婚約者にも家族にも裏切られたので、小さな村でモフモフカフェを開くことにしました

柚木ゆず

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第8話 号泣(1)



『あの日みたいにパンケーキを食べてもらえば、また来てもらえるようになる。今夜は沢山作らなきゃっ』――。
 そう意気込んで試食会を始めたのが、2時間前。そして現在までに調理をしたパンケーキの数は、2。
 平均すると、1時間に1回のペース。
 どうして、こんな有様になっているのかというと……。理由は、作る機会がないから。

『「ラング・ド・シャ」の試食会でーすっ。そこのお姉さん、特製スフレパンケーキいかがですかっ?』
『い、いえ、結構です。要りません』

『カフェ「ラング・ド・シャ」が、試食会をやってますっ。そこのお兄さん、特製スフレパンケーキを食べてくださいませんかっ?』
『……………………』

 あたしの声への反応は、即座の拒否か無言。遠方から来た旅行者の男性と女性以外はみんな、必ずこの二つのどちらかなのだ。

「「「「「「「「にゃぁ……。くぅぅん……」」」」」」」」
「あたし、明らかに嫌われてるよね……? 理由を聞いてみたいけど、きっと教えてはくれないよね……?」

 その予想は、的中。通行人に駆け寄ってみると露骨に不快な顔をして、全員が足早に去っていった。

「「「「「「「「にゃ……。にゃぅん……」」」」」」」」
「これじゃあ何も分からなくって、対処のしようがないよね……。誰か、あたしと話してくれる人がいるといいんだけど……。この街に、知り合いはいないんだよね……」
「「「「「「「「にゃぁ、にゃぅ……。うにゃぁ…………――にゃあっ!」」」」」」」」
「え? どうしたの? 右の方向に、なにかある――あっ。ラウネさんっ!」

 丸眼鏡と、使い込んだショルダーバッグ。見覚えがある姿を目にしたあたしは大急ぎで駆け寄って、ラウネさんは戸惑いながらも会釈をしてくれた。
 この人も態度が違ってるけど、他の人ほどじゃないっ。これなら話をしてもらえる!

「実は急にお客様が減って、試食会を開いても無視をされてしまうんですっ。全部に身に覚えがなくって、何がご存じありませんかっ?」
「え、ええ、知っていますよ。特にカフェのファンは、あの噂で大きなショックを受けていましたから」
「大きな、ショック? 『あの噂』ってなんなんですかっ?」

 無意識的に距離を詰めて、ラウネさんを見上げる。
 お願いしますっ。教えてくださいっ!

「…………カフェのオーナーであるサーラ・ソリテールは、酷いイジメによって婚約破棄と追放をされたサーラ・ブランだった。お店を訪ねたお客さんが顔を覚えていて、その人が街で広めたみたいなんですよ」
「……………………」

 噂の正体を知ったあたしは、おもわず言葉を失ってしまう。
 髪をバッサリ切って色も変えていて、伊達眼鏡をかけている。だから、あたしと気付くはずがない。

(村に来た時も、取材の時も、元の名字とアトリエの事実は隠した。だとしたら……)

 広めた犯人は、全てを知ってる人間。殿下、リンナ、ミント、継母、お父様の誰か、あるいは全員。
 あの人達は……。あれで、満足してなかったんだ……っ。

「「「「「「「「にゃぁ……」」」」」」」」
「みんな、心配かけてごめんね。大丈夫だよ。それなら、なんとか対処できるから」

 街を歩いてこの顔を改めて見せて、勘違いだって広める。そうすれば徐々に、そういうものは消えていく。

(直接手を出してこないってことは、陛下はまだ怪しんでくださっている。だとしたら、払拭をしても当分は仕掛けてこない)

 だって殿下達は、あたしに対して大っぴらに動けないもんね。そうやって時間を稼いでいる間に、次の手を打てないようにしておけば大丈夫だ。

(邪魔をされて陛下にお会いできないけど、時間をかければお会いできるかもしれないし。色々考えれば平気――)
「それが一つ目、片方の噂です。流れている噂は、あともう一つあるのですが……。お聞きしますか?」
「え? もう一つ? は、はいっ。お聞きします! なんなんですかっ?」

 もう一度ラウネさんを見上げ、そのあと――。あたしは大きなショックと共に、なぜ彼が言い淀んだのかを理解することになるのでした。



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