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23.短すぎる
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情熱的なまでに身体を愛撫した手が、今は優しく短い髪を梳く。熱に浮かされ、様々な感情もろとも流れてしまったのか、ルーチェは抵抗する気にもならずに受け入れていた。触れられることに心地よさすら感じている。
うとうとしながら、ソティラスの声を聞いた。
「眠るまで、少し話をしていいか」
「ああ」
「私は自分が情けなく思う。できれば、私が直接手を下したものの」
ルーチェは、頭を撫でていたソティラスの手が、小さく震えているのに気づいた。
「別に、気にすることじゃないって。……わかってる。王様は動けなないだろ。人間を庇うわけにはいかないし」
どこにいてもルーチェの姿を見ることができるソティラスが、ルーチェの危機を知らないはずがなかった。しかし、魔族の王の立場なので、自分の嫁だとはいえ、人間の味方をするわけにはいかなかった。だからシーナを遣わせたのだろう。
わかってはいても、心の中でソティラスに助けを求めてしまった。
「で、直接手を下すってどうすんだ。解雇するとか?」
「いや、褒美を取らせようか、上手いものを食わせ、好みの女を側に置き――」
「勇者に挑んだ報酬か」
(魔族の兵士としては当たり前なのだろうが、手を下すのとは違うような……)
「――幸せの絶頂になったところでそれが全て魔法による幻影だったと突きつける」
「えげつないな。さすがは魔王様」
冗談だ、とソティラスは軽く笑ったが、すぐに表情を改めた。
「……すまなかったな」
「あんたが謝ることじゃない」
ルーチェは頭を振った。
「今まで敵である人間が目の前にいるのに、殴りかかってこなかった方がおかしかったんだ。俺が今まで不自由なく生活できたのも、レイルが近くで守ってたってのもあるんだろうけど、一番はあんたに対する信頼が大きかったから、だろ」
魔王ソティラスに対する信頼がなければルーチェは今まで無事でいられなかっただろう。人間は嫌っているが、魔王様が言うのだから、と。
「俺が自分でケリをつけたかったってのもあるけどさ、やっぱり、あんたが手を出したらいけなかった。人間のために力を使うべきじゃない」
王として、国民の信頼を裏切るべきではないのだ。
(それなのに、人間の俺を側に置くなんて……そんな我が儘を通すだけの理由があんのか?)
ソティラスは微笑んだが、その笑みはどこか悲しげに見えた。
「みんなあんたを慕ってる。少し一緒に過ごしただけでわかった。いい王様なんだな」
「随分と持ち上げるではないか。もしや魔法による幻影か」
「今思いっきり触ってんじゃねえか。ほら」
頭を撫でているソティラスの手を叩く。
「だったらなおさらさ、慕ってくれる民のためを思うなら、さっさと結婚でも何でもすればいいだろ。こんな人間じゃなくてさ。結婚の話とかもあるんだろ?」
「それはできない」
「なんでだよ」
「お前を、愛しているからだ」
真っ直ぐに、恥ずかしげもなく、そんなことを言う。その一言に顔が熱くなる感覚は初めてだった。今までも愛の言葉を言われてきたはずなのに、違いはなんだろう。散々甘やかされた後だからだろうか、ひどくむずがゆい。
ルーチェは赤面し、目を逸らす。
「……恥ずかしく、ねえのかよ」
「何百年も生きていると羞恥心というものはなくなるのだろうな」
目を細め、ソティラスは慈しむようにルーチェの頭をなでた。触れられたところが痺れるような感覚があって、ルーチェは慌てて目を逸らした。唇を尖らせ、「もう触んな」と首を振る。ソティラスが笑う。
「一度でいいから、ルーチェの口から愛の言葉を聞きたいものだな」
「誰が言うかよ。人間と魔族なんか無理に決まっているだろ。ましてやあんたは魔王だ」
ふ、と小さくソティラスが笑みを零した。
「……なんだよ」
「愛の言葉を言わないのは、お前と私が、人間と魔族だから。それだけが理由か」
「?……そう、だな?」
「種族が違うから愛していると言わないだけで、私のことを嫌っているわけではないのだな」
「――っ!」
ソティラスが言わんとする意味がわかって、ルーチェはかっと赤くなる。
「揚げ足とんなよっ、別に、あ、愛してるとか、あまりにもありえなさすぎて、わざわざ言わなかっただけだろ! ってか、いつまでいるんだよ。眠いから早く戻れって」
「ルーチェも、無理だと思うか」
「えっ?」
ソティラスは静かに問うた。
「人間と魔族は、共に生きることはできないだろうか」
その言葉が頭に直接染みこんでいくようだった。
ルーチェはなにも答えられなかった。答えを持ち合わせてもいなかった。
