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旧世界より
5.ラマトゥフの石
しおりを挟む『温かいお茶はどうだい?』
苫米地さんはそう言いながら、紙カップにお茶を注いで手渡してくれる
杉浦さんが用意してくれた古いパイプ椅子に腰を下ろしながら、私はゆっくりとお茶を受け取る。
まだ寒い時期とは言えない筈が、ここは何だかヒンヤリとして感じる
『いただきます』と一口飲むと肩の力が抜けた。
私と、苫米地さんに杉浦さんがキャンプの火を囲むように椅子を並べると、そこだけ暖かい気がして、何だかずっと三人でここに居たかのような居心地の良さを感じた。
『実はですね、おばあちゃんと二人でここにはよく来るんですよ。今は二人で例の民族資料館にお世話になっていますが、もともとは学校の隣にある、ほら?見ませんでしたか資料館!そこで働いていて、私たちの家もすぐ近くなんです!』
『家?・・・・・・・っと言いますとお二人のご関係は?』
『あぁ!おばあちゃんは私の祖母、ホントのおばあちゃんなんです!』
『なるほどご家族でしたか』
そう告げる杉浦さんの顔を見て苫米地さんはニッコリと笑い、顔に刻まれたシワは深さを増した。
『この娘にね、あたしの仕事を見せてトンコリの稽古を付けていたのよ』
苫米地さんが、そう言うと杉浦さんが足元から、まだ使い込まれていないトンコリを持ち上げニコリと笑う。
私はトンコリではなく彼女の顔を見て、なるほど笑った顔がおばあちゃんそっくりだな等と、緊張感の無い事を思うほどにほだされていた。
最初に本題を切り出したのは苫米地さんだった。
『私らはここで魔除けをしているのさ、あっちからウェンカムイが渡って来ないようにねぇ』
ウェンカムイ・・・・・・・エクシバスさんもそんな事を言っていたな。
『このラマトゥフは特別なのよ。』
『その、ラマトゥフ? ですか?さっきも仰ってましたが、いったい何なのです?』
私がそう尋ねると、代わりに杉浦さんが答えた
『えっとラマトゥフって言うのは「魂」みたいな物だと思って下さい。元々トンコリは人体を模して造られていて、中にガラス玉を入れるんです。それがラマトゥフですね』
杉浦さんはトンコリを手に取り説明する
『黄色い石がハマっているの分かりますか?普通はガラス玉をこんな風には付けないんですけど、その石が特別みたいでなんです』
少し身を乗り出し見せてもらうと、弦の下に丸く黄色い石がトンコリのヘソの様に付けられている。
それはエレキギターのピックアップと呼ばれる弦の振動を電気に変える装置の様にみえた。
『おにいちゃん、ラマトゥフに触ってごらん』
苫米地さんの言葉に従うようにトンコリを杉浦さんの手から渡される。
石はピンポン玉ほどの大きさで表面はガラス質で透明だが幾何学模様の様な層を重ねて中心に行くほど密度を濃くし揺らめいて見えた。
人工物とも自然物とも言えない石を見ていると、意識が石の中心に引きずり込まれる様な感覚を覚え、ヒンヤリとした石は触れる指の先から熱を奪っていくようだ・・・・・・・
『熱っ!?』
石に触れていた指先が熱を感じ我に返る。
『驚いたねぇ~ やっぱり、おにいちゃんはラマトゥフに呼ばれて来たんだねぇ』
『呼ばれる!?』
『ヒヒッ その石は形だけではないよ。本当にラマトゥフが宿っていて、きっとおにいちゃんとは相性がいいんだねー』
『この石はいったい・・・・・・・いったいなんなんです!?』
『そうだね、おにいちゃんは暖かさを望まなかったかい?だからラマトゥフは熱くなったんだよ。何かと引き換えに暖かさをくれたのさぁ』
『引き換え?』
『怖がらなくていい。触って熱いくらいなら周りの空気を熱に変えたくらいさ。この大きさのラマトゥフじゃそれくらいしかできないよ』
『おばあちゃん!私もいい?』
杉浦さんがトンコリを受け取りラマトゥフに触れてみる
『んーーん? 何も起こらないし、これ只の石にしか見えないけど?』
『あんたは修業が足りんのよ、それに本来は弦を介してラマトゥフに語り掛けるもので直接触ってどうにか出来るもんじゃない』
『それに魔除けのイケレソッテを前奏に、人除けも弾いたのにおにいちゃんは来た・・・・・・・ラマトゥフに選ばれた特別な人間なのかもねぇ』
『私が特別!?』
