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10、猫と人間
しおりを挟む「ミズネは強い力を持ったあやかしだ。ずいぶん前から隙を見ては我ら猫に嫌がらせをしてくる」
猫神様は眠そうにそう教えてくれた。
そうか、猫とネズミは歴史からいっても、仲良くないかもしれないよね……。
空中に集合していた猫達が、一匹、二匹とふわふわ地面に降り立つ。みんな集会のために集まってきたんだ。
「猫ばかり、可愛い可愛いと人間にもてはやされてズルいではないか!」
ミズネさんが地団駄を踏みながら、キイキイわめいている。
「別に、ネズミも飼われておるだろうが……。ハムスターは人気のペットだと聞いているぞ」
猫神様があくびをする。
「猫が人気なのが気に食わん、雑貨屋に行けば猫のグッズばかりじゃないか。ネズミをもっと増やすべきだ!」
「我らに言うな、人に言え」
「猫なんて嫌いだ! 猫嫌い! 猫反対! 猫出て行け!」
ミズネさんは小さな体でわあわあ文句を言い続ける。あんな大きい猫神様を前にして怯まないんだから、すごい勇気だよね。
「お前の気持ちもわからんではない。我ら猫は昔からネズミをとって生きてきたからなぁ。だがそれも昔の話で、今時の飼い猫は一度もネズミなどとったことがないというのが多い。あやかし同士で争うのはやめにせぬか」
「嫌なこった! 覚えていろ、猫かぶりの猛獣どもめ!」
ミズネさんは散々悪態をつくと、どこかへと走り去って行ってしまった。
猫はネズミの天敵だ。憎まれても、仕方ないといえば仕方ないけど……。もう少し、歩み寄れる日が来るといいよね。
猫神様によると、ミズネさんの力は口に入れた時猫神様が吸い取ってしまったので、しばらくは人間に化けて悪さをしたりはできないらしい。
ミズネさんについては、これで一件落着だ。
「それで、猫神様、猫大移動の件ですが……」
美鈴君がそう言うと、猫神様は「はて?」と首をかしげた。
「何の話だ?」
「え?」
猫神様の姿が光に包まれて、その光がどんどんしぼんでいく。ちょうど人間くらいの大きさになったと思ったら、その中から本当に人間が現れた。
神々しい白い着物を身にまとった、若くて美しい青年だ。つり上がった目がどことなく猫を思わせる。
長い髪は白くて、耳としっぽが生えている。
「猫神様、石碑の前に子猫が捨てられていて嘆かわしいとおっしゃったではないですか。人間と上手くやっていくのは難しい、とか、みんなで行かなくては、とか……」
ふむ、と猫神様は手を口元にあてる。
「黒豆、それはお前の早とちりというやつだな。そりゃあ、確かにわしは眠る前に、むにゃむにゃとはしゃべったぞ。猫が捨てられて嘆かわしいのはもちろんのこと、人間と上手くやっていくのは異種族だから難しいのは当然だ。みんなで行くって話は、たまに一晩だけでも遠くに散歩に行こうかってことだぞ。黒豆も町を出たことがないと言っておったではないか。わしの力なら、一晩みんないっせいに移動するのは可能だからな。別の話を黒豆がつなげて解釈しただけだ」
黒豆君は顔を青くしている。
「で、では、猫みんなで町を出て行くというお考えは……」
「ないぞ。私はこの町の守護神であるから、そうそう見捨てたりはせんよ」
がくっ……と黒豆君が地面に手をついてうなだれる。
黒豆君、猫神様の代理として張り切っていたから、ちょっと暴走しすぎちゃったのかもしれない。なんだか気の毒になっちゃう。
「ねえ、黒豆君……」
私は黒豆君に近づいた。
「黒豆君は出て行きたいのかもしれないけど、私は黒豆君や、猫達のことが好きだよ。いなくならないでほしいんだ。人間がすることで納得がいかないことも多いかもしれないけど、そこは私達も日々努力するから、見ていてほしいな」
「……」
黒豆君はうなだれたままだ。
すると神々しい猫神様お兄さんがため息をついた。
「なんだ黒豆、お前はまだ人間と猫は一緒に住むべきじゃないと考えているのか。お前は人間が大好きじゃないか」
