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旧世界より
4.屋上のトンコリ
しおりを挟む検問を抜け、走る車の窓から市内の光景を写真に収めた
この程度の写真や映像なら広く公開されているので、シャッターを押す指もなんだか作業的だ
『海のに匂いがしますね。だいぶ近づいているみたいですが大丈夫ですか?』
『ここから先が本番だよ!』
エクシバスさんの返事は危機感の無い軽いものだったので少し不安になり『はぁ・・・・・・・』とだけ軽く返す
『市街地を抜けるともう警戒区域だよー。向かってるのはその先さ!行ける所まで行きたいんでしょ!?』
『えっ!?ちょっと待ってくださいよ!そんな簡単に入れるものですか?ほら検問とか!?』
『検問はないよ!一応、、僕らも外の人には危ないよって言うけど、避難地域に住んでた人や地元の人からすれば避難地域も警戒区域もさほど違いがないのさ。市街地を避難区域と言っているだけって感じかな。もちろん避難地区の外、海辺の方に住んでた人達も沢山いたしね』
少し納得がいかない部分もあるが、公になっている事と実態の違いなんてのはよくある話かと思う。殊更、特区の事となれば想定外、想像外なんて事はいくらでもあるだろう。
『これは内緒ね!』
『大丈夫ですよ、私がやりたいのは、特区の情報を持って帰る事であって、被災者の不都合になる事実を暴露する事じゃないですからね』
『そう言ってくれると思ったよ!いい人だと思ったからボクも連れて行こうと思った!』
彼との信頼関係を着実に築けていると思い、私はエクシバスさんに笑顔で返事を返した。
『そうだ、河口近くにマリーナがあるの知ってる?』
『マリーナですか?』
『うん、あそこは特区との境目だから今は自衛隊の基地になってるんだ。ほら!海の方に大きなテントみたいな屋根が並んでいるだろ?特区に近づくならあそこからだ』
そう言うとエクシバスは車を停める
『さあ車で行けるのはここまでだよ。特区まであと少しだ!この先道が壊れてるから少し歩くよ』
辺りを見回すとどうやら、神社や資料館の駐車場のようだ。
『ちょっと待ってください!こんな所で車を降りて大丈夫ですか?ほら電磁波とか、体への影響は?』
気が付けば、私は思いのほか近くまで来ていた事に、今更だが気圧され取り乱した
『ほら!言ったでしょ、避難地域も警戒区域も変わらないって!』
エクシバスさんはそれを気に留める様子もなく、タクシーのドアを開け、私を降ろそうとする。
『近づくと電磁パルスで機械が壊れるって言うじゃないですか!大事な機材もあるんですから・・・・・・・』
うだうだと煮え切らない様子にエクシバスさんは少し苛立った様子で
『ほら、機械が動かなかくならなら、見てボクの携帯使えるよ!車だって動くし大丈夫だよほら!ほら!』
自分の携帯を確認するが特に異変はなさそうだ。
『確かに・・・・・・・ここまで来たら、車の中も外も関係ないです・・・・・・・かね?』
私がそう言い終えるまえに彼は矢継ぎ早に
『わかったら早く行くよ!もう少しで直接見れるし、中にだってはいれる!』
『えっ!?中に入れる?まさかそんな簡単に行くわけがないでしょ? 検問も市街地の入り口だけじゃないでしょ?』
『あぁ そんな事か!大丈夫!行けば解るよ』
エクスバスさんが、協力的とはいえ、何だか様子がおかしい様に感じる。
『ちょ、ちょっと落ち着きませんか?まだ時間はありますし、やりたい事もありますしね』
私は車からゆっくり降りながら、動く意思を示し、なだめる様に語り掛ける。
『やりたい事?』
『そう!この辺に高い所はありますか?例の秘密兵器を試してみたいんですよ』
『秘密兵器ねー・・・・・・・それに高い所かー それなら神社の隣にある学校の屋上とかどう?』
エクシバスさんは秘密兵器に興味を持った様で、少し落ち着きを取り戻す。
『うん、まぁ良いよ あそこなら特区が良く見えるだろうしね』
『いいですね!屋上』
私は彼の気が変わらないうちにと、積み込んだリュックを背負いカバンを抱える
学校は災害時に避難所として使われていたのだろう。校庭にはテントや乗り捨てられた車が放置されている。
