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プロローグ ミシュリーヌ・ローメラズ視点
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「ミシュリーヌっ、俺達の婚約を解消したいんだ! 協力してくれ!」
それは、わたし達の婚約が決まってから僅か1週間後のことでした。ドザベルド子爵令息のアルチュールが――幼馴染であり婚約者が突然ウチのお屋敷を訪ねてきて、わたしが応接室に入るやそんなことを言い出したのでした。
「婚約を解消って……。アルチュール、何があったのですか……?」
「…………昨日の夜だ。俺がパーティーに参加したのは知ってるだろ?」
「え、ええ。知っています」
確か主催者は、ローヴァードン侯爵家のライオット様。ドザベルド家はローヴァ―ドン侯爵家所有の商会と取り引きがあって、その繋がりで招待されていたはず。
「……………………」
「?」
「……………………その際に、出逢ってしまったんだよ。運命の人に!」
わたしも一度だけお会いしたことのある、同じくパーティーに招待されていたザストール子爵令嬢のヴィルジニー様。
ザストール様のお姿を目にした瞬間、稲妻に打たれたような感覚があり、『運命の人』なのだと本能的に感じた。前世で深い関係にあった――かつて夫婦だったのだと、確信をした。
それを伝えるとザストール様もアルチュールを見た瞬間同様の衝撃に襲われていて、瞬く間に両想いになっていたそうです。
「自分で言うのもなんだが。ドザベルド家もローメラズ家も、すべてにおいて子爵家の中で平均的な位置にある。だろう?」
「そう、ですね」
歴史も知名度も財力も、中くらい。厳密にはドザベルド家の方が少しだけ裕福ではありますが、それは誤差の範囲にあります。
「それに引き換えヴィルジニーのザストール家は、財力の面でウチらの遥か上を行く。総合的に見ても明らかにザストール家の方が上で、そこに彼女の美貌を加えると伯爵家クラスとも充分に釣り合う人間だ。要するに俺と交際するメリットはないにもかかわらず、ヴィルジニーはそう言ってくれた。ソレは本音を口にしている証拠であり、俺達はちゃんと共鳴し合っている証拠になるんだよ」
「…………それは、そうですね」
色々な側面から考えてみましたが、嘘を吐いてわざわざアルチュールと交際するメリットはありません。恐らくザストール様も、本当に感じるものがあったのでしょう。
「……間違いなく、俺達は『運命』を感じている。ならば、夫婦になって人生を一緒に歩んでいくしかないじゃないか!」
「は、はぁ……」
「だから、お前との婚約を解消したい。とはいえそうするには、父上とミシュリーヌの父親に認めてもらわないといけない。そこでミシュリーヌには、俺と一緒にお願いをして欲しいんだよ」
協力して欲しい――。そう言い出した理由が、分かりました。
わたし達は貴族で、当然この婚約は政略的な意味があります。
婚約者を変えるメリットがあるのは『ドザベルド家』だけで、アルチュールの父は喜んで承諾するのでしょうが、ウチにはメリットがないどころか婚約者を探し直さないといけないデメリットがあります。こちらにとっては損しかありません。
ですのでわたしを使って、無理を通そうとしているのですね。
「ダヴィッドおじさんは『家』を優先するけど、なんだかんだで娘を無下にできない。しっかりとした慰謝料の支払いに加えて溺愛するミシュリーヌが『アルチュールを応援したいです』と言えば、折れてくれるはずだ」
わたしは、今は亡きお母様との唯一の愛の結晶。当主として家の未来を第一にしつつも、わたしの声はきちんと耳を傾けてくださいます。
そのため、そうですね。充分な慰謝料も出ることですし、婚約して間もないため、そのように言えばかなりの確率で通ることでしょう。
「すでに、確率が100パーセントになる台詞も考えてある。『前世で夫婦だった人とまた一緒になりたいけど、今のままではなれそうにない……。そう悲しむアルチュールの姿が、お母様との別れを悲しむお父様の姿と重なったのです。そんな辛い思いは、もう誰にもして欲しくないんです』。って言えば、間違いなく上手くいんだ。ミシュリーヌ、言ってくれ!」
「………………お断りします。その台詞は言えません。絶対に」
お母様が亡くなった時のお父様の姿は、言葉では表しきれないほどに痛々しかった。10年経った今でも鮮明に記憶に焼き付いている程に、悲痛なものでした。
それを。そんなことのために使えるはずがありません。
「そっ、そう言わないでくれ! 色々考えた結果、これが一番自然でダヴィッドおじさんに与えるインパクトが一番大きいんだよ!」
「……そんなこと、知りません。お断ります」
「たっ、頼むって! 頼むよ!! ミシュリーヌ頼む!! 俺の――俺とヴィルジニーの将来がかかってるんだ! 絶対に失敗したくないんだ! 一生のお願いだ!! 頼むっ! お願いを聞いてくれ!! ミシュリーヌ!!」
「……ですから――っ。アルチュ―ルっ、押さないでくださいっ。あぶな――ぁっ!?」
焦りながら詰め寄ってきたアルチュールを、制していた時でした。わたしはその勢いによってバランスを崩してしまい、身体が真後ろに倒れていって――
ゴン
――後頭部を、床に打ち付けてしまったのでした。
「しまっ!」
((ぁ……。視界が、かすんでいく……。もしかして……。わたしは…………このまま――っ!!))