私は目を丸くして猫神様を見上げた。
黒豆君が、人間好き? そんな風には見えなかったけど……。
「種族の違う生き物が一緒に暮らしていると、不幸なことが多いではないですか! 私はいつまでも生きたらいい、との人間の願いで、化け猫になりました。けれど飼い主は先に死んでしまった!」
黒豆君が顔をあげないまま叫ぶ。
私は、前に見た夢を思い出した。黒豆君の姿になって、おじいさんになでられたあの夢だ。
大抵の場合、猫は飼い主よりも先にいなくなってしまう。見送らなくちゃいけない。それは仕方ないことだけど、悲しいことだ。
黒豆君の優しい飼い主は、黒豆君とお別れしたくないから、黒豆君が長生きするように願ったんだね。でも、黒豆君は残されてしまったんだ……。
「悲しい思いをするなら、一緒に住まない方がよかったんだ」
どちらかが悲しくなるのなら、初めから出会わない方がいい。それが黒豆君の考えなのかもしれない。
気持ちがわからないでもなくて、私は思わず黒豆君を抱きしめていた。
「悲しいこともあるけど、出会わない方がよかったなんてこと、ないよ。黒豆君は飼い主さんのこと、好きだったんでしょ? 良い思い出もたくさんあったんじゃないかな」
黒豆君は押し黙る。
だからね、黒豆君。黒豆君には、もっとたくさん素敵な出会いを経験してもらって、幸せを感じてもらいたいな。
「……その辺でいいんじゃないか」
美鈴君が私と黒豆君の間に入って、私は引き離された。
あれ……猫って、やきもちやくんだっけ? 犬ならよくそうなるって聞くけど……。いやいや、美鈴君を動物扱いしたら失礼か。
黒豆君から事情を聞いた猫神様は、ふんふんとうなずいた後、集う猫達を見回した。
「では一応、この町の猫達が人間との生活についてどう思っているのかは聞いておこうか」
それを聞いた私は、どきっとした。
アプリを見る限りでは、ミズネさんのせいもあるけど、不満がたまっているみたいだったから……。それを聞いた猫神様が、やっぱり出て行こうかと考え直さないとも限らない。
猫神様が声をかけると、猫達はさわさわとざわめき始めた。
鳴き声……じゃない。
なんて言っているのかはわからないけど、もしかしたらこれが猫の言葉なのかな? 私もそのうち、聞き取れるようになるのかな。
猫達は何か言っているのか、猫神様はうんうんとうなずいている。
「美鈴君、みんなはなんて言っているの?」
美鈴君は猫達の発言に耳をかたむけて、私に通訳してくれた。
「不満はたくさんある」
「抱っこしてほしくないのに抱っこする」
「おやつ、もっとほしい」
「すぐ怒る」
「わかってくれない」
それはまるで、アプリに表示されてるアイコンの訴えみたいだった。
やっぱり、みんな、人間と暮らすのは嫌なのかな……。
でも。
「悪いことばかりじゃない」
「人間が猫を好きなのはわかる」
「好きって言われるのは悪くない」
「可愛いとほめてくれる」
「なでなで、うれしい時がある」
思っていた以上に、良い意見も多いかも……?
「ミスズ達ががんばっていたの、見た。好きな人間もまあまあいる」
「そんなに人間が猫を好きなら、この町にいてあげてもいい」
そんな言葉に、私は吹き出してしまった。
どこか上から目線なのが、猫っぽいんだよね。
「……というわけだ。言葉の通じない者同士、行き違いや苦労もあるだろうが、楽しく暮らせるよう頑張っていこうではないか」
よし、と猫神様が手をたたく。
よかった、猫達は町にいてくれるんだ。
私は心底安心した。
私の友達、私の癒し。大切な存在――猫。
時には私の愛情が一方的で、猫には迷惑なんじゃないかって思うこともあるけれど。
私は猫の幸せを願って、これからも行動し続けていくと思うんだ。
だって猫が、大好きだから。
「マリカよ。この度は人間代表として頑張ってくれたようだな。お前が大人になったら、わしの嫁にしてやってもいいぞ」
「はい?」
よ……嫁? お嫁さん?
私将来、猫神様と結婚するってこと?