何者かに荒らされたのか、校舎の窓が割れていたりと、あまりいい状態とは言えないが、これから侵入しようなどと企てる我々には好都合だった。入ろうと思えば何処からでも入れそうな物だが、習慣的に正面へとまわる。
正面玄関の前に車が一台停まっているのが見える。
『ん?先客でもいるんですかね?』と、私は車を覗きこんだ
『放置車両って感じではなさそうですよ』
エクシバスさんに視線を送ると、『ボクは、ここで他の人と会うの良くないと思うよ』と言って難しい顔をした。
『まあ確かに気まずいと言うか、いろいろ怒られますよね』
『じゃあ止めようよ ここじゃなくてもいいでしょ』
エクシバスさんは再び、機嫌の悪そうな声で異義を唱えた。
私はタバコに火を付けながらエクシバスさんに荷物を持って疲れた手を休ませる時間をくれるよう訴えた
紫煙を吹き出しながら『つまらない事に拘っても仕方ないですしね。一服したら行きますか』と妥協すると、彼も応じるように、黙ってタバコに火を付けた。
きっと彼は私の事を心配して言ってくれているのだろう。そう思うと無下にはできないな。
ただ風の音だけを聞きながら黙って、正面口の軒下で腰を落ち着けると、どこかで聞いた事のある音が風にのって
聞こえてくる。
『楽器の音?ギターみたいな・・・・・・・』
私はのっそり立ち上がると、音の出何処を探るようにあたりを見回した。
『上からだね』
彼はそう言うと、人の存在を確信した野生動物の様に素早く立ち上がると、逃げるように背を向け歩き始めた。
『ちょっと待って!この音・・・・・・・この曲・・・・・・・』
振り向いたエクシバスさんは、私を急かすようにこちらを見ているが、私は奏者に心当たりがあった。
『あの楽器、トンコリですよね?ちょっと見てきますね』
私は彼にそう言うと再び荷物を抱え校舎へと入っていく。
後ろで『ねえ!ちょっと!ボクは行かないからね!』などと彼が言っているのが聞こえたが、目の前の好奇心に私は駆り立てられてしまっていた。
さっきまでの彼には心配をかけた、気持ちを無下にはできないなどと思っていた気持ちは、頭からすっかり消え去っていた。
息を切らせながら階段を上り、ゆっくり恐る恐る屋上のドアに手をかけ少し開けてみる
隙間から外の様子を覗き見る。
『ここだな・・・・・・・』
屋上には楽器を奏でる老婆と、若い女性がいた。
『苫米地さん!?』
声を上げると、一緒にいた女性がぱっとこちらを向く。
『杉浦さんも?』
一緒にいた女性は民族資料館の学芸員、杉浦さんだった。
私はおずおずと扉の陰から出て行くと、軽く会釈をする。
驚いた顔で杉浦さんは楽器の演奏を続ける苫米地さんの肩に手を置き、『ねえ!おばあちゃん!』と声をかけてこちらを指さしている。
奇妙な場所での再会を二人は歓迎してくれるだろうか?状況を考えれば、エクシバスさんの様に慎重になるべきだった。
そんな思いが胸中を巡っていたが苫米地さんは、あの時と同じように笑顔で迎えてくれた。
『ヒヒッ おにぃちゃん面白いねー』
『どうも・・・・・・・苫米地さんに杉浦さん・・・・・・トンコリでしたか?楽器の音が聞こえたのでもしかしてと思いまして・・・・・・・』
『虫よけに呼ばれて来るなんて面白いじゃないか ヒヒッ』
『虫よけ?』
私がリアクションに困っていると杉浦さんが助け舟をだす。
『おばあちゃん、急に面白いだなんて失礼よ!』
杉浦さんの言葉を意に介さないような顔で苫米地さんはまた『ヒヒッ』と笑った
『すみません。知人の手伝いで近くまで来ていたのですが・・・・・・・いえ、潜入取材ってやつで来たんですがお二人は?』
二人は私の職業を知っているので嘘を付いてもいずれバレると思う・・・・・・・いや、それ以上に苫米地さんに見られていると嘘がつけない気がしたから正直に話してしまった。
『んーー何て言えばいいんですかねー』
杉浦さんが困った顔で言葉に詰まる。お互い非日常に片足を踏み入れるような場所に居るのだ、答えにくいのだろう。
すると苫米地さんは、片手をトンコリから離し、私の手をそっと取って少し黙ってから言った。
『マラトゥフに呼ばれて来たのなら話せば良い』
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