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旧世界より

3.ゲートの向う側

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 ウェンカムイの話をして以降エクシバスさんは口を開いていない。

 エクシバスさんはウェンカムイなんて話をどこから仕入れてきたのだろう?
 
 エクシバスさんは何時もと違い、少し重い口調で釘を刺すように様にそんな話をしたかと思うと急に黙ってしまうから返す言葉が見つからないままで会話は途切れてしまった。

 正直、昨日の資料館で苫米地さんから聞いた話にあったカムイの事が気になっていたので、なんとか情報を引き出せないかと思い、タクシーのルームミラー越しにエクシバスさんの様子を窺うが、少し硬い表情で何か考えているかのようだった。

 沈黙を保ったまま、エクシバスさんの運転するタクシーに揺られて、街を抜け林道に差し掛かる
 
 そろそろ携帯の電波が届かなくなる頃だと思い、おもむろに携帯を取り出す。
 
 自然災害により携帯電波の中継塔が被害を受けたとか電話メイカーの企業としての力が衰えたとか理由は多くあるのだろう。

 車が街を離れるほど窓の外の景色は民家や人造物が減り、木々と遠くに見える山々が景色を埋め尽くしていく。
 
 そして文明の衰退を象徴する様に携帯に表示された電波サインはみるみる減って行き圏外の表示へと変わった。

 出発して40分位だろうか。予定通り長い一本道を抜けると海辺の市街地にさしかかる。

 市街地と言っても特区から5キロ圏内は避難地域に指定されていて、一時帰宅を許された住民と許可がある者しか入る事が出来ない。
 
 特区から3キロ圏内は警戒区域となり、電子機器は強い電界により無力化され、警戒区域を越え、いざ特区に踏み込めば、生き物は防護服無しでは生存できないとされている。
 
 『もうじき検問所です』

 エクシバスさんは、いつもと変わらぬ口調で、ルームミラー越しに私を見ながら告げる

 『近づけるのはここまでですか。市内の取材許可もないですし、ここが限界ですかね。』

 『一度車寄せますね』

 車を路肩に寄せ停車するとエクシバスさんは私の次の言葉を待つようにチラリとミラー越しにこちらを窺う。
 
 『役所も警察も取材許可なんかくれないですしね。正直こっから先は難しいですよね・・・・・・・でも何の成果もなしに帰るわけにもいかないですし・・・・・・・また何て言われるか・・・・・・・』
 