今までうだつが上がらない人生だったが私がここに来たのは運命だったかの様な高揚感が走る
『えっ?ちょっと待っておばあちゃん』
折角の高揚感に水を差す様に杉浦さんが声をあげた
『そのラマトゥフが大切な物なのは知ってるけど石が人を選ぶ?そんな超能力みたいな事って!?それに魔除けも儀式的な事だとばかり……』
苫米地さんは杉浦さんの腕にそっと手を置きながら『そうだね。この際だからアンタにも話しておかなきゃね』と話し始めた。
『苫米地はアイヌ語のトマム・ペツ 沼や川から来た名前でね、特別なラマトゥフを入れたトンコリで魔除けをし代々、沼や川にあるアフンルパロとも口とも言われる場所をを守ってきたんだよ。』
『おばあちゃん、アフンルパロってアイヌ伝承にある洞窟の事?黄泉の国につながっているっていう?』
『そうだねぇ、黄泉の国と言うより、あちらの世界だねぇ。特に苫米地の家が守って来たのは直ぐそこ、特区とこちらを隔てている勇払川さ』
苫米地さんは立ち上がると屋上のフェンス越しに川の方を指さす。
『勇払川はアイヌ語のイップト川に当て字をしたもので、イップトは"それの口″と言う意味でね』
私も杉浦さんと椅子を立ち、苫米地さんに並びフェンス越しに200メートルほど先の川を見つめる
『勇払川の河口部分それ自体が、あちらの世界とつながる口になっておる』
『そうか・・・・・・・あの川の向うは特区か』
私は目を凝らし川の向うの様子を窺おうとするが、カゲロウの様にチラついていてよく見えない。
『それの口は世界中どこにでもある。海の底、土の底、洞窟の中マラトゥフのある所にそれの口はあるんだよ。そして3年前、河口の口は開いてしまった』
苫米地さんはそう言い終えると椅子に戻り、トンコリを抱えラマトゥフに目を落としているようだった。
屋上のフェンスから目を凝らしながら私は杉浦さんに聞く
『こんな天気のいい日でも、特区の方は見えないものなんですか?』
杉浦さんは何だか考え込む様にじっと川の方を見ているがハッとこちらを向き
『えっ? えぇ。電磁波とか重力の歪み?ですか?そんなのがあるから見えにくいって巷では。おばあちゃんは勇払川に結界の様な物があるって言っていました。伝承か何かだと思っていましたが……』
『結界?じゃあ政府は情報を開示しないのではなくて本当に情報を得られていないとでも!?』
私はカバンから用意してきた一眼レフカメラを取り出し、いっぱいまでズームするが、数百メートルの距離のはずなのに、霞んで見えないどころか、平衡感覚もおかしくなる様な気さえした。
『くそーっ、秘密兵器その1は役立たずかー望遠レンズ高かったのになぁ』
試しに撮った写真は歪んではいるもののノイズは少ない。デリケートなカメラが正常となるとエクシバスさんの言う通り特区の外は影響がないのだろう。
そんな事をブツクサ言いながら機材をあさっていると苫米地さんが再び口を開く
『3年前のあの日、河口あたりで、ラマトゥフを使った者がおる。放たれたラマトゥフはその口となり一帯の空気を吸い込みながら海岸線を東へ進み、やがて大地を海を人を吸い込んでしまった。』
苫米地さんは、まるで現地に居たかの様に話し出す
『次に口となったラマトゥフは強い光、熱、風を吐き出しながら造ったのさ、あの特定災害区域と呼ばれる場所とウェンカムイを』
『ん?ちょっと待って下さい?ラマトゥフを使ったと仰いました?それじゃあまるで、今世界中で起きてる異変は人間が意図的に起こしてるみたいじゃないですか!?』
『そうね……本来は、人が起こす事は無いはず・・・・・・・偶然ラマトゥフが飛行機を消してしまったりあちらの世界の動物を連れてきたりしてしまった事は伝承として世界中に伝わっているけれど、その力に気づいて石を使った話は賢者の石とか殺生石なんて呼ばれて世界中に伝わっている。けれどそのすべては私たち守る者が管理し・・・・・・・』
苫米地さんは少し別人になったように喋ったかと思うと急に言葉を切り『少しおしゃべりし過ぎたかね』といい
先ほど私が入って来た屋上のドアの方を見る
私と杉浦さんもドアの方を見るとそこにはエクシバスが立っていた
『お兄ぃーさん 遅いから迎えに来ましたよぉ。おばぁさんのオトギ話は終わりましたかー??』
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