轟町ヒルサイト ―― On Her Majesty 's Private Service ――

甘野正雪

文字の大きさ
9 / 46
第二章 銫はセシウムの意味をもつ

第二章―06

しおりを挟む
 まるで――品性養成ギブス――だ。
 涼包すずしげは優しく接しているがその鉗鎚けんついには余念がない。
「で、なんなの?」
 だから優柔不断のままでもいさせない。
「ああ、そうそう。ゴールデンウィークの休みっていつだっけ?」
 カゲロウは話をすり替えた。いや、これはカゲロウにとっても重要なことだった。しかし。
凸凹坂あいさかくん、ほんとうに、しっかりしてよねっ」
 涼包にしては珍しく顔をしかめてみせる。
「ゴールデンウィークは4月29日の昭和の日から始まって…」
「違う違うっ。俺がいたのは、補助委員の休みのこと」
 そう。ゴールデンウィーク中も大学の図書館は開放されている。
「…? そうだよね。ごめん」
 さすが涼包といったところで理解は早かったけれど、しかし、自分の頭をコツンと小突こづいて舌を出してみせた仕草はどうなのだろうか(やっぱりするのかよっ)。少なくとも涼包に限って、これは、早合点ではないと言い切れるのだから。つまり、カゲロウの日頃の言動を彼女が正確に判断したに過ぎないのだ。カゲロウにしても、いつもであれば、その日その日と、日めくりカレンダーを千切りぎるように明日の休みを確認して過ごしたに違いない。
 しかし今年は違うのだ。
「うーと、そうだねー…」
 と、涼包は虚空こくうにカレンダーをうつしみる。そしてそのカレンダーの日付を指差しながら話しつづけた。
「29日と5日。その二日でどうかなあ。凸凹坂くんは、それでいい?」
 例によって『魅惑の微笑』だ。
「ああ、わかった。29と5日な」
 カゲロウが背を向けて再び返却作業にいそしんだのはいうまでもない。
 ――デートでもするの?
 とは訊かれなかった。
 ――なにか用事でもあるの?
 とさえ問われない。確かにそうかれればカゲロウも困るところはおおいにあった。しかし、それを問われないというのも寂しいものがある。
 いや、これでいいんだ。
 あの春のことを除いてしまえば、これが涼包 銫と付合う上でごくあたりまえのかたなのだから。
 そう――あの春のことさえなければ。
 しかし……と思う。
 これはまったく別の疑問だった。
 ――涼包は休まないのじゃないか?
 この涼包のことだ。補助委員のスケジュールなんてとっくに立ててるはずだろうに。それが、今、流れにまかせて決めました…みたいな、そんな休みの決め方なんて彼女にはあり得ない話だ。カゲロウが休みの日を訊いたということは、カゲロウが休みをほっしているのと同義であり、それを簡単にさっしてしまえる彼女だからこそ、何気なにげに休みを決めたフリをしてみせた……に違いない。
 図書館が開いてる以上、図書の返却が無い日なんてない筈だ。
 では、その返却整理を誰がする……。
 そんなの――決まってるじゃないか。
 少なからず葛藤が生じた。だってそうだろう。
 涼包 銫は――天使なんだから。
 天使を見捨てて、ひとり欲望に走る背徳といったもを、このときカゲロウは感じていた。
 ――俺は地獄に落ちるのかな。
 しかし、そうは思っても、すでに、欲望という名の列車は走り始めていたのだ。モクモクと白い煙を吐いて、烈風をり裂いて激走する。もうあらがいようもないほど、一直線のベクトルを描いて。
 ――いやっ、地獄に落ちても、この際は、やむを得ん。
 涼包を前にしてもそう思えるほど、彼にとってそれは、ギリシャ神話に聞く『黄金の羊毛衣』のように、キラキラときらめいていた。
 そうっ、たった今、決まった。
 4月29日は、彼、凸凹坂あいさか陽炎かげろうにとって、人生で、初☆デートの日なのだ。
「凸凹坂くんっ」
 それでも涼包の声が背中を撫でつける。
「なんだ……」
「なに笑ってるの?」

 ――べつに……。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

おじさん、女子高生になる

一宮 沙耶
大衆娯楽
だれからも振り向いてもらえないおじさん。 それが女子高生に向けて若返っていく。 そして政治闘争に巻き込まれていく。 その結末は?

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...