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第3話 飛んで火に入るなんとか リュシエンヌ視点(1)
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「今日はね、過去一番腹が立ってるの。だから過去一番痛い思いをさせてあげる。楽しみにしていなさいねぇ?」
例えるなら、かつて暮らしていた日本で有名だった『鬼』。ヴァランティーヌは一見すると大人しそうに見えるタレ目を激しく吊り上げ、嗜虐的に口元を緩めた。
そうそう。怒っている時はいつもこんな調子だったわね。
まずはワザとこうやって宣言してリュシエンヌを震え上がらせて、余興を愉しんでいたのよね。
「ぁ、ぁぁぁぁぁぁ……。ぁぁ、ぁぁぁぁぁぁぁ……」
「ふふふ、良い声。盛り上がってきましたわねぇ」
とりあえず怯えたフリをしながら後ずさり、密かに黒目だけを動かし周囲の状況を確認する。
コイツの仲間――パトリシアとマチルドは、確実にいない。ここは学院内だし本来は授業を受けている時間帯だから、侍女と護衛を兼ねている女も近くにはいない。
((……最終確認終了。問題なし))
邪魔をする者はひとりもいなくて、予定通り実行できる。
「それ以上逃げたら、痛くて辛い思いを倍経験してしまう羽目になりますわよ? 今すぐ後ずさりを止めなさい。大人しくこっちに来なさい」
「……………………」
「リュシエンヌさん、私(わたくし)は今あなたに向かって喋っているのよ? 聞こえないの? もしかして言語を理解する頭もなかったの?」
「い、いえ。聞こえております……。理解する頭も、あり、ます……」
「だったらさっさと来なさいよ。何度も言ってるけどね、今日は殊更に虫の居所が悪いの。いつもみたいな優しい私じゃないのよ?」
「は、はい。承知いたしました……」
優しいわたくしなんて一度も見てないんだけど? こんなヤツに限って、自分を優しいだとか温厚だとかいうのよね。こういうのは、時々あっちの世界にもいたっけ。
これまでの行いと前世の記憶を思い出しながら心の中でため息を吐き、指示に従うフリをして近づいていく。十数メートルはあった距離が一歩進むごとに縮まっていき、やがてヴァランティーヌの目の前に辿り着いた。
「その辺でいいわ。じゃあ両手を後ろに回して、こちらに向けて顔を突き出しなさい」
今回ヴァランティーヌがやろうとしているのは、平手打ち。先月もやってきたことを御所望みたい。
((……こっちにとっても、都合のいい距離になったことだしね。そろそろ、こっちも始めましょうか))「は、はい……」
あたしは『わたし』だった頃を再現して、身体を震わせながら言われた通りの体勢を取る。そうしたらヴァランティーヌの右手がスゥッと上がり、その手は勢いよく振られた――あたしの左頬へと向かってくるようになった。
――あの頃はその手はまもなくあたしの頬に当たり、顔に激痛が走った――。
けど、今回は違う。そんなことになりはしない。
「……遅いわね。今のあたしにはスローモーションに見えるわ」
「え――なっ!?」
パシン、と。後ろに回していた左手を使ってヴァランティーヌの右手首を掴み、平手打ちを阻止したのだった。
「とめ!? 止めた!? なぜっ!?」
「……呑気に驚いていていいの? 早くこの手を振りほどかないと、大変なことになっちゃうわよ?」
あたしの行動は、まだ終わりじゃない。むしろ、ここからが『本番』で――
例えるなら、かつて暮らしていた日本で有名だった『鬼』。ヴァランティーヌは一見すると大人しそうに見えるタレ目を激しく吊り上げ、嗜虐的に口元を緩めた。
そうそう。怒っている時はいつもこんな調子だったわね。
まずはワザとこうやって宣言してリュシエンヌを震え上がらせて、余興を愉しんでいたのよね。
「ぁ、ぁぁぁぁぁぁ……。ぁぁ、ぁぁぁぁぁぁぁ……」
「ふふふ、良い声。盛り上がってきましたわねぇ」
とりあえず怯えたフリをしながら後ずさり、密かに黒目だけを動かし周囲の状況を確認する。
コイツの仲間――パトリシアとマチルドは、確実にいない。ここは学院内だし本来は授業を受けている時間帯だから、侍女と護衛を兼ねている女も近くにはいない。
((……最終確認終了。問題なし))
邪魔をする者はひとりもいなくて、予定通り実行できる。
「それ以上逃げたら、痛くて辛い思いを倍経験してしまう羽目になりますわよ? 今すぐ後ずさりを止めなさい。大人しくこっちに来なさい」
「……………………」
「リュシエンヌさん、私(わたくし)は今あなたに向かって喋っているのよ? 聞こえないの? もしかして言語を理解する頭もなかったの?」
「い、いえ。聞こえております……。理解する頭も、あり、ます……」
「だったらさっさと来なさいよ。何度も言ってるけどね、今日は殊更に虫の居所が悪いの。いつもみたいな優しい私じゃないのよ?」
「は、はい。承知いたしました……」
優しいわたくしなんて一度も見てないんだけど? こんなヤツに限って、自分を優しいだとか温厚だとかいうのよね。こういうのは、時々あっちの世界にもいたっけ。
これまでの行いと前世の記憶を思い出しながら心の中でため息を吐き、指示に従うフリをして近づいていく。十数メートルはあった距離が一歩進むごとに縮まっていき、やがてヴァランティーヌの目の前に辿り着いた。
「その辺でいいわ。じゃあ両手を後ろに回して、こちらに向けて顔を突き出しなさい」
今回ヴァランティーヌがやろうとしているのは、平手打ち。先月もやってきたことを御所望みたい。
((……こっちにとっても、都合のいい距離になったことだしね。そろそろ、こっちも始めましょうか))「は、はい……」
あたしは『わたし』だった頃を再現して、身体を震わせながら言われた通りの体勢を取る。そうしたらヴァランティーヌの右手がスゥッと上がり、その手は勢いよく振られた――あたしの左頬へと向かってくるようになった。
――あの頃はその手はまもなくあたしの頬に当たり、顔に激痛が走った――。
けど、今回は違う。そんなことになりはしない。
「……遅いわね。今のあたしにはスローモーションに見えるわ」
「え――なっ!?」
パシン、と。後ろに回していた左手を使ってヴァランティーヌの右手首を掴み、平手打ちを阻止したのだった。
「とめ!? 止めた!? なぜっ!?」
「……呑気に驚いていていいの? 早くこの手を振りほどかないと、大変なことになっちゃうわよ?」
あたしの行動は、まだ終わりじゃない。むしろ、ここからが『本番』で――
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