「…………」
「ルーチェが愛していると言ってくれるまで、私はいつまでも待っているぞ。……ただ、五十年というのは短すぎるな」
ふと、ルーチェは気付いた。シーナも言っていた五十年という時間。
それはルーチェの残りの寿命だ。
不老不死ともいわれる魔王にとって、ルーチェにとって一生の時間は、あまりにも短いものなのだ。
ルーチェが死んだら、魔王ソティラスは新しい嫁を迎える。シーナはその時まで待つと言ったのだ。
人間の嫁との関係は、それまでの遊びに過ぎないということか。
そういうことであれば、いろんなことが腑に落ちる。魔王に仕えるものたちも、短いひとときの戯れであれば、人間の嫁の存在に渋々納得するのかもしれない。
頷けたものの、しかし僅かに、なぜか、ルーチェの心は痛んだ。
ソティラスがルーチェを傷つけないように、手の甲でそっと、額にかかる髪を払った。
心は痛む。不満や不安もある。勇者としての責務も。それでも今だけは、ソティラスの触れる体温に、懐かしさと心地よさを感じていた。今までもソティラスはこうやって、眠るまで頭を撫でていたのかもしれない。
この心地よさに懐かしさを覚えるは、父親に撫でられた、子どものときの記憶があるからだろうか。
いろんなことが起こった日だったが、ゆっくりと、眠ることができた。
それは心地よい記憶。
大きくて、優しくて、あたたかい、父の記憶。
『何も知らないだけだよ』
そう言って父は頭に手を置いた。
『知らないから怖いと思うんだ。知ってしまえば、彼らが怖くないものだと分かる。みんな優しいやつばかりだよ。人間と同じだ』
微笑む父の後ろには数人の男女がいた。みな、目深にフードを被っているが、僅かに開いた隙間から、獣のような手が見えた。
『父さんは彼らが優しいと知ってるから仲良くしたいけど、彼らにとってここは、とても住みにくい場所なんだ。だから自分たちの国に帰るんだよ。でもそれはすごく難しいことなんだ。だからね、父さんたちはそのお手伝いをしているんだよ』』
たびたび聞かせてくれる話だった。その話が大好きで、誇らしかった。みんなに自慢したかったが、周りの人には内緒だった。男同士の約束だと、父は力強く頭をなでた。
『きっと、わかり合える道があるはずなんだ。でも今は難しい。彼らとは悲しいけど今日でお別れだ。でも、もしまた会えたら――』
――あえたら?
――ねえ、
――ほんとうに、またあえるの?
父の姿は、別の男へと変わっていた。リンゴをかじり、美味しいと褒めてくれた、黒い男。
『また会えたら……そのときは敵になってしまうのだろうな』
男は微笑んでいたが、その表情は悲しそうに見えた。頭に乗せた手を離す。
『何も知らなくていい。忘れると約束してくれ』
うとうとしながら、ソティラスの声を聞いた。
「眠るまで、少し話をしていいか」
「ああ」
「私は自分が情けなく思う。できれば、私が直接手を下したものの」
ルーチェは、頭を撫でていたソティラスの手が、小さく震えているのに気づいた。
「別に、気にすることじゃないって。……わかってる。王様は動けなないだろ。人間を庇うわけにはいかないし」
どこにいてもルーチェの姿を見ることができるソティラスが、ルーチェの危機を知らないはずがなかった。しかし、魔族の王の立場なので、自分の嫁だとはいえ、人間の味方をするわけにはいかなかった。だからシーナを遣わせたのだろう。
わかってはいても、心の中でソティラスに助けを求めてしまった。
「で、直接手を下すってどうすんだ。解雇するとか?」
「いや、褒美を取らせようか、上手いものを食わせ、好みの女を側に置き――」
「勇者に挑んだ報酬か」
(魔族の兵士としては当たり前なのだろうが、手を下すのとは違うような……)
「――幸せの絶頂になったところでそれが全て魔法による幻影だったと突きつける」
「えげつないな。さすがは魔王様」
冗談だ、とソティラスは軽く笑ったが、すぐに表情を改めた。
「……すまなかったな」
「あんたが謝ることじゃない」
ルーチェは頭を振った。
「今まで敵である人間が目の前にいるのに、殴りかかってこなかった方がおかしかったんだ。俺が今まで不自由なく生活できたのも、レイルが近くで守ってたってのもあるんだろうけど、一番はあんたに対する信頼が大きかったから、だろ」
魔王ソティラスに対する信頼がなければルーチェは今まで無事でいられなかっただろう。人間は嫌っているが、魔王様が言うのだから、と。
「俺が自分でケリをつけたかったってのもあるけどさ、やっぱり、あんたが手を出したらいけなかった。人間のために力を使うべきじゃない」
王として、国民の信頼を裏切るべきではないのだ。
(それなのに、人間の俺を側に置くなんて……そんな我が儘を通すだけの理由があんのか?)
