4 / 26
第2話 確認、開始(1)
しおりを挟む
あれから誰にも悟られないよういつものように掃除や歓迎の準備を行い、およそ十時間が経過。現在あたしは来訪したソール様に呼ばれ、二人きりで客室にいます。
テーブルを挟んだソファーに座っている中年男性は、お父様の旧友じゃあない。お父様が、あたしを操るために雇った人です。
(……ミーナ、落ち着いて……。落ち着いて……)
目の前にいるのは、あたしを滅茶苦茶にしようとした敵の一人。必然的に心音が速くなりますが、動揺していたら怪しまれてしまいます。そのため何度も何度も自分に言い聞かせ、どうにかいつもの速さに戻りました。
「ミーナちゃん、わざわざ来てくれてありがとう。何かと忙しいのに悪いね」
「いえ。お気になさらないでください」
ここへの立ち入りは、あたしの希望でもあります。真実を知るためでしたら、何時間でもお付き合い致しますよ。
「そう言ってもらえると、助かるよ。……まあ、そう返すように仕込んであるんだけどな」
指をパチンと鳴らしたソール様の、表情と雰囲気が急激に変化。温厚だったソレらは鳴りを潜め、罪人を想起させる悪質なものへと変わりました。
これは、あたしを催眠状態にする合図。今のあたしはコントロールされていると思い込んでいるから、本性を出したようです。
「さてと、今夜も一仕事するとしようか。ミーナ、こいつをじっくり見つめてくれよ」
ソール様は重厚なケースから紐がついたコインを取り出し、あたしの顔の前に垂らしました。
この道具は、やけに大切に保管されています。ということは、催眠術にはこれが必要不可欠なのですね。
「…………はい。畏まりました」
書斎で考えた行動を起こすのは、まだ。あたしは残っていた記憶を頼りに催眠状態を演じ、ボーっとした顔と声音を作りました。
「よし、いい子だ。左右に揺れるこいつを、5秒見つめるんだぞ」
「はい……。ソール様……」
金色の不思議なコインを直視しないようにして前方を眺め、1、2、3、4、5秒が経ちました。過去の記憶によるとこれは下準備のようで、ここから更に深い催眠を――あたしにさせたい行動を、刷り込むようです。
「それじゃあ、本題に入るとするか。ミーナ、よーく聞け」
「…………はい、ソール様。なんでございましょう?」
「お前は今日から婚約破棄を今まで以上に嘆いて悔やむようになり、その感情は日に日に大きくなる。そうして一か月後。お前はその念に耐え切れなくなって、服毒自殺をする」
「あたしは今日から婚約破棄を今まで以上に嘆いて悔やむようになり、その感情は日に日に大きくなる。そうして一か月後。あたしはその念に耐え切れなくなって、服毒自殺をする」
これまでの例に則り、ぼんやりと反芻します。
お父様達はあたしを一か月かけてジワジワと追い込み、不自然ではない形で自殺させようとしている……。あの時偶然催眠術が解けていなければ、酷い最期にされるところでした……。
(無理やり婚約させたあとで無理やり破棄をさせるようにして、無理やり殺す)
ここまで滅茶苦茶なら、推測なんてできない。関係者に、聞くしかありません。
なのであたしは、
「しっかりと、かかったようだな。これで、俺の仕事は終わりで――」
「終わり、ではありませんよ。貴方には色々と教えていただきます」
大事にしている紐付きのコインを奪い取り、懐に隠し持っていた果物ナイフを突きつけたのでした。
テーブルを挟んだソファーに座っている中年男性は、お父様の旧友じゃあない。お父様が、あたしを操るために雇った人です。
(……ミーナ、落ち着いて……。落ち着いて……)
目の前にいるのは、あたしを滅茶苦茶にしようとした敵の一人。必然的に心音が速くなりますが、動揺していたら怪しまれてしまいます。そのため何度も何度も自分に言い聞かせ、どうにかいつもの速さに戻りました。
「ミーナちゃん、わざわざ来てくれてありがとう。何かと忙しいのに悪いね」
