おにぎり横丁

天災

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第一話

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 遥か遠くへ続く田んぼは、故郷の田舎を思わせた。カタンカタンと、静かに私の体を揺らす電車は、青森の田舎へと私達を運ぶ。

 「気持ちいい…」

 電車の窓は開いており、外から流れる田舎の空気は都会暮らしで固まった体を解すようであった。何しろ久しぶりの旅行である。毎日オフィスで常にパソコンと御対面。自然を目の前にするのは、何年ぶりであろう。青い空、黄金色の稲、緑一色の林。実家である山形を思い出す。(同じ東北であるが)

 ご飯もろくなものを食べていない気がする。

 1日2食(昼、夜)

 それも、栄養ゼリーや野菜ジュースなどの素早く食べれる流動食。

 とにかく、仕事でいっぱいいっぱいだった。

 忙しさでマヒしていたのか、疲労も感じず、ひたすら仕事、仕事、仕事であった私の体を気遣ってくれたのは、部長であった。土日も働きづめで、顔色も悪くなってきている私に危険を感じたのか、「森下、さすがにもう休めよ…」とのお声掛けを頂いた。

 そして、今に至る。

 ープシュー…

 駅に降りると、改めて美味しい空気を身体中に染み渡らせた。

 「はぁー。いい風。」

 海沿いであるため、潮風が来るのだ。木々も潮風で揺れ、「ササーッ」と自然らしい音を奏でている。

 「どうしようかなぁ。」

 今回は、いきなりの休養のため、無計画での旅行である。巡る観光地はおろか、泊まる宿も決めていない。
 取り敢えず、ずっと駅に立っているのは旅らしくはない。駅を離れ、周囲を探索することにした。

 「凄いな…何と言うか、この風情…」

 瓦屋根の駄菓子屋、看板の板に年期が入ったスナック、錆びたジャングルジムのある公園。昔、よくこのような所へ足を運んだ覚えがある。

 「おい!早く行くぞ!」
 「待ってよー!」

 虫網と虫かごを抱え、森へ走る少年らがいた。無邪気な笑顔で坂を掛け登る彼らは、太陽のように明るかった。

 「懐かしいなぁ。私も、男子に誘われてこんなことしたっけ。」

 すると、何か不思議な匂いを感知した。

 「何だこの匂い?何か甘いような…」

 しかし、ケーキやなんかの「甘い」匂いでは無く、どちらかというと何かを煮たような「甘い」匂いである。
 果たしてこれは何の匂いなのか。近くで煮物が売りの定食屋かなんかがあるのか。

 「そう言えば、お腹もすいたしな。」

 定食屋なら好都合。丁度、お腹も空く頃である。

 「よし、匂いを頼りにお店を探そう。」

 そして、匂いのする方を辿りながら歩いていった。

 「ん?」

 少々、不思議なことに気付いた。どうも、匂いがする方へ進むと、墓地や路地など、人通りの少ない場所を通る。人が少なきゃ商売にならない。人が多いところで店を構えるのが、商売の基礎ではないのか…それとも、隠れ家的なお店なのか。

 数分歩くと、匂いが増してきた。どうやら、近いようだ。

 「ここかな?」

 看板には、「おにぎり横丁」という古びた看板があり、窓越しに店内が光っており、お店は開いているようである。しかし、遠くからだが、覗いても、人気が全く無いことに気付く。

 「でも、匂い的にここなんだよなぁ。」

 恐る恐る、店内に入ることにした。

 ーガラガラガラガラ…

 店に入ると、ラジオの音が耳に入った。人はいるようだ。

 「すいませーん。何方かいらっしゃいますかー?すいませーん。」

 返事は全くない。

 「仕方ない帰るか。」
 「あれ?お客さんかい?」

 入り口のドアから、ひょいッと顔を出したお祖母ちゃんがいた。

 「ごめんねぇ。ちょっとヤボ用があってね。」
 「こちらこそ勝手に入り込んですいません。ここでおにぎりを売ってくださるのですか?」
 「一応ね。でも、老人向けの渋いおにぎりだから、若い貴女には口に合わないかも…」
 「本当ですか?でも、美味しい匂いを元にここへ来たので…」
 「匂い?あら!!鍋が!!」

 どうやら、鍋で火を着けたまま、外へ出てしまったらしい。

 「あーあ。焦げちゃった。」

 お祖母ちゃんは火を消すと、こっちに戻ってきてくれた。

 「さぁ、どれにする?」

 慌てて品物を確認すると、珍しいおにぎりばかりだった。

 【イナゴの佃煮おにぎり】

 【白味噌おにぎり】

 【紫蘇と梅のおにぎり】

 【アンコのおにぎり】

 【日替わりおにぎり】

 (イナゴのおにぎり!?それに、アンコって甘くない?)

 おにぎりの常識を覆すようなおにぎりばかりであった。
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