忘却世界

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忘れ物がある

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彼女は目の前に現れ涙目で叫んだ。
少量の涙を袖で拭っている。

「せっかく貴方の学校に来てあげたのにどうして一言もなしなのよ。おかしいじゃない。」

かなり錯乱しながら訴える。
こうなってしまえばもう美人もなにもあったものではない。が、ひどく人間味に溢れた嘆きだった。
冷血の魔女のような外見とは裏腹になかなか可愛らしい一面があるではないか。安堵感をおぼえた。

彼女はひとしきり喚いたあと冷静さを取り戻したようで、今にも茹で上がりそうなタコのように顔を真っ赤に染めている。

「と、取り乱してしまってごめんなさい。なにぶんまともに学校に通うのなんてほぼ初めてのことだったから……」

随分と弱々しくなっていく。

「と、とりあえず場所を変えましょう。ついてきて。」

急に高圧的になった。猫をかぶるとかそういう類のものではないようだ。

校門からでて2、3分歩いたところで彼女は立ち止まり振り返って

「あ、あの。ついてきてといった矢先申し訳ないんだけど。私まだこの辺の地理に詳しくないの。だから、その、何処かのいい場所ないかしら。」

なかなかのポンコツ具合だ。こいつも八月一日といい勝負になるのでは。
でも初対面の時のことを思い出すと仕事や勉学はできるタイプなのだろう。

「わかったよ。そうだな近くていい場所は…あそこでいいか。」

そうして僕が彼女を連れてやってきたのは近場の喫茶店『カメダ珈琲』だった。

店に入り、珈琲を一杯頼んで話は始まった。

「それで?あんなに取り乱して一体全体なにがあったというだ。」

「その話はもういいわよ。恥ずかしいから。私がしたいのは、いいえしなければならないのは貴方もご存知仕事の話よ。」

「いやいや、あんなに心をいっぱいにして訴えかけられたの産まれてはじめてだ。あれをそのまま流されてしまっては気になって朝も寝られない。」

「朝は起きてなさい。」
なかなかいい反応速度だった。鍛えればいい漫才ができそうだ。

彼女は少し渋っていたものの小声になりながらも答えてくれた。

「わ、私は実はまともに学校生活というもの送ったことがなくて休み時間だとか放課後に一体何をしていればいいかわからなくて。」

「私の唯一の知り合いは貴方だけだったから探したのだけれど貴方どこ見てもいないじゃない。」

「まあそれはそのなんだ。少し避けてた。すまん。しかし、昼休みは教室に僕はいたぞ。」

「だって貴方、隣の女子と話していたじゃない。知らない人だったし。」

どうやらこの残念美人は極度の人見知りのようだ。人見知りが故に冷血さに拍車をかけていたのだ。

「わかった。取り敢えず京極。明日、八月一日を紹介してやるからその面倒臭いのを直せ。」

「ええ!そんな!それは少し難易度が高すぎないかしら。」

「そんなこといってると今後友達0人だぞ。俺だってごめんだぞ。」

そう言ったら京極も観念したようで苦し紛れに了承した。

一旦落ち着いたところでタイミングよく珈琲が運ばれてきた。なんだか遅かったのは話の締りがいいのを見計らった店員のおねえさんの配慮だろう。

「さて、それでは本題に入るけれどいいかしら。」

クールキャラのテンプレに戻った京極は僕の返事など聞かずに話し始めた。

「前に会った時に言ったように、私は貴方の担当官。監視者であり監督者であり天才アドバイザーよ。」

こんなに自信満々に自分のことを天才と名乗れるのは見たことがない。それもまた才能なのだろうか。

「貴方の処遇については話した通り私の組織のとある人が貴方の力を見込んで保護し有効活用してやろうということになったのだけれど。」

「その仕事というのはね。」

化け物退治よ。と彼女ははっきりと明確にいいきった。

「それはつまり僕に仲間殺しをしろということか?」

「いいえそうじゃないわ。私達が殺しているのは主に理性なき化け物共よ。まあたまに理性のある面倒なのもいるけれど。ターゲットはあなたとはなにも関係のないいわば獣のようなものね。」

「さらにわかりやすく言うと"害獣駆除"よ。」

これはまたわかりやすい。免許証なんて持ってないぞ。

「私達はこの世の科学力から霊的な力まで最先端の技術をもっている。しかし、それをもってしても今の貴方の体がどのようになっているかはわからないの。」

たがら実戦でおしえてよ。

と、笑顔でいわれた。不気味な微笑みである。
何が僕の体に起こったのかは未知のようだ。
訓練もなにもしたことのない僕に一体何ができるのだろう。

「素人の僕が対処できるわけが」

「勘違いしているようなら教えてあげるわ。仕事なんて言っているけれどこれは命令よ。自分の命が惜しいなら文句を言わずに黙って聞きなさい。犬は吠えても喋りはしないでしょう。」

なんだか京極の調子が戻ってきたようだ。
確かに命は惜しいし、何よりもここ数日感じていた忘れ物に気づくか気づくかないかの微妙な感覚がもどかしくてたまらなかったのだ。協力することでその先端技術とやらでなんとかなるのならこれ以上はない。 

「わかったよ。僕も自分のことが知りたくなってきた。いや、知らなくてはならない気がしてきたところだ。で?僕はどうすればいい?」

「聞き分けがいいのね。好きよ。そういうの。」

少し小悪魔感も出してきた。いよいよどストレートだ。

「そうね。これだけはわかっているのだけれど貴方はちょっとやそっとでは死なないそうよ。なぜなら…」



彼女の話を聞き終えて一人帰路につく。
時刻は午後6時半。
彼女は今夜零時に学校へ集合といった。
武器は何がいいかしら。お望みのものはなんでもあるわ。

僕はもちなれないものは持たない主義なので基本いらないと言った。後は君にお任せすると。
ただ僕は手が汚れるのが嫌いなので(なお潔癖というわけではない)何か手袋があるといいとだけ言っておいた。

まあそんなことはどうでもよいのだ。なぜなら彼女の言った一言が頭の中でこびりついて離れてくれない。

京極はこういった。僕が死なない確証というのが。 

貴方はね。私の組織の人間が発見したとき。

"肉塊"だったそうよ。
それはもう人の形をなしていないただの肉の塊だった。
それがね。戻ったのよ。発見してすぐに。
それはまるで人でない何かが人に擬態するが如く。


そんなことを聞いたあとの帰り道は天気予報を裏切りひどく雨が降っていた。

とても鉄の匂いが充満していた。
それは己が身の中にある血の匂いを連想させる。

最低最悪な帰り道だった。
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