ張って、私をおぶった。

「えっ、えっ、美鈴君!」
「お前一人背負って走るくらい、わけないさ。俺は化け猫の息子だ」

 そう言うやいなや、風のように走り出した。
 周りの景色が溶けているんじゃないかと思うほどのスピードで、めまいがする。
 美鈴君が本気を出して走ったら、こんなに速いなんて。
 まさに、あやかしの力だよ。つむじ風は起こせないかもしれないけれど、やっぱり美鈴君は、あやかしの血を継いでいるんだね。

 そしていきなり、ぴたりと止まる。いつも来ていた林道だ。まるで瞬間移動だった。
 瑞子さんも黒豆君も、それくらい速く走れるらしかった。
 瑞子さんは石碑を前にして、飛びかかろうとしている。
 私は美鈴君から下りながらスマホを見た。
 二時……ちょうど!

「……まーた、お前か……」

 鈴を転がしたような美しい声が、でもちょっとだけ眠そうな声が辺りに響いた。

「何百年も我らに悪さをしてくれるのぅ」

 まばたきをすると、目の前に巨大な真っ白い猫が座っていた。
 全身が、月光のようにまばゆく輝いている。

「お目覚めですか、猫神様!」

 黒豆君のうれしそうな声。そうか、これが猫神様なんだ。
 猫神様って……。
 めっちゃ大きいね。
 動物園で見たアジアゾウの、何倍も大きいよ。

「ワシが寝ている間に、好き放題してくれたようだな」

 逃げだそうとする瑞子さんの襟首に爪をひっかけて、猫神様は持ち上げる。
 宙ぶらりんの瑞子さんは、「離せ、やめろ!」とわめいていた。

「少しお仕置きせねばなるまい」

 私は衝撃的な光景を目にした。
 あーん、と大口を開ける猫神様。
 まさかとは思ったけど、そのまさかだった。瑞子さん、猫神様の口の中に放りこまれてしまったんだ。
 ええっ! まさか、いくらなんでもそんな……。

 と私が冷や汗をかいていると、猫神様は、ぷっと口から瑞子さんを吐き出す。
 ああ、よかった。いくらなんでも食べたりしないよね……あせったぁー……。
 でも、さらに私は驚くことになる。
 吐き出されたのは瑞子さんのはずなのに、いやに小さい。さっきのおじさんの姿の、何十分の一にもなってしまっている。
 小さい耳に小さい頭。ヒゲはぴんと左右にのびて、しっぽは長い。

「チュウ!」

 瑞子さんは腹立たしそうに鳴き声をあげた。
 これって。

「ネズミ……。あ、ミズネ……ネズミ……?」
「瑞子は、化けネズミだったのか」

 美鈴君が納得したようにうなずいている。
 ミズネさん、ネズミだったから、人の家の柱を歯でけずったりできたんだね。ネズミはげっし類で、歯が丈夫だから。
 ミズネさん、立ち上がって悔しそうに地団駄を踏んでいるけど、小さい姿だからかどこか憎めないし愛らしい。
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