《勇者》兼《魔王の嫁》

いとま子

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22.上書き※

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「もう眠ってしまうのか。お楽しみはこれからだというのに。私の姿を見ただけで身体が火照るのではないか?」
「怒りで熱くなるな。この変態魔王が」

 ベッドにもぐりこんでくるソティラスにも慣れてきてしまった。頭をなで、唇を寄せてくるソティラスに、「安眠妨害するな」と抵抗するものの、結局は押し切られてしまう。

「やめろ、って、……おいっ」
「照れるではない。ふふ、そうは言っても、やはり好きなのであろう?」

 何かの魔法かと思うほど瞬時に衣服を剥ぎ取られ、慣れた手つきで顔を包み込まれたとき、違和感を覚えた。

「……ッ」

 肌に触れられて身体がすくんだ。いつもの感覚と違う。
 ソティラスの触れ方が変わったわけではない。それでもルーチェの背筋に一筋の汗が流れた。その汗から体温が根こそぎ奪われ、身体の芯から冷え切り、僅かに震えはじめる。

「や、やめ……」

 必死に搾り出したルーチェの声が裏返った。

「っ、触るな……っ」

 胃がねじ切れそうな不安感に襲われた。吐き気がこみ上げる。今まで魔王に触れられることをよしとしていたわけではない。それでも、これほど恐怖を感じたことは無かった。

「……ルーチェ?」

 ソティラスも、いつもとは違うルーチェの様子に気付いた。ソティラスの下で、ルーチェは小刻みに震えている。
 ざらざらとした鱗の感覚、肌をなぞる鋭い爪、身体を嬲る熱、圧迫感や嗚咽、ルーチェの頭に浮かぶのは襲われたときの記憶だった。元凶を倒し、克服したはずではなかったのか。
 目の前にいるのは彼らではない。頭では分かっているはずなのに、それでも、鋭い爪が、太い巻角が、打ち勝ったはずの恐怖を蘇らせる。外傷は魔法でも治せるが、心の傷は治せない。

「ルーチェ」

 優しく囁くように、「ルーチェ」と、ソティラスは呼んだ。

「私はお前のことを愛している。お前を傷つける真似などしない」

 ルーチェははっとした。

(何も知らないはずじゃないのか)
「……ど、どの口が言ってんだ! 一番最初に無理矢理襲ってきた奴はどこのどいつだよっ」
「ふむ、合意の上ではなかったか?」
「記憶を捻じ曲げるな!」
「上書きすることは構わないだろう?」

 ソティラスはゆっくりと手を伸ばした。ルーチェの頬に指先が触れた途端、ルーチェの身体はびくりと跳ねた。動きを止めたソティラスをそっと窺う。
 数秒、目を合わせた後、ソティラスは唇を重ねた。
 軽く触れる程度のキスだった。声を上げたことによって、ルーチェの強張りは解けた。ルーチェの瞳を覗きこみながら、頬に、額に、鼻頭に、何かを確かめるように、ソティラスは唇を落としていく。今までに無いような、優しく、もどかしいキスだった。

「ルーチェ」

 優しい口づけは、ルーチェの肌の表面を伝いながら、徐々に下へと降りていった。服の上から触られる。襲われたときの傷は残っていない。それでもソティラスは見えないはずの、男たちに付けられた傷を癒すように、体中にキスをした。

「ルーチェ、愛している」

 そのたびに名を呼び、ルーチェの表情をうかがう。拒否すればすぐにでも止めるだろう。
 怯えていないかを確かめ、耳元で名前を囁くのは、目の前にいるのはソティラスだと――お前を愛する者だと、教えているようでもあった。
 襲ってきた男たちと同じ鋭い爪を持った手で、優しく身体の線をなぞる。次第にぞくぞくと湧き上がってくる感覚は、先ほどまでに感じていた恐怖とは違った。
 身体が、心が、ソティラスの体温を覚えている。
 優しく触れることを知っている。
 心地よく、満たしてくれることも。