ソティラスは微笑んだが、その笑みはどこか悲しげに見えた。
「みんなあんたを慕ってる。少し一緒に過ごしただけでわかった。いい王様なんだな」
「随分と持ち上げるではないか。もしや魔法による幻影か」
「今思いっきり触ってんじゃねえか。ほら」
頭を撫でているソティラスの手を叩く。
「だったらなおさらさ、慕ってくれる民のためを思うなら、さっさと結婚でも何でもすればいいだろ。こんな人間じゃなくてさ。結婚の話とかもあるんだろ?」
「それはできない」
「なんでだよ」
「お前を、愛しているからだ」
真っ直ぐに、恥ずかしげもなく、そんなことを言う。その一言に顔が熱くなる感覚は初めてだった。今までも愛の言葉を言われてきたはずなのに、違いはなんだろう。散々甘やかされた後だからだろうか、ひどくむずがゆい。
ルーチェは赤面し、目を逸らす。
「……恥ずかしく、ねえのかよ」
「何百年も生きていると羞恥心というものはなくなるのだろうな」
目を細め、ソティラスは慈しむようにルーチェの頭をなでた。触れられたところが痺れるような感覚があって、ルーチェは慌てて目を逸らした。唇を尖らせ、「もう触んな」と首を振る。ソティラスが笑う。
「一度でいいから、ルーチェの口から愛の言葉を聞きたいものだな」
「誰が言うかよ。人間と魔族なんか無理に決まっているだろ。ましてやあんたは魔王だ」
ふ、と小さくソティラスが笑みを零した。
「……なんだよ」
「愛の言葉を言わないのは、お前と私が、人間と魔族だから。それだけが理由か」
「?……そう、だな?」
「種族が違うから愛していると言わないだけで、私のことを嫌っているわけではないのだな」
「――っ!」
ソティラスが言わんとする意味がわかって、ルーチェはかっと赤くなる。
「揚げ足とんなよっ、別に、あ、愛してるとか、あまりにもありえなさすぎて、わざわざ言わなかっただけだろ! ってか、いつまでいるんだよ。眠いから早く戻れって」
「ルーチェも、無理だと思うか」
「えっ?」
ソティラスは静かに問うた。
「人間と魔族は、共に生きることはできないだろうか」
その言葉が頭に直接染みこんでいくようだった。
ルーチェはなにも答えられなかった。答えを持ち合わせてもいなかった。
「…………」
「ルーチェが愛していると言ってくれるまで、私はいつまでも待っているぞ。……ただ、五十年というのは短すぎるな」
ふと、ルーチェは気付いた。シーナも言っていた五十年という時間。
それはルーチェの残りの寿命だ。
不老不死ともいわれる魔王にとって、ルーチェにとって一生の時間は、あまりにも短いものなのだ。
ルーチェが死んだら、魔王ソティラスは新しい嫁を迎える。シーナはその時まで待つと言ったのだ。
人間の嫁との関係は、それまでの遊びに過ぎないということか。
そういうことであれば、いろんなことが腑に落ちる。魔王に仕えるものたちも、短いひとときの戯れであれば、人間の嫁の存在に渋々納得するのかもしれない。
頷けたものの、しかし僅かに、なぜか、ルーチェの心は痛んだ。
ソティラスがルーチェを傷つけないように、手の甲でそっと、額にかかる髪を払った。
心は痛む。不満や不安もある。勇者としての責務も。それでも今だけは、ソティラスの触れる体温に、懐かしさと心地よさを感じていた。今までもソティラスはこうやって、眠るまで頭を撫でていたのかもしれない。
この心地よさに懐かしさを覚えるは、父親に撫でられた、子どものときの記憶があるからだろうか。
いろんなことが起こった日だったが、ゆっくりと、眠ることができた。
それは心地よい記憶。
大きくて、優しくて、あたたかい、父の記憶。
『何も知らないだけだよ』
そう言って父は頭に手を置いた。
『知らないから怖いと思うんだ。知ってしまえば、彼らが怖くないものだと分かる。みんな優しいやつばかりだよ。人間と同じだ』
微笑む父の後ろには数人の男女がいた。みな、目深にフードを被っているが、僅かに開いた隙間から、獣のような手が見えた。
『父さんは彼らが優しいと知ってるから仲良くしたいけど、彼らにとってここは、とても住みにくい場所なんだ。だから自分たちの国に帰るんだよ。でもそれはすごく難しいことなんだ。だからね、父さんたちはそのお手伝いをしているんだよ』』
たびたび聞かせてくれる話だった。その話が大好きで、誇らしかった。みんなに自慢したかったが、周りの人には内緒だった。男同士の約束だと、父は力強く頭をなでた。
『きっと、わかり合える道があるはずなんだ。でも今は難しい。彼らとは悲しいけど今日でお別れだ。でも、もしまた会えたら――』
――あえたら?
――ねえ、
――ほんとうに、またあえるの?
父の姿は、別の男へと変わっていた。リンゴをかじり、美味しいと褒めてくれた、黒い男。
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