《勇者》兼《魔王の嫁》

いとま子

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26.平和な日々の終わり

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「あ、おはようございます」
「おはよう。もう仕事してるんだな」

 ルーチェが廊下で出くわしたのは、シーツと大量の衣類を抱えたレイルだった。いつものように朝にも負けない爽やかな笑みを浮かべている。

「早いですね。ルーチェ様を起こさないように終わらせないとって思ってたんですけど、ちょうどよかったです」

 そう言うと、レイルはルーチェの部屋へと向かった。

「替えのシーツと服、持って来たんです」
「レイルが替えてくれてたんだな、いつもありがとう、助かるよ」
「いえいえ、仕事ですから」

 ルーチェの部屋に入るなり、レイルはてきぱきした動きで、シーツやクローゼットの中身を入れ替えていく。さすが手際がいいな、と作業を見守っていると、

「ん? おい、何だそれ」
「はい? これですか?」

 首を傾げながらレイルが顔の前で広げる。ひらひらとしたレースが付いたメイド服だった。

「お前の仕業か!」
「ぼ、僕じゃないですっ、これはシーナ様が……」
「シーナ様だぁ?」
(いや、まさかシーナの趣味ではないだろ。だったらただの嫌がらせか。『貴方はメイド服姿で魔王様にご奉仕でもしていればよろしいのでは』とか言いそう……)

「こっちは魔王様で」
 と、レイルが指した先にあるのは伝統衣装のような煌びやかなドレスだった。
(こっちは趣味か? どっちにしろ結局嫌がらせじゃないか)

「いつもレイルが入れてたのか」
「部屋を掃除するついでです」

 そう答えながら、レイルは交換するシーツをくるくるとまとめている。散々乱れたシーツを。

「…………」

 昨日は普通に寝たが、いつでもベッドに横たわるとすぐ安眠というわけではない。ちょっかいをかけにくる魔王様がいらっしゃるし。
 レイルはどこまで知っているのか。複雑な気持ちである。

「……いつもありがとうな」
「いえいえ、仕事ですから」

 レイルはどこか誇らしげに胸を張った。

「それにしても今日は随分と早起きでしたね。いつもルーチェ様が寝ている間に忍び込んでいたので、起こしちゃうんじゃないかってひやひやしてて……。起きていてもらえるとありがたいです」
(不法侵入だ……。別のところで心は痛まないのか)

 それより、今までも体中に跡が残った裸状態で寝ている姿を見られているのなら、レイルには魔王との関係が完璧にばれているのだろう。いや、嫁だといわれている時点で察するか。

「最近は僕が起こしに来る前に自分で起きられてますね」
「ああ、身体が慣れてきたんだろうな」

 以前は激しいノックの音で昼過ぎに目を覚ましていたが、近頃は朝自然と目を覚ますことができるようになっていた。目覚めもいい。ハイリヒ国にいた時の生活に戻りつつある。

「朝ごはん、どうされます?」
「その前に、訓練だな」

 寄宿舎の裏では、城を守る兵たちが、毎朝厳しい訓練に精を出していた。ルーチェと、何故か執事であるレイルまで共に訓練に混ぜてもらっている。

「手合わせ願います、誇り高き魔王軍兵士の方」
「かかってきてくださいよ、人間様がぁ!」

 激しく打ち合う音が辺りに響き渡る。魔王を倒すために、魔王を守る兵士たちと共に訓練に励む様子は滑稽でもあるが、実戦形式の訓練では訓練とは思えないほど互いに本気になるので効果は絶大だ。あわよくば訓練にかこつけて憎き人間を倒してしまおうと考えるものばかりなのだろう。
 ルーチェを襲ったリザードマンやミノタウロスとも生死をかけた激しい攻防を繰り返しているうちに、ルーチェの剣の腕はかなり上がった。一度やり返したことで襲われたことがトラウマになることもなく、精神的にも強くなった。
 訓練を終えた後は厨房の隅で自ら作った朝食をとり、リンゴの世話を手伝い、図書室から借りた本をレイルと共に読み、たまに魔王と話をし、シーナに嫌味を言われ、ベッドに寝転んだ後にやってくる魔王との攻防を繰り広げ――そんな城での生活サイクルが出来上がっていた。

(なんというか……平和、だな)

 もう日常になりつつある魔王城での生活は、ルーチェにとって楽しいと思える時間だった。自分の立場すら忘れてしまう、夢のような時間。

(このままここにいれば、この生活を続けていれば、人間界の平和も守れるんじゃないか?)

