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旧世界より
7.特区と蒼い石
しおりを挟む私はエクシバスさんに導かれるまま基地の敷地内に入ると、すぐ脇の建物へ案内される。
それは高さ10メートル程の足場の上に大きなアンテナなどの観測機器が乗っている観測塔らしき建物だった。
塔の頂上部分にあるのは観測室だろうか?金属の階段は頭上の構造物へ吸い込まれる様に続いていた。
『ここはボクのお気に入りでね!あの自衛隊の人になんどか連れてきてもらった事があるんだー』
そう言いながら階段を登っていく。
避難地域のゲートを通過した時も自衛官と親しげにしていた、あれは単なる知人という訳ではなかったのだろうか?そもそも、こんな所に勝手に入り込んで大丈夫なのだろうか?不安で足が鈍る私を他所に彼は気楽そうだった。
施設内の一室に招き入れられるとエクシバスさんがテーブルに荷物を置いたので私も習うように荷物を置く
『少し待ってね』と勿体付ける様に言うと彼は隣の小部屋へ入っていった。
辺りを見回すとモニターや計器などが置かれているが、動いている様子はない。
私が落ち着きなく薄暗い部屋を探るように物色していると、エクシバスさんの声が小部屋から聞こえてくる。盗み聞くつもりだった訳ではないが自然と足は話し声の聞こえる方へ進んだ。
――外国語だろうか?よく聞き取れないが、いつもの彼とは口調が違って聞こえる。もう一歩を踏み出そうとした時ガチャリとドアが開きエクシバスさんが顔をのぞかせた。
『やあ、おまたせ』
『・・・・・・・はっ、はい!』
私がビクリとしたのを察したのかエクシバスさんはニヤリとする
『君たち日本人はルールとかうるさいだろ?』
『はい?』
『君は今悪い事をしてママに怒られるのを待っている子供の顔をしているからさ』
エクシバスさんはニヤニヤしながら言った。
『ボクは初めて基地に入れてもらった時は特別な人間なんだと興奮したけどねー』
『いや!そんな事は!』
盗み聞ぎを咎められたのかと思ったが、違った様だ。私はテーブルのパイプ椅子にドッシリ腰をすえ落ち着いているぞとポーズを決めた。
『ハハハッ!安心して、ちゃんと断りは入れてあるから』
彼も座ると、拝借してきたであろう缶コーヒーを私に手渡してきたので、乾いた喉にぬるい缶コーヒーを流し込みむ。
『それにしても、あのおばあちゃんねぇ・・・・・・・』
『苫米地さんですか?エクシバスさんが来てから、何だか機嫌がわるそうな・・・・・・・ホントはあんな人ではないはずですよ?』
『うん。それは気にしてないけど、おばあちゃんには先を越されたなってねぇ』
『先をですか?』
『んー。ここで話しておきたかった事はおばあちゃんが大体話してくれちゃったのもあるけれどね。ボクが見せたいモノがあるって言ったの覚えてる?』
『ええ、覚えてますけど、一体何をを私に見せたかったんです?』
『そうだね。先ずはここの景色かな。それを見たらもう後には引けなくなるだろうね。』と立ち上がり、小さな窓の付いた扉に手を掛ける。
『覚悟は良いかい?』
私は立ち上がりゆっくりと頷いた
彼はニヤリと笑うと核戦争でも耐えられそうな分厚い扉を開け、外に出る。続いて私も恐る恐る足を踏み出すと、観測塔を取り囲むように金網の足場が空中に設置されており、私は手すりにしがみ付く様に身を乗り出した。
『・・・・・・・すごい・・・・・・・』
不思議と今まで視線を阻んでいたカゲロウも空間が歪んだ様な気持ちの悪さも急に凪いで、私に初めてその素顔を明かした様だった。
『見てごらん!この世の物とは思えない美しさを!』
エクシバスさんは声を張り上げた。
屋上や、ここに来るまでに見えたのは崖の上で茂る木々程度だったせいかジャングルの様な姿を想像していたが、予想外の光景に私は驚愕する。
『――いや、おかしい、公開されている映像と違い過ぎる・・・・・・・これじゃあまるで異世界だ!』
日本ではあり得ないギアナ高地のテーブルマウンテンの様な岩山、その岩山の高さに届きそうな巨木が斜めに生え、海辺の方では石の柱・・・・・・・いや建造物がこれも斜めに水面から頭をだしている。