 嫌な上司の顔を思い浮かべながら言う私の顔は苦虫を噛み潰した様な顔をしているのだろう。
 
 エクシバスさんは少し困り顔で

 『避難地域は特定災害区域から出てるガンマ線とかが危ないみたいだよ?』
 
 『ガンマ線?あれは政府のデマでしょ。波長の違う複数の電磁波が出てるのは確かな様ですが、広範囲の避難を実施するのはおかしい。それに私には秘密兵器があるんですよ!』
 
 『秘密兵器?』

 『そう!秘密兵器!私だって何の準備もなく遥々やってきた訳ではないのですよ!5キロ地点の避難地域から更に内側3キロの警戒区域まで行ければコイツの出番なんですよ!』

 取材用のカバンとは別に用意したリュックサックをポンポンと叩きながら私は自慢げに話す。
 
 『折角、用意もしてここまで来たんですから、避難地域の中まで歩いてでも行きますよ』

 『えっ!帰りはどうするんだい!?』

 『申し訳ないですが、夕方までこの辺で待っていて貰う事って・・・・・・・』

 私がそう言いかけるとエクシバスさんは『そんな無茶なー』と言いながら困った顔でこちらを向く。
 
 『ちゃんと待機中の料金も払いますから、そこを何とか頼みます!』

 エクシバスさんは呆れた顔で少し考えるように黙り、煙草に火をつけた

 『・・・・・・・今回だけ特別ですよ?』
 
 そう言い一枚のカードを取り出す

 『このカードは避難地域の住民が一時帰宅する為の身文書みたいなもんです。ボクはあそこに住んでいたのでね』

 『あそこに?・・・・・・・じゃあ・・・・・・・いえ。 ありがとうございます』

 あまり詮索されるのも嫌だろうと思い私は言いかけた言葉を飲み込み、お礼をいう。
 
 『ちゃんとしたルートで入る分にはお咎めはないでしょ。ただその恰好じゃあ流石にな』

 そお言うと車のトランクから、使い古されたジャンバーを二着取り出すと私に手渡し、自分も着替えだす

 『家に荷物を取りに行くとか、片付けに行くとかの口実とそれなりの恰好は必要でしょ』

 エクシバスさんはタバコの火を消すと、先に車に乗り込んでいく。

 私も後に続き、車に乗ると、ジャケットとシャツを脱ぎ、渡されたジャンバーに袖を通した。

 『表示を自家用に切り替えて検問所を通るので、手伝いの知人て事でお願いしますね、あと荷物は目立たないようにね』
 
 私は言われた通りに荷物を座席の足元に押し込む。

 
 『改めて、ありがとう御座います。 無理を聞いてもらってすみません』

 私はルームミラー越しに頭を下げる。

 エクシバスさんは真っすぐ前を見たまま左手を上げて無言のまま返事をした。

 車を走らせると直ぐに検問所へと到着する。

 自衛官が誘導灯でゲート前へ車を誘導すると、エクシバスさんは一度車を降りて自衛官と話し出す。

 私はカードを見せれば通過できるものと思っていたが、思わぬ展開に緊張を押し殺しギュッと拳を握る。

 きっと書類の記入など手続きをしなければならないのであろう。

 エクスバスさんがこちらを向き、少し大きな声で『ちょっと待ってて』と言ったので私は手をあげ合図する。

 時折チラリと覗き見るように視線を送ると奥から上官らしき男が出てきてエクシバスさんと話だすのが見えた。
 
 どうやらエクシバスさんと面識があるらしく雑談でもしているようで、こちらを指さしニヤリと笑った。

 私は軽く会釈で返すが、あの不敵とも思える笑い顔の意味は分からなかった。

 エクシバスさんの人柄だ、きっとここを何度か通る内に仲良くなったのだろう。
 
 きっと、上手く根回しをしてくれているに違いない。
 
 何食わぬ顔で『お待たせ―』とエクシバスさんは車に戻ってきた。

 『お知り合いだったんですか?』

 『ん?まーね、ちょっと中の様子を聞きたかったんだけど、待たせちゃった?』

 『いえ、大丈夫です。 むしろエクシバスさんに連れてきてもらって良かったですよ!』

 私は、このタクシードライバーを頼もしい味方の様に感じ始めていた。

 

 金網の扉がゆっくりと開き、自衛官の誘導に従い車を進める。

 この先は非日常が広がっていると思うと童心がくすぐられる様な好奇心がこみ上げてきた。

 
 ゲートを越え、しばらく走ると市街地に入る。

 そこはゴーストタウンと化していた。

 『話には聞いていましたが、人が住まなくなって3年でこんなにも荒れるものなんですね』

 『そうだね、特定災害区域が現れた時の混乱もあるからね』

 『たしか、深夜に例の現象が起きて大きな揺れがあったと聞きました。強い電磁波で通信関係は全て不通になって、電気も何も、インフラ関係はみんな止まったから防災無線も機能せずで大変だったみたいですね。 人々は不安でしたでしょうに』

 『そうだね。 幸いボクは仕事で離れてたから、僕自身も商売道具の車も無事だったけど、事態を知って慌てて戻ったらこの有様さ。 さっきの自衛隊の人もその時お世話になって知りあったんだ』
 
 さすがに家族の事までは聞けないが、ここまで来たのだ、私は意を決して少し踏み込んでみる事にした。

 『特定被災区域・・・・・・・国民は特区の事を知らなすぎじゃないでしょうか?政府はこの三年もの間、なぜこんなにもお茶を濁しているんでしょうか?エクシバスさん。私は少しでも多くの情報を国民に発信したいのです』

 『っと言われてもなぁ~ 熱く語られてもボクには難しい事は分からないよー。でもね見せる事は出来るよ!ほら行ける所までは行くんでしょ?』

どうやらエクシバスさんは私をどこかへ連れていく当てがあるらしい。

『見せてあげるよ 今一番見たいモノを』







 

 
 
 


 
 

 


 

 




 

 




 



 
 
 

 
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