 そんな妄想じみたことを、考えてしまっていた。

 ――そんな日が、長く続くはずもなかった。



「今日の昼食はなんですかね?」
「さっき朝食食べただろ。もう昼食の話か」

 呆れながらもルーチェは考える。

「俺は、そうだな……肉と豆でスープでも作ろうかな。いや、朝見たときは魚があったから、もらえるなら塩で焼いてもいいな」
「僕もルーチェ様の料理食べてみたいです。魔王様が美味しいってしきりに褒めてましたよ」
「だから料理人たちが作ってるとこ見に来てたのか。期待してるなら悪いけど、俺は簡単なものしか作れないって」
「あれ、作ってください。肉にリンゴソースかかってるやつ」
「あれは難易度が高すぎる」

 ここで初めて食べたものだ。レイルがゲーティアを選んだきっかけになった料理でもある。

「そうだ、料理長に教えてもらったらどうですか。料理長がつくる料理はいつも美味しいですし、魔王様の好みの味とか把握してますよ、きっと」
「それいいな。でも料理長とか忙し――ちょっと待て」

 聞き捨てならない言葉があった。

「何で魔王が出てくる……?」
「えっ、魔王様に作るんじゃないんですか!?」

 何故か顔が熱くなり、ルーチェは動揺した。

「つ、つくらねえよ。自分で食べるだけだって」
「花嫁修業とか」
「なんでっ」
 と、ルーチェは赤らめた顔をしかめるが、レイルは声を上げた。

「ええっ、式とか挙げるんじゃないんですかっ?」
「なっ! 式だあ? 嫁じゃない、正式な嫁じゃないって。人間だぞ、俺、男だぞ」

 慌てふためきまくし立てるルーチェに、レイルがむくれる。

「いいじゃないですかあ。結婚式とか楽しみだったのにぃ。嫁でいいじゃないですかあ、魔王様の嫁ぇ」
「何度も言うな」

 レイルを肘で小突く。それでもまだ言い続けるので、レイルの首元を腕で巻き込んで掴み、頭をぐしゃぐしゃにしてやった。やめてくださいよー、とレイルが笑う。
 こういうやり取りも楽しいと思う。レイルとはもうすっかり仲の良い友人のような関係になっていた。人間と変わらないのだ。

「ああレイル、よかったここにいた。ごきげんよう、ルーチェ様」

 じゃれ合っていると、廊下で出くわしたメイドが駆け寄ってきた。慌てているようだ。

「お疲れ様です。なにかあったんですか?」
「ええ、あの……レイル、ちょっといいですか」

 メイドはちらりとルーチェに視線を向けると、レイルに顔を寄せ、何やら小声で話し始めた。詳しくは聞こえないがトラブルがあったようだ。メイドの話に、レイルは目を丸くし、顔色を変える。

「っ、ルーチェ様、すみません、すぐに戻ってきますので」
「ああ、俺は大丈夫。気をつけてな」
 
 と、ルーチェはメイドに連れられていくレイルを見送った。
 一人になると少し物悲しい気もする。

(さてと、ここで待ってたほうがいいのか、一旦自分の部屋に戻るか……リンゴ畑のほうまで行くと、レイルが探すの大変だよな)

 ルーチェがどうしようか考え込んでいると、

「ルーチェ」

 その声に。
 聞こえるはずのないその声に、ルーチェは振り返り、固まった。

「ルーチェ、大丈夫か?」
「……オル、トス?」

 目を疑った。しかし目の前にいる男の姿を見間違えるはずもなかった。初めて仲間になって、魔王城までずっと共に旅をしてきたのだから。
 物陰から姿を現せたのは、ハイリヒ国にいるはずの、オルトスだった。
 戸惑い、思考の追いつかないルーチェに言葉をかけることもなく、オルトスはすぐさまルーチェの腕を掴むと物陰に引っ張り込んだ。力強い握力に実態と痛みがあったので幻覚ではないことは分かったが、ルーチェは未だ混乱していた。

「……え、……なん、で……?」
「空間転移魔法を使った」

 オルトスは声を潜めた。

「国中の魔道士に協力してもらったんだ。ようやく俺一人だけだが、魔王城まで来ることができた。もう俺の傷は回復したが、お前は大丈夫なのか?」
「お、俺は大丈夫だ」
「ああ、よかった」

 オルトスはぎゅっとルーチェの背に腕を回した。ルーチェはまだ戸惑っており、腕を回すことができない。

「本物のルーチェだな。再会を噛みしめたいところだが、時間がない」
「っ、そうだ、お前は見つかったらっ」

 こんなところで人間のオルトスが侵入していると知れれば、どうなるか分かったものではない。
 オルトスは体を離し、ルーチェの両肩に手を置いた。慌てるルーチェを落ち着かせるようにゆっくりと頭を振る。

「心配要らない。時間が来れば向こうに戻るようになっている」
「なんで、そんな無茶な真似を……」
「お前を助けるために決まっているだろう!」

 はっきりとオルトスは言った。怒っているようにも聞こえた。

「ここしばらく連絡がなかったから心配していた。いや、連絡を取ることも難しかったのだろうが――」
 と、そこで言葉を切り、オルトスは真っ直ぐにルーチェを見た。

「――それより、魔王の嫁って、どういうことだ」

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