いや斜めになっているのは地面その物だろう。河口を中心に奥と左の内陸側へ行くほど高くなり、手前と右手の海に近づくほど地面は低くなり海へと潜り込んでいる。どうやら陸地から特区に近づけるのはここからだけで、裏は断崖だろう。回り込むことは不可能なようだ。
『ボクは3年前、特区が現れた時に、封鎖されていた市街地に家族を探しに忍び込んだんだ。ボクの家はマリーナの近くでね、家がどこにあるか分からないくらいに町は風化していたよ。そう、あのおばあちゃんの言葉を借りるなら、口が吸いこんでしまったんだね』
彼はタバコに火を付けた。吐き出される紫煙は海風に乗り特区へと散らされて行く。
『そりゃ僕もあそこを憎く思ったさ。だけれどボクはまだ希望を捨てていないんだ。口は吸いこんだ後、また吐き出し特区を造ったんだろ?あそこに家族がいると思わないかい?そう思いここへ通ううちに自衛隊の人とも仲良くなってね』
彼は真剣な目で私に語る。目の前に非現実的な異世界が広がっているのだ。彼の考えを否定する事は私には出来ずただ相槌を打つだけだった。
『そうだ!ここでこそ秘密兵器その3が本領発揮ですよ!』
『ん?今度は何だい?』
『ドローンですよ!空から撮影すればご家族探しもできます!』
『・・・・・・・君は意外とアレなんだね、いや、ボクの説明が足りなかったかな?いくら電磁波が弱まって来ていても無線が使える程じゃないんだ』
『じゃあ、電磁波の話は政府が流してるデマじゃなかったんですか?せっかく持ってきたのに』
『あぁーあの重い荷物って・・・・・・・』
『・・・・・・・』
『気持ちは嬉しいけど、ボクの家族捜索は自衛隊が頑張ってくれたよ。ボク自身も被災地では助かったしね
それに自衛隊は特区の調査だってしたさ。でも電磁波でヘリが落ちたり機械が壊れたりしたから調査は進まなかったらしいし、中に入った隊員が帰らなかったりして今は手が出せないみたいだ。ウェンカムイの話を覚えているかい?』
『あっ、ええ』
『それも、原因の一つでね、最初は隊員の間で噂になる程度だったんだけど死人が出てからは冗談ではすまなくなったのさ』
『えっ!死者が出たなんて話は聞いた事が無いですよ!?』
『特区のニュースその物が少ないのは感染症や戦争、度重なる災害で政府や報道も訳の分からない事は後回しにしているだけだと思うよー。それに今の政府も報道も・・・・・・・そう自衛隊もだね、どこの組織もキャパオーバーだろ?それでちゃんと機能していると思うのかい?』
確かに私の様なロクに結果を出せていない末端の人間に回される様な取材だ。けれどここで成果を出さなければ嫌な上司の鼻を明かす事も出来ない。
『――なら私が、世間に特区の重要性を示すだけです!電磁波が弱まるまで待ってたら大手に特ダネをさらわれてしまいますからね!』
『ハハハハハッ!おにいさん!ヤッパリ君はガッツがあるね!ホントは見せようか迷っていたんだけど君になら見せてもいいよ!』
そう言ってエクシバスさんは拳ほどの大きさをした正方形の金属ケースを取り出した。
『秘密兵器ってのはね、こんなのを言うんだよ・・・・・・・おばあちゃんはラマトゥフと呼んでいたかな』
エクシバスさんはケースを掌の上で開いて見せると、そこにはトンコリにあったラマトゥフとよく似た石が収められている。
『こ、これは!?』
『うん、たぶんアレと同じ物だろうね。これは先代がイタリアから持ち込んだ物で「Forza14」とボクたちは呼んでるよ』
『フォルツァ?』
私はエクシバスさんの差し出したケースを覗き込むと石は青く輝き、幾何学模様が時計の歯車の様に幾重にも重なり規則正しく回転している。
『青い・・・・・・・それに、何だか生物の様に模様が蠢いているような・・・・・・・』
『おばあちゃんが持っていたのは、おとぎ話の世界から受け継がれた物だろうね。何の調整もされていない、ほとんど只の石さ。だけれどこれは違う。この石にこそが神の石なのさ!』
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