裏切られた令嬢は、自分になりすました従者から婚約者を守るため走る

柚木ゆず

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プロローグ 裏切り

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「アリス様。レイジ・ニース王太子殿下との結婚の儀が、いよいよ明日となりましたね」

 夜。自分の家で過ごす最後の、夜。自室で思い出を振り返っていると、私の従者であり幼馴染のエルサがやって来た。
 王族に入ると従者も変わってしまうため、この人と過ごすのも今日が最後。私と同じく色々と話したいことがあって、わざわざ来てくれたみたい。

「エルサ。いままで18年間、ありがとう」
「ううん、こっちこそありがとう。あたしは、アナタの従者をできて幸せだったわ」

 傍にきてくれたエルサ・ナルマは、首を振ってニッコリ笑ってくれる。
 私にとってこの人は、物心ついた時から世話をしてくれるお姉さんのような存在。なので二人きりの時は敬語をなしにしてもらっていて、今は『四つ上のお姉ちゃん』の顔で笑ってくれた。

「小さな頃から実の姉のように慕ってくれて、本当に嬉しかったの。一緒に遊んで、一緒に笑って、一緒に泣いて……。アリスと過ごした時間は、一生の宝物よ」
「私にとっても、エルサと過ごした時間は大事な大事な宝物。生涯忘れはしないわ」

 二人で庭で遊んだ記憶。二人で絵本を読んだ記憶。私のお母様、そしてエルサのお父様が亡くなった時に、共に泣いて悲しみを分け合った記憶。
 どれもかけがえのないもので、一生の思い出だ。

「エルサがいなければ、こんな人生を送れていなかったと思う。私の人生を最高のものにしてくれて、本当にありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとうございました。アリス、愛してるわ」

 私が深くお辞儀をして顔を上げると、涙まじりで抱き締めてくれた。
 温かくて柔らかい感触と、ほんのり甘い良い匂い。私はエルサの優しさに包まれた。

「アナタはあたしの自慢の主で、自慢の妹。ここを離れても、その『らしさ』を失わずに生きて頂戴ね」
「うんっ、うんっっ。そう、する……っ。ぜったい、する……っ」

 私も我慢できなくなっちゃって、涙まじりで返事をする。
 大好きな人が褒めてくれた部分、なんだもん。これからもアリス・ワールは、エルサが好きって言ってくれるアリス・ワールでいるわっ。

「アリスは、約束を絶対に守る女の子だもんね。それを聞けて安心したわ」
「約束を破ると、相手を傷付けちゃうもの。常に心配してくれるお姉ちゃんのためにも、自分を貫き続けるわ」
「…………アリスは本当に、優しくて真っすぐな子に育ってくれたわね……っ。おかげで、簡単に実行できるわ」

 ぐさり。
 私の胸に、短剣が刺さった。

「ぇ……? える、さ……?」
「アリス、世の中には面白いものがあってねえ。これは胸を刺した人間を、刺した人がイメージした姿に変えられるんだって」

 変え、られる……? わたしの、すがた、が……?

「噂を聞いて長い間探し続けて、昨日やっと手に入ったの。持ち主がなかなか譲ってくれなくって、つい殺しちゃった」

 ころ、した……? 人が、死ん、だ……?

「え、るさ……。ど、うし、て……。こん、な、こと、を……」
「『どうして?』、その答えはシンプル。アンタが憎いからよ」

 エルサは今まで見たことがない、邪悪な微笑みを浮かべた。

「生まれながらに将来を約束されている、幸せに満ちた女の子。何をやっても呑み込みが早くてそつなくこなしてしまう、あらゆる才能に恵まれた女の子。三年前に王太子の目に留まり、相思相愛で結ばれた女の子。薔薇色の道を歩んでるアンタが、ずっとずっと憎かったのよ」
「な……。そ、んな……」
「アンタと接してた時の表情、言葉は、全て偽り。アンタなんか大っ嫌いで、本当は姿も見たくなかった。どん底に落とすチャンスを探すために、傍にいただけよ」

 そう喋るエルサの瞳に、優しさは微塵もない。あるのはただただ、憎しみの色だけ。

「……今日まで、とてつもなく苦痛な日々だったわ。でもその我慢があるから、ここからは逆転。アンタは猫、あたしはアリスとして生きていくのよ」
「わ、たしが……。ねこ、に、なる……?」
「この剣は魂に刺さっていて、血が一滴も出ていないように死にはしないの。無傷なの。だからアンタは寿命が尽きるまで動物の人生を送り、逆にあたしは薔薇色の人生を送るのよ」

 エルサは口角を不気味に吊り上げ、狂気を孕んだ瞳でウィンクをした。

「レイジ様はタイプじゃないけど、地位とお金はかなりあるからね。アリスの代わりにあの人と結婚して、王太子妃として毎日を謳歌するわ。アンタは哀れに冷たい地面の上で、明日響き渡る祝砲の音を聞いて頂戴ね」
「えるさ……。やめ、て……。わたしを、うらむ、のは、いい、けど……。れいじ、さまを、まきこむ、のは、やめ――ぁ……」
「コレが刺さると、姿が変わる反動で暫く意識を失ってしまうの。目が覚めたら猫ちゃんになってるから、今までとは真逆の人生をたーっぷり楽しんでね」

 どうにか抵抗しようとしたけど、駄目。視界が急激にぼやけ、私はそのまま意識を失ってしまったのでした――。
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