「ん……、ふ」

 身体からは徐々に余分な力が抜け、雪解けのようにあたたかく溶けて消えた。服の隙間から手が入り込む。手のひらや唇からソティラスの体温が移ったかのように、冷め切っていたルーチェの身体は熱を帯び始めている。

「……ルーチェ、好きだ、お前がどうしようもなく、愛おしい」

 優しく微笑み、ソティラスはもう何度目かも分からないキスをした。探るように、ルーチェの唇に舌を這わせた。その温もりを欲するように、ルーチェは僅かに口を開け、その熱を受け入れた。

「ぁ……ん、はっ、ふ……んんっ」

 体液を混ぜ合わせるように長い舌を絡ませる深い口づけだ。相手を気遣う優しさの中には確かな熱情もある。ルーチェの身体を求める熱い口づけに翻弄され、顔の角度を変えるたびに当たる牙も気にならなかった。
 湿った音を立てて、舌を吸う。次第に強く深くなる行為が呼び起こす熱情の気配に、体が火照った。首筋を軽く吸われ、新たな所有の跡を残される。与えられるすべての刺激に反応してしまう。熱は下腹部へ集まり、ルーチェの腰は自然と揺れた。ソティラスはそこへ手を伸ばした。
 服の上から擦られ、ぞくぞくと背筋が快感に震える。ルーチェが鼻にかかる声を漏らすと、ソティラスはルーチェの下穿きを脱がせた。
 中心はこの時を待っていたかのように、すでに淡い反応を見せていた。ソティラスの大きな手のひらに握り込まれ、軽く擦られただけでも、びくりと身体が震える。
 この震えは恐怖のためではないと、ソティラスも気付いている。そしてルーチェの弱いところもすでに熟知していた。甘美な刺激を与えられ続け、身体の芯からふつふつと熱くなってくる。

「ぁ、っ、……ぁんっ、ふっ……くぅ、っ」

 思わず声が漏れそうになり、ルーチェは唇を噛んだ。

「抑えずともよい」

 艶を持つ低音がルーチェの鼓膜を震わせた。それだけでも身体はさらに熱を持った。
 ソティラスの愛撫は次第に激しさを増し、先端からは止め処なく蜜が溢れる。与えられるままに感じ、すでに身体は燃えるように熱かった。今にも溢れそうな快楽の波に押し流され、ルーチェは背筋をしならせた。

「ぁ、っぁ、ああ、っ、んん――っ!」

 内股を引きつらせながら絶頂を向かえた。包み込まれた先端から白濁を迸らせる。
 息を弾ませ、蕩けた表情でルーチェは脱力する。ソティラスは慈しむようにルーチェの汗ばむ額に唇を落とし、額に張り付く髪を撫でた。

「ゆっくり休むといい」
と、囁き、立ち上がる。

「……待ってくれ」

 ルーチェは咄嗟にローブの袖を掴んだ。潤んだ瞳でソティラスを見上げる。

「上書き、するんじゃねえのかよ」

 恐怖も不安も戸惑いも、上書きして全て消し去って欲しい。乱暴な性交の記憶も、植えつけられるなら魔王の方がましだ。

(……いや、違う。こいつがいい。ソティラスじゃなきゃ駄目なんだ)

