28 / 35
28.契約破棄※
しおりを挟む
「か、は――ッ!」
壁に叩きつけられ、衝撃が全身を襲う。風の巨弾をぶつけられたのだ。
オルトスから離れたことにより、ルーチェにかかっていた空間転移魔法は解除され、纏っていた光が消える。
「ルーチェ!」
友を呼ぶ悲痛な声だけが残り、オルトスただひとりが光となって消えていった。
「有益な情報を得ましたね」
シーナが指を鳴らし魔法を解除する。
「人間たちが攻め込んでくるのなら迎え撃たなければなりません。――私は、準備を進めますので」
シーナは魔王に一礼すると、足早に去っていった。
治まらない