「いえ。お気になさらないでください」
ここへの立ち入りは、あたしの希望でもあります。真実を知るためでしたら、何時間でもお付き合い致しますよ。
「そう言ってもらえると、助かるよ。……まあ、そう返すように仕込んであるんだけどな」
指をパチンと鳴らしたソール様の、表情と雰囲気が急激に変化。温厚だったソレらは鳴りを潜め、罪人を想起させる悪質なものへと変わりました。
これは、あたしを催眠状態にする合図。今のあたしはコントロールされていると思い込んでいるから、本性を出したようです。
「さてと、今夜も一仕事するとしようか。ミーナ、こいつをじっくり見つめてくれよ」
ソール様は重厚なケースから紐がついたコインを取り出し、あたしの顔の前に垂らしました。
この道具は、やけに大切に保管されています。ということは、催眠術にはこれが必要不可欠なのですね。
「…………はい。畏まりました」
書斎で考えた行動を起こすのは、まだ。あたしは残っていた記憶を頼りに催眠状態を演じ、ボーっとした顔と声音を作りました。
「よし、いい子だ。左右に揺れるこいつを、5秒見つめるんだぞ」
「はい……。ソール様……」
金色の不思議なコインを直視しないようにして前方を眺め、1、2、3、4、5秒が経ちました。過去の記憶によるとこれは下準備のようで、ここから更に深い催眠を――あたしにさせたい行動を、刷り込むようです。
「それじゃあ、本題に入るとするか。ミーナ、よーく聞け」
「…………はい、ソール様。なんでございましょう?」
「お前は今日から婚約破棄を今まで以上に嘆いて悔やむようになり、その感情は日に日に大きくなる。そうして一か月後。お前はその念に耐え切れなくなって、服毒自殺をする」
「あたしは今日から婚約破棄を今まで以上に嘆いて悔やむようになり、その感情は日に日に大きくなる。そうして一か月後。あたしはその念に耐え切れなくなって、服毒自殺をする」
これまでの例に則り、ぼんやりと反芻します。
お父様達はあたしを一か月かけてジワジワと追い込み、不自然ではない形で自殺させようとしている……。あの時偶然催眠術が解けていなければ、酷い最期にされるところでした……。
(無理やり婚約させたあとで無理やり破棄をさせるようにして、無理やり殺す)
ここまで滅茶苦茶なら、推測なんてできない。関係者に、聞くしかありません。
なのであたしは、
「しっかりと、かかったようだな。これで、俺の仕事は終わりで――」
「終わり、ではありませんよ。貴方には色々と教えていただきます」
大事にしている紐付きのコインを奪い取り、懐に隠し持っていた果物ナイフを突きつけたのでした。
15
あなたにおすすめの小説
婚約破棄が決まっているようなので、私は国を出ることにしました
天宮有
恋愛
侯爵令嬢の私エルノアは、婚約破棄が決まっているようだ。
他国の王子ラーサーから聞いた話で、最初は信じられなかった。
婚約者のドスラ王子を追及すると、本当に婚約を破棄するつもりのようだ。
その後――私はラーサーの提案に賛同して、国を出ることにしました。
最愛の人に裏切られ死んだ私ですが、人生をやり直します〜今度は【真実の愛】を探し、元婚約者の後悔を笑って見届ける〜
腐ったバナナ
恋愛
愛する婚約者アラン王子に裏切られ、非業の死を遂げた公爵令嬢エステル。
「二度と誰も愛さない」と誓った瞬間、【死に戻り】を果たし、愛の感情を失った冷徹な復讐者として覚醒する。
エステルの標的は、自分を裏切った元婚約者と仲間たち。彼女は未来の知識を武器に、王国の影の支配者ノア宰相と接触。「私の知性を利用し、絶対的な庇護を」と、大胆な契約結婚を持ちかける。
【完結】よりを戻したいですって? ごめんなさい、そんなつもりはありません
ノエル
恋愛
ある日、サイラス宛に同級生より手紙が届く。中には、婚約破棄の原因となった事件の驚くべき真相が書かれていた。
