この世が異世界となった日から

あけざき けい

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旧世界より

6.始まりの場所

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 『エクシバスさん!?すみません知人だった物で少し話し込んでしまったみたいですね……』

 彼はいつからソコに立っていたのだろう?不意を突かれた私は言い訳をする様に声を発し、何だか居心地の悪い気分になった。
 
 逃げるように苫米地さんと杉浦さんの方へ視線を戻すと苫米地さんは立ち上がりエクシバスさんに向けてトンコリをポーンと鳴らした。
 
 『……!?』

 苫米地さんは何かを感じたのかエクシバスさんと対峙する様に構えた

 今まで見せた事のない様な固い顔をした苫米地さんは、招かれざる客を追い返す様に『あんた、何しに来たんだい』と言い放つ。

 『やあ!あの資料館のおばあちゃんだね?ボクは大事なお客さんを迎えに来ただけだよ』

 『大事なお客さんねぇ』

 苫米地さんが含みのある返し方をしたので、見かねた杉浦さんが『ちょっと・・・・・・・』と声を上げかけたが苫米地さんはそれを許さず『気に入らないねぇ。コソコソと……』と続ける。

 エクシバスさんは困った顔で『ボクはコソコソしてなんかいないよ。お仕事だからねー何かあったら困るんだよ』と私の肩をポンと叩き『さあ、もう良いでしょう?そろそろ行かなきゃ遅くなる』と催促する。

 『待て……あんたぁ・・・・・・・虫除けが効いてないねぇ?・・・・・・・それに呼ばれた訳でもなさそうだねぇ・・・・・・・』

 エクシバスさんは、苫米地さんの顔をチラリと見たが直ぐに視線を私に戻し、「何を言っているんだい?」と言いたげな表情をしてみせた。
 
 『すみません苫米地さん、杉浦さんも・・・・・・・彼を随分待たせてしまった様ですので、今日はこの辺で失礼します』
 
 このまま私がここに居ても、事を荒立てるだけかもしれない。そう思い荷物に手を掛けると苫米地さんが制止する様にトンコリをポーンと鳴らす。

 『あんたら、特区には近づくんじゃーないよ。あそこにはウェンカムイもいる、それにコレとは比べ物にならない程大きなラマトゥフを感じるのさ』

 苫米地さんの言葉に反応するかの様にエクシバスさんは『ウェンカムイ』と小さく呟くのが聞こえた。

 『ラマトゥフ?おばあちゃん、それって特区を造ったラマトゥフと関係が?』

 杉浦さんの問いかけに対する答えを待つ様にエクシバスさんは苫米地さんへと体を向けたので私も耳を傾ける。

 『――そうだねぇ。あの時ソレの口となったラマトゥフがまだあそこで生きている様に私には思えるのさ。ラマトゥフがソレの口になった日に、このトンコリのラマトゥフも力を増した』

 そういいトンコリのラマトゥフに目を落とす。

 『このラマトゥフを通して感じる力は日に日に弱まっている様だがね、まだ近づくには危険すぎるよ』

 『弱まる?この近さで電磁波の影響が無いのはそのせいか!』

 そんな私の言葉に苫米地さんは『だからってここが日常だと思ってはいけないよ』と更に釘をさす。

 『ふうーっ』とエクシバスさんが小さくため息をもらすと『おばあちゃんの有難いお話はこの辺にしておきましょう』と少し不機嫌そうに言い、再び私の肩をポンと叩いて行動を促す。

 『では苫米地さん、杉浦さん、お話しありがとう御座いました。ラマトゥフの事また詳しく聞かせてください!』

 苫米地さんは、少し黙ってから『済まないね年寄りの長話に付き合わせて』とだけ言いゆっくりと椅子に腰をおろした。


 
 『また資料館の方にも来てくださいね。おばあちゃんは、あなたの事を随分と気に入っているみたいですし、まだ伝えたい事もあると思うんです・・・・・・・だから必ず来てくださいね』