いやぁ、確かに猫は好きだし、猫神様はとんでもなくカッコイイお兄さんの姿をしてるけど、まだ小学生だから結婚の話はちょっとなぁ……。
「いえ、あの、私は……」
すると、美鈴君が私の肩をぐいっとつかんで引っ張った。猫神様の方を向いて、口を開く。
「猫神様、結婚はいけません。叶井は別の人間と結婚すると思うので」
別ってだれ?
美鈴君ってば、自信ありげに断言するけど、根拠は何?
猫神様は笑う。
「はっはっは、美鈴、冗談だよ。お前の気持ちはわかっている。マリカ、今回は猫がお前に世話になった。だから、礼としてお前の望みを一つ叶えてやろう。何がいい?」
望み。願い事をしていいってこと?
そうか、猫神様って神様だもんね。そういう力があるのかもしれない。
突然の話に、私は困ってしまった。一体何を願えばいいんだろう。美鈴君に相談すると、「なんでもいいだろ」って返される。
「ううーん……」
腕を組んで真剣に考えていると、着ていたパーカーがもぞもぞ動いて、白いものがぴょこりと顔を出した。
そうだ、シロ。
美鈴君と移動する時、落とさないようにシロをここに入れたんだった。
シロを抱っこして顔を見つめた私の頭に、あることがひらめいた。
「そうだ!」
願い事はこれで決まりだな。私は猫神様の前へと進み出る。
「じゃあ、猫神様。お願いします。私の望みは――」
* * *
「先週の金曜日、隕石が落ちたって話聞いた?」
「夜中に地響きが鳴ったんだってね」
「なんかー、隕石じゃないらしいよ。ただの落石だって」
「猫の鳴き声がたくさん聞こえたって話もあるよ」
「猫? なんで?」
クラスのみんながわいわいおしゃべりをする中、私はあくびをかみころしていた。
猫の集会から何日も経ってるけど、夜中に散々走り回ったせいか、私の生活リズムは少し狂ってしまって、昼間に眠くなっちゃうんだよね。
夜行性の猫じゃないんだから……。
「真梨佳ー、またお昼寝? 美鈴君みたいだよ」
友達にそう言われて顔をあげると、美鈴君も机に伏せて眠ってる。
私と美鈴君は、あれから猫神様に言われて、今後も猫達のための活動を続けることになった。ねこねこアドバイザーの仕事はまだ続くってことだよね。
黒豆君も手伝ってくれるって言ってくれた。私達三人は、町の人と猫が快適に楽しく幸せに暮らせるよう、頑張っていくつもりだよ。
(ね、美鈴君)
離れた席に座る美鈴君に心の中で呼びかけると、みんなには見えないしっぽが、ゆらりと動いた。
まるで私の呼びかけが聞こえたみたい。
私は一人静かに、くすっと笑った。
* * *
「ただいま!」
私は元気にうちの玄関に飛びこんだ。
手を洗って鞄を部屋に置いて、すぐさまリビングへと向かう。
「シロちゃん! 会いたかった~!」
「みゃお」
シロもしっぽを立てて、私の方へ近寄ってきてくれる。
ああ、猫をうちで飼える日が来るなんて、夢みたい。
この可愛さに、お母さんもお父さんもメロメロなんだ。シロは我が家のアイドルになっている。
白玉とかメレンゲとか、名前の候補はいろいろあったんだけど、散々「シロちゃん」と呼んでいたから、そのまま定着しちゃったんだ。
「お父さんのアレルギーが治ってよかったよねぇ」
お母さんがそう言って笑う。
そうだね、と私も笑ってうなずいた。
実は、猫神様にお願いしたおかげなんだ。お父さんの猫アレルギーを治してください。これが私の願い事。
願いは無事に叶って、私とシロちゃんは一緒に暮らすことができている。
後で猫神様の石碑のところに、改めてお礼を言いに行かなくちゃいけないね。にゃーるをおそなえして、手を合わせよう。
「あら、庭に猫ちゃんが来てるわ」
お母さんの声を聞いて庭に目を向けると、なんとおかかがこちらにじっと視線をそそいでいる。
何かを訴えるようなその瞳。
もしかしてまた、どこかで猫に関する問題が起きているのかな?
「おかか、待ってて。すぐ行くね」
私の大好きな猫ちゃん達。
あなた達の幸せは、私の幸せなんだ。
私が愛情をこめてシロの頭をなでると、シロもうれしそうに「にゃおん」と鳴いた。
応援ありがとうございます!
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