かつて侯爵令嬢アナスタシアは、誠実に婚約者サイラスを愛していた。だが、サイラスは男爵令嬢ユリアに心を移していた、
卒業パーティーの夜、ユリアに無実の罪を着せられてしまったアナスタシア。怒ったサイラスに婚約破棄されてしまう。
ユリアの主張を疑いもせず受け入れ、アナスタシアを糾弾したサイラス。
後で真実を知ったからと言って、今さら現れて「結婚しよう」と言われても、答えは一つ。
「 ごめんなさい、そんなつもりはありません」
アナスタシアは失った名誉も、未来も、自分の手で取り戻す。一方サイラスは……。
馬鹿王子は落ちぶれました。 〜婚約破棄した公爵令嬢は有能すぎた〜
mimiaizu
恋愛
マグーマ・ティレックス――かつて第一王子にして王太子マグーマ・ツインローズと呼ばれた男は、己の人生に絶望した。王族に生まれ、いずれは国王になるはずだったのに、男爵にまで成り下がったのだ。彼は思う。
「俺はどこで間違えた?」
これは悪役令嬢やヒロインがメインの物語ではない。ざまぁされる男がメインの物語である。
※『【短編】婚約破棄してきた王太子が行方不明!? ~いいえ。王太子が婚約破棄されました~』『王太子殿下は豹変しました!? 〜第二王子殿下の心は過労で病んでいます〜』の敵側の王子の物語です。これらを見てくだされば分かりやすいです。
それなら、あなたは要りません!
じじ
恋愛
カレン=クーガーは元伯爵家令嬢。2年前に二つ上のホワン子爵家の長男ダレスに嫁いでいる。ホワン子爵家は財政難で、クーガー伯爵家に金銭的な援助を頼っている。それにも関わらず、夫のホワンはカレンを裏切り、義母のダイナはカレンに辛く当たる日々。
ある日、娘のヨーシャのことを夫に罵倒されカレンはついに反撃する。
1話完結で基本的に毎話、主人公が変わるオムニバス形式です。
夫や恋人への、ざまぁが多いですが、それ以外の場合もあります。
不定期更新です
「本当の自分になりたい」って婚約破棄しましたよね?今さら婚約し直すと思っているんですか?
水垣するめ
恋愛
「本当の自分を見て欲しい」と言って、ジョン王子はシャロンとの婚約を解消した。
王族としての務めを果たさずにそんなことを言い放ったジョン王子にシャロンは失望し、婚約解消を受け入れる。
しかし、ジョン王子はすぐに後悔することになる。
王妃教育を受けてきたシャロンは非の打ち所がない完璧な人物だったのだ。
ジョン王子はすぐに後悔して「婚約し直してくれ!」と頼むが、当然シャロンは受け入れるはずがなく……。
平民を好きになった婚約者は、私を捨てて破滅するようです
天宮有
恋愛
「聖女ローナを婚約者にするから、セリスとの婚約を破棄する」
婚約者だった公爵令息のジェイクに、子爵令嬢の私セリスは婚約破棄を言い渡されてしまう。
ローナを平民だと見下し傷つけたと嘘の報告をされて、周囲からも避けられるようになっていた。
そんな中、家族と侯爵令息のアインだけは力になってくれて、私はローナより聖女の力が強かった。
聖女ローナの評判は悪く、徐々に私の方が聖女に相応しいと言われるようになって――ジェイクは破滅することとなっていた。
ヒロインは辞退したいと思います。
三谷朱花
恋愛
リヴィアはソニエール男爵の庶子だった。15歳からファルギエール学園に入学し、第二王子のマクシム様との交流が始まり、そして、マクシム様の婚約者であるアンリエット様からいじめを受けるようになった……。
「あれ?アンリエット様の言ってることってまともじゃない?あれ?……どうして私、『ファルギエール学園の恋と魔法の花』のヒロインに転生してるんだっけ?」
前世の記憶を取り戻したリヴィアが、脱ヒロインを目指して四苦八苦する物語。
※アルファポリスのみの公開です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる