轟町ヒルサイト ―― On Her Majesty 's Private Service ――

甘野正雪

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第六章 色々あるのは分かるけど、15歳で元服ってやっぱり早すぎないか?

第六章―03

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「そうね。凸凹坂くんはわたしの蒼頭そうとうになったのだから、すべて話しておく必要があるわね……」
 そして語ってくれたのだ。
 小春井巻はこのアパート、いや、この部屋に住んでいるという。それは仮の住まいというわけでなく、この2階建て8室のアパートとその建っている土地とが、小春井巻、いや、『小春井巻あづき』という人間の持ちうる財産のすべてであり、その一室で彼女は暮らしている、ということだった。
 確かに、市井しせいの者からすれば、アパートひとむねとその土地を持っているという事だけでも幸せだ、なんて思えるかも知れない。だけれど、なんたって小春井巻家だ、その直系の者の資産が、例え、それが小娘であったとしても、それがこの襤褸ぼろアパートひとつだなんて、きっと、絶対、世間の者たちは信じないって言い切れる。
「父が、2年前、亡くなったのよ……。まあ、ここは父が所有していた唯一の財産とでもいうのかしらね。父は入り婿でね、小春井巻家の総領であった母と結婚して小春井巻家の姓に属した人で。その父はね、本当にアレな人だったのだけれど、アレしてしまってね。母もアレしていたのだけれど、わたしはアレだったから、結局、アレした挙げ句、アレしてしまって、それで父の残したアパートで暮らしている、とまあ、そういうことよ」
 ――だから、ここがわたしの唯一の家なの――
 それは、小春井巻とは思えないほど、全く歯切れが悪い説明だった。
 しかし、それほどまで、この小春井巻が言葉を濁してしまうぐらいに、やはり小春井巻家には深く淀んだ何かがあるんだろう、ということはひしひしと伝わってきた。
 ――アレってなんだ……?
 カゲロウは彼なりに、小春井巻のその文章に言葉を当てはめてみた。
『その父はね、本当に人だったのだけれど、してしまってね。母もしていたのだけれど、わたしはから、結局、した挙げ句、しまって、それで父の残したアパートで暮らしている、とまあ、そういうことよ』
 正直言ってこれは安易にすぎる推測だと思えてしまう。しかしこれ以外は小春井巻といったものがどういうものなのか詳しく知らない限り、検討のつけようもなく、これが彼の限界とも言える。だから、これが彼にとって、いや、おそらく、世間の者にとっては納得しやすいものなのだろうけれど、これではよくある下種げすかんぐりと何ら変わらないじゃないか……。
 つまるところ、小春井巻家の事情といったものに深く起因している、ということ以外、確かなことは分からない、ということだ。
 などと彼が勝手な邪推を巡らしていると、それを見透かしたように小春井巻が言った。
「言っておくけれど、親は離婚をしたわけではないわよ。まあ、別居といったところかしらね」
 ――そうなんだ……。
 あっ!
 じゃあ、小春井巻は小春井巻に戻ろうと思えば戻れるんじゃないのか?
 それをわざわざこんなアパートにひとぐらししているということは、それには戻りたくない事情がある、ということなんだろうか……?
 2年前、父が亡くなった…と言った。
 2年間――それは短いようでいて、独りで暮らすとなるとその時間は決して短いものではなかっただろう。特に小春井巻の場合は、本当に一人っきりで暮らしてきたに違いない。
 そんな孤独……。
 はたしてこれは、彼女が自ら勝ち取った孤独だといえるのだろうか……。
 ……そんな孤独。
 しかし、なんだろう。心にわだかまるものがある。それはさっきから見せている小春井巻の様子だ。これは全く、雰囲気でしか掴めないことなのだけれど、彼には、小春井巻が、今でも小春井巻家、いやもしかしたら、母か、兄弟か、その人に対し、深い思い入れを今もいだき続けているような、そんな感じが伝わってくるのだった。
「お前、兄弟は?」
「1人、6つ離れた姉がいるわね」
「会いたくなったりしないのか?」
「別に。もともと年が離れていることもあって、わたしは別の環境で育てられていたから。それに、彼女、5年も前に駆け落ち同然に出奔しゅっぽんしているわ」
「えっ!?」
 不味いこと聞いちまったっ!
「ねえ、凸凹坂くん。その、不味いこと聞いちまった~、みたいな顔するのはよしてよね」
「あ、ごめん……」
「哀れみを受けるなんて……、いえ、違うわね。あなたにだけは、哀れみを受けたくなんかないわ。あなたはわたしの蒼頭そうとうでしょう。だったら、どんなことでも、わたしのすべてを素直に受けいれるのが筋というものよ」
「そうか…。そうだな」
 確かに、哀れみなんてものは、隔絶した次元から物事を見ることができるからこそ生じるものなんだろう。もしも、同じ舟に乗っているとして、その舟が沈みかけたとしたら、そこに乗り合わせた者たちは互いに哀れみを掛け合ったりすることなんて無い筈だ。つまり、小春井巻は、彼女と同じ舟に乗るようにと言っている、いや、もはや彼女にとって彼は、彼女の小さな小さなそのボートに乗りこんだ唯一無二の人間として映っているに違いない。
 ――わかったよ。
 そう納得してしまえるところは――、いや、これは無堕落な惰性に任せたものじゃなく、明らかに自らの意志によって、彼がそのボートに足を掛けた瞬間だったのかも知れない。
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