北の大地に花束を

透峰 零

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1章 その首160億につき

罪人と行き倒れⅠー ③

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「殺されるのはたまらんね」
 どこまでも呑気に言って、青年が軽く身をひねった。
 その横を刃が通過し、攻撃を避けられた一人が勢いあまってバランスを崩す。
 青年はその足を軽く払ってやり、地面に転がった背中に容赦なく足を踏み下ろした。
 蛙の潰れるような声を上げ、相手はそれきり動かなくなる。
「やろう!」
 続いて左右から襲ってきた二人は、腕の関節を思い切り捻り上げられ、手刀の一発であえなく気絶した。
(何とまぁ……)
 離れて様子見を決め込んでいた女性は、思わず呆れた目で青年を見た。
 まるで大人と子供。いや、大人と赤子だ。
 山賊達は明らかに動揺し、仲間がやられたことに怒りをあらわにしている。
 比べて青年は、どこまでも落ち着いていた。
 数と刃物を持っていることで、山賊達は負けるはずがないと考えているのだろう。
 しかも相手は、こんな優男だ。
 冷静さを失った山賊達は、興奮も手伝ってか目を血走らせて青年に襲いかかっていくが、三秒と保たずに沈められる。
 まるで燃えると知らずに炎に飛び込む羽虫のようだ、と女性は思った。
 見る間に、青年の隣には人の山が築かれていく。
 その山の人数が十を数えたあたりで、ようやく山賊達も相手が只者ではないと気づいたらしい。
 攻撃を中断し、遠巻きに青年を睨みつける。まだ半分くらいは残っていたが、数を頼りに攻撃を仕掛けるには、仲間達の山の衝撃は大きかった。
 青年のほうは息を乱す様子すらなく、冷たく言い放つ。
「今なら見逃してやる」
 そうして、ふと顔をしかめて森の奥に視線を向けた。女性も釣られて森の奥を見やるが、何もいない。
 いや――。
 チラリと何かが動いた。
 ごく微かで、気のせいと言われてしまえば納得してしまいそうな違和感が、森の奥から漂っている。
「悪いことは言わん。面倒事に巻き込まれる前に、さっさと仲間連れて逃げろ」
 青年の『寛大な』言葉に、山賊達がありがたがって礼を言うはずもない。
 相手は荒事に無縁そうな青年一人。しかも彼らは、まだ数の上では圧倒的に有利なのだ。
「ふざけるなよこの優男!」
 一際立派な体格をした、首領格の男が唾を飛ばしながら剣を抜く。
「てめぇら! ビビッてんじゃねぇ!」
 叫び、その剣を天高く掲げ――。
「数はおれ達が」
 その先は言えなかった。
 なぜなら声を紡ぐはずの喉がなくなっていたのだから。
 いや、その表現は適切ではないだろう。
 正確に言うなら、喉ではなく首が落ちていたから。
 冗談のように切断された首が、テン、と軽い音をたてて地面に転がる。
 一拍遅れて、残った胴体から吹き上がった血しぶきが夜の森を彩った。
「ひっ……?!」
「お、お頭?!」
 悲鳴を上げる山賊達の背後から現れたのは、漆黒の装束に身を包んだ新たな一団だった。
 先頭の一人が剣を軽く振って血を払う。
 不自然なほどに静かなその佇まいに、青年が苦々しげに呟く。
「だからさっさと逃げろって言ったんだ」
 暗闇から現れた新たな一団は、最初から山賊達など眼中にないのだろう。
 単に邪魔だったから斬った。本当にそれくらいの認識しかなかったに違いない。
 身体をこわばらせる男達には見向きもせず、彼らは茂みから進み出る。
 その際、衣擦れの音はおろか葉が触れ合う微かな音さえ、その周囲からは聞こえない。
 確かにそこに存在しているのに、まるで亡霊のような不気味さをその身から放っている。
 先ほどの青年の言葉が聞こえたのか、単にあまりの気味悪さに恐れをなしたのか――おそらく後者だろうが、山賊達は散り散りに逃げていった。
 生存本能に忠実な、実に素晴らしい退散ぶりである。
 彼らが舞台から退場する代わりに、黒い一団が同時に剣を抜き放った。青年の方も、腰の獲物を構える。細身の、僅かに弓なりにそった片刃の剣だ。
 月明かりに輝く冷たい刃は合計六つ。そのうち五つが青年以外の光である。
 だが、光が静止していたのは一瞬だけで、すぐに激しい金属音が響く。
 山賊達より数は少ないが、動きから見て相手の実力は桁違いだろう。
(さてどうしたものか……)
 青年が先を急いでいたのは、が原因のようだ。
 そう見当をつけた彼女は腕を組み、手近な木にもたれかかった。完全に居座る姿勢である。
 別に山賊達と同じように逃げても良かったのだが、少しばかり好奇心が頭をもたげたのだ。
 どのみち、青年が剣を抜いた時点で退場するタイミングは逃してしまっている。
 それに、恩を返す間もなく恩人が死んでしまうというのは、何とも後味の悪いことだし。
 青年の方も女性がまだいることに気づいたのだろう。
 激しく斬り結びながら、チラリと彼女の方に視線だけ寄越した。
「何してる。さっさと逃げろ」
 短く言って、すぐにまた前に意識を集中する。
「さっきはそんなこと言わなかったぞ」
「見りゃわかるだろうが! 事情が変わった」
 叫んだ足元に、燃え盛る炎の球が着弾した。
 舌打ちをして青年は飛び退くが、そのあとを追うように次々と火球は出現する。
 彼女の場所からはハッキリと聞き取れなかったが、低い呪文が木々の間を縫って絶え間なく響いていた。
 なるほど、まだ仲間がいたということか。
「こいつらはあんたを追わない! さっさとここから去れ!」
 余裕のない青年の言葉に、彼女はちょっと首をかしげた。
「でもそいつらの目的はお前なんだろう?」
 炎に紛れての斬撃を横っ飛びに避けた青年が「勘弁してくれ」とぼやいた。
 それは相手の猛攻にというよりもむしろ――。
「それ以外の何に見えるってんだ……!」
 聞き分けのない女性の態度に、嘆きさえ混じった青年のツッコミが飛んだ。
 ほとほと困ったような視線を向ける青年に、女性はにこりと微笑む。
「それならば、一食の恩だ。助太刀しよう」
 青年が何かを言うより前に、女性の指がスイと宙を滑った。
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