 ソティラスは僅かに逡巡した。

「……本当にいいのか」
「何度も言わせんなよ」

 ソティラスは纏っていた衣服を脱ぎ捨てた。目の前に彫刻のような逞しい肉体が露になる。

「……っ」

 ルーチェは思わず息を呑んだ。いつも服を脱ぐのはルーチェだけで、ソティラスの裸体をまじまじと見たのは初めてだ。頬が熱くなる。

「無理だと思ったら言ってくれ」
「ん……」

 ルーチェが頷いたのを確認すると、ソティラスはルーチェの足を持ち上げた。中心に顔を伏せ、内腿にキスをする。何度も吸い付いた後、後孔に舌を這わせ、ほぐしていく。鋭い爪で傷つけないためなの心遣いだと今ならば分かる。が、自分でも見たことのない場所を愛撫され、顔から火が出そうな羞恥心に襲われる。
 窄まりが襲われたときに僅かに切れていたのか、ぴりっと痛みが走った。硬直したのは一瞬だったにもかかわらず、ソティラスは傷にたっぷりと唾液を纏わせ、慈しんだ。自分では見えない傷も、自分の知らないところも、ソティラスは全て知っている。

「ん……、ぁ、や……はっ、うぅ」

 執拗に愛撫され、絶え間なく与えられる熱と刺激に、ルーチェの性器は再び頭をもたげ始めた。じりじりと焼かれるもどかしい感覚に息を詰まらせ、腰を仰け反らせる。

(熱に浮かされただけだ。こんな……大胆なこと、するなんて……)

 頭の片隅で思う自分がいる。ただ、たった一つの事実として、自分でも信じられないほど、ソティラスを欲している。
 どうしても欲しい。愛されたい。そんな強い衝動を抱くのは初めてだった。
 未知の快感に襲われ続け、身も心も限界だった。ルーチェは愛撫を続けているソティラスの長い黒髪に指を絡ませ、切れ切れに訴えた。 

「もう、いいから……は、はやく……ほしい、っ」
「――っ」

 ソティラスが息をのむ。窄まりに熱い切っ先をあてがわれたかと思うと、すぐさまルーチェの中に入り込んできた。

「っ……くっ、んん……ぁ、ああ――」

 丁寧にほぐされたそこは、すんなりとソティラスを受け入れた。痛みや異物感はあったが、それすらも受け入れられる。
 ソティラスが息をつき、愛おしげな表情で見つめてきたとき、ルーチェの瞳から自然と涙が零れた。痛いわけでも悲しいわけでもなかった。

「ルーチェ、平気か? つらいだろう」
「……ぅ、んん……へいき」

 ソティラスの手によって身体を作り替えられてしまったのか。初めての繋がりは、怖くもあり、同時になんとも言いがたい感慨深さもあった。胸が詰まる感覚は感動にも似ていた。
 繋がったまましばらく、ソティラスはルーチェの頬や唇に何度もキスをした。優しい口づけだけでも気持ちいいが、いつまでも焦らされているような感覚は、ひどくもどかしかった。

「う、動かない、の……?」
「お前が慣れるまで待つ。人間はもろいからな」

 気遣われているのは嬉しいのに、ルーチェは耐えきれず、小さく腰を揺らした。

「平気だって、言ったろ……このままのほうが、つらい、から」

 めいっぱいにルーチェの腹を満たすソティラスの熱塊を、自然と締め付けてしまう。ソティラスは息を詰め、眉根を寄せた。

「っ、動くぞ」

 ソティラスがルーチェの額にキスを落とし、ゆっくりと腰を揺らし始めた。もはや恐怖などはすっかり上書きされたというのに、未だに優しく気遣ってくれる。襲ってきた奴らと同じような鋭い爪や牙を持っていても、それで傷つけられたことはない。初めて押し倒され、唇を奪われたときも強引ではあったかもしれないが、確かに愛はあったのだ。
 ソティラスの抽挿は、ゆりかごのような心地よさを感じるものだったが、確実にルーチェの快楽の一点を突いてきた。ルーチェは揺れにあわせて甘く乱れた声を上げた。

「あっ、あん、んあっ……ラス、ソティラス、ああっ」

 途切れ途切れの呼びかけに、ルーチェの中で、ソティラスがさらに滾るのを感じた。

「――っ、ああ……、ルーチェ、愛している……」

 ルーチェは実感を確かめるように、ソティラスの熱い身体にしがみつき、濡れた身をゆだねた。

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