 杉浦さんが別れ際にそう言い深く頭を下げた

 『それに失礼な態度を取ってしまいすみませんでした。いつもはあんなんじゃないんですが』とエクシバスさんにも深く頭をさげる。

 エクシバスさんは笑顔で軽く手を上げて杉浦さんへ挨拶をすると「ギィー」と錆びた音のドアを開け階段を下りていった。

 私も杉浦さんに頭を下げ、苫米地さんにも頭を下げようと視線をやると、三人で暖を囲むように座っていた椅子には、苫米地さんの背中だけが寂しそうにトンコリを弾いていた。

 私は声を掛けずその背中に頭を下げてエクシバスさんの後を追う。




 エクシバスさんは車の前で煙草をふかしながら私を待っていた。

 『すみません。思いのほか時間を取らせてしまいました』

 『いや、いいんだよー。ボクもお話の所お邪魔しちゃったしね』

 どうやら彼はあまり気にしている様子どころか機嫌が良さそうに煙草を差し出してくるので一本頂戴する。

 『ところで秘密兵器だっけ?どうだったの?』

 『あっ、ああ、まあ大した物じゃなかったんですけど、高い所から望遠レンズで特区の撮影をと思ったんですがダメでしたね』

  私はカメラの入ったバックをポンポンと叩きながらハーッと紫煙を吐き出す。

 『まぁ秘密兵器はこれだけじゃなくて、電磁波測定器を用意してきたんですが、ここでは意味が無いみたいですしね』

 『はははっ!なんだ秘密兵器なんて言うからもっと凄いものかと思ったよ!』

 『そんな物、サラリーマンに用意できるもんですか!私の仕事はジャーナリストですよ?探偵や研究者じゃない!』
 
 『まぁまぁ、おにいさん、その測定器?特区の手前、河口まで行けば役に立つんでしょ?案内するよ、ほら荷物も手伝うからさ!』

 エクシバスさんは私の荷物を持つと『まずはマリーナまで5分位かな』と言って歩き出す。

 

 自衛隊が基地化しているマリーナまで行かなければ境界になる川には降りれないとエクシバスさんは言うが、その理由は直ぐに分かった。

 地図では川まで工場や湿地が続いているはずだったが私の目の前には海まで続く崖が広がっている。対岸を見ようと崖へ近づく私に『あまり近づくと危ないよ』とエクシバスさんが声をかけた。
 
 『うわっ!』

 崖の縁は脆くなっていて足を掛ければ砂の様に崩れた。どうやら大きく地形が変わっている・・・・・・・と、言うより急激に風化して崩れ去ったかの様に私の目には写った。

 『地形が変わって前よりも川が深くなっているから落ちたらひとたまりもないよー』
 
 エクシバスさんは軽口を叩き笑って見せた。水面までの距離は3メートルもなさそうだが流れは思いの他早そうだ。対岸に気を取られて落ちたら目も当てられないだろう。

 私は一歩下がるとカメラを構え『なんだか不気味ですね・・・・・・・専門的な事は分かりませんが、急な地殻変動でこうなったのではなく。苫米地さんの言う、ラマトゥフが特区を造ったって話が本当の様に感じますよ』と言いながらシャッターを切る。

 川幅は狭い所で20メートルといった所か。反対側の特区は先ほどの屋上から見た時よりもハッキリと見えるが、陽炎のように揺らめきファインダーを覗いていると上下の感覚が狂う様な気持ちの悪さがある。

 『ほらほら、気を付けて!足ふらついてる!川は境界線なんだ、影響が強まるから気を付けてー』

 エクシバスさんの声でカメラを降ろすと、世界がグルリと回り吐き気が襲う。

 対岸は高低差がこちらより高いので上がどうなっているか気になり、集中してカメラを覗き過ぎたせいで特区に平衡感覚を奪われたようだった。

 『こちら側のように極端な風化は見られないですが、取って付けた様な不自然さがありますね』

 エクシバスさんは私を支える様に肩に手を置き『じっくり見たいでしょ?見るならもっと先でね!』と海の方を指さす。

 『歩きながら特区を見ちゃだめだよ、またフラフラしちゃうからね』そんな話をエクシバスさんとしながら、地震でひび割れた地面をまたぎ、隆起した丘を越えて数分歩く。すると対岸の特区の壁も段々と低くなり、河口部分に着く頃にはほとんど同じ高さになってその先は海の中へ沈み込んでいた。

 『ここが丁度、海と川そして私たちの世界とあちらの世界が交差する場所なんですね。苫米地さんの話では、河口で、それの口が開いて特区が現れたそうですから、ここに自衛隊の施設があるのも何か大きな意味があるんでしょうか?』
 
 私の言葉は強い海風に遮られたのかエクシバスさんは何も返事をしなかった。

 『さて、ここなら説明もしやすいし、実際おにーさんにいろいろ見てもらおうと思うんだ』

 そう言いエクシバスさんは基地の脇に特区へと掛けられた仮設の橋らしき物の方を指さしながら、どんどん歩いていってしまう。

 『ちょっと!流石にそっちは!見つかれば面倒ですよ!』

 私が声を上げても彼は振り向く事もなく慣れた手つきでフェンスに設けられた通用口を開けて私を手招きしている。

 私は辺りを見回すと観測塔の様な建物があるが、人影は見えない様だったが身を低くしながら、手招きする扉へと駆け寄る

 『アハハ!おにいさんはニンジャだったんだね!面白い走り方だった』

 『何をふざけて!』

 『いやゴメン!ゴメン!ボクがここに来るとは伝えてあるから大丈夫!君をまだ見ぬ世界に招待するよ!』

 私は言葉が出なかった。

  

 

 

 

 

 
 

 

 

 

 
 




 

 
 

 

 


 






 

 

 

 

 



 

 

 
 

 

 

 

 
 
 

 
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