もしかしてわたしは、このまま死んでしまうのでしょうか? そう、感じていた時でした。
突如、頭の中に見知らぬ景色が浮かび上がってきて――
それは、わたし達の婚約が決まってから僅か1週間後のことでした。ドザベルド子爵令息のアルチュールが――幼馴染であり婚約者が突然ウチのお屋敷を訪ねてきて、わたしが応接室に入るやそんなことを言い出したのでした。
「婚約を解消って……。アルチュール、何があったのですか……?」
「…………昨日の夜だ。俺がパーティーに参加したのは知ってるだろ?」
「え、ええ。知っています」
確か主催者は、ローヴァードン侯爵家のライオット様。ドザベルド家はローヴァ―ドン侯爵家所有の商会と取り引きがあって、その繋がりで招待されていたはず。
「……………………」
「?」
「……………………その際に、出逢ってしまったんだよ。運命の人に!」
わたしも一度だけお会いしたことのある、同じくパーティーに招待されていたザストール子爵令嬢のヴィルジニー様。
ザストール様のお姿を目にした瞬間、稲妻に打たれたような感覚があり、『運命の人』なのだと本能的に感じた。前世で深い関係にあった――かつて夫婦だったのだと、確信をした。
それを伝えるとザストール様もアルチュールを見た瞬間同様の衝撃に襲われていて、瞬く間に両想いになっていたそうです。
「自分で言うのもなんだが。ドザベルド家もローメラズ家も、すべてにおいて子爵家の中で平均的な位置にある。だろう?」
「そう、ですね」
歴史も知名度も財力も、中くらい。厳密にはドザベルド家の方が少しだけ裕福ではありますが、それは誤差の範囲にあります。
「それに引き換えヴィルジニーのザストール家は、財力の面でウチらの遥か上を行く。総合的に見ても明らかにザストール家の方が上で、そこに彼女の美貌を加えると伯爵家クラスとも充分に釣り合う人間だ。要するに俺と交際するメリットはないにもかかわらず、ヴィルジニーはそう言ってくれた。ソレは本音を口にしている証拠であり、俺達はちゃんと共鳴し合っている証拠になるんだよ」
「…………それは、そうですね」
色々な側面から考えてみましたが、嘘を吐いてわざわざアルチュールと交際するメリットはありません。恐らくザストール様も、本当に感じるものがあったのでしょう。
「……間違いなく、俺達は『運命』を感じている。ならば、夫婦になって人生を一緒に歩んでいくしかないじゃないか!」
「は、はぁ……」
「だから、お前との婚約を解消したい。とはいえそうするには、父上とミシュリーヌの父親に認めてもらわないといけない。そこでミシュリーヌには、俺と一緒にお願いをして欲しいんだよ」
協力して欲しい――。そう言い出した理由が、分かりました。
わたし達は貴族で、当然この婚約は政略的な意味があります。
婚約者を変えるメリットがあるのは『ドザベルド家』だけで、アルチュールの父は喜んで承諾するのでしょうが、ウチにはメリットがないどころか婚約者を探し直さないといけないデメリットがあります。こちらにとっては損しかありません。
ですのでわたしを使って、無理を通そうとしているのですね。
「ダヴィッドおじさんは『家』を優先するけど、なんだかんだで娘を無下にできない。しっかりとした慰謝料の支払いに加えて溺愛するミシュリーヌが『アルチュールを応援したいです』と言えば、折れてくれるはずだ」
わたしは、今は亡きお母様との唯一の愛の結晶。当主として家の未来を第一にしつつも、わたしの声はきちんと耳を傾けてくださいます。
そのため、そうですね。充分な慰謝料も出ることですし、婚約して間もないため、そのように言えばかなりの確率で通ることでしょう。
「すでに、確率が100パーセントになる台詞も考えてある。『前世で夫婦だった人とまた一緒になりたいけど、今のままではなれそうにない……。そう悲しむアルチュールの姿が、お母様との別れを悲しむお父様の姿と重なったのです。そんな辛い思いは、もう誰にもして欲しくないんです』。って言えば、間違いなく上手くいんだ。ミシュリーヌ、言ってくれ!」
「………………お断りします。その台詞は言えません。絶対に」
お母様が亡くなった時のお父様の姿は、言葉では表しきれないほどに痛々しかった。10年経った今でも鮮明に記憶に焼き付いている程に、悲痛なものでした。
それを。そんなことのために使えるはずがありません。
「そっ、そう言わないでくれ! 色々考えた結果、これが一番自然でダヴィッドおじさんに与えるインパクトが一番大きいんだよ!」
「……そんなこと、知りません。お断ります」
「たっ、頼むって! 頼むよ!! ミシュリーヌ頼む!! 俺の――俺とヴィルジニーの将来がかかってるんだ! 絶対に失敗したくないんだ! 一生のお願いだ!! 頼むっ! お願いを聞いてくれ!! ミシュリーヌ!!」
「……ですから――っ。アルチュ―ルっ、押さないでくださいっ。あぶな――ぁっ!?」
焦りながら詰め寄ってきたアルチュールを、制していた時でした。わたしはその勢いによってバランスを崩してしまい、身体が真後ろに倒れていって――
ゴン
――後頭部を、床に打ち付けてしまったのでした。
「しまっ!」
((ぁ……。視界が、かすんでいく……。もしかして……。わたしは…………このまま――っ!!))
もしかしてわたしは、このまま死んでしまうのでしょうか? そう、感じていた時でした。
突如、頭の中に見知らぬ景色が浮かび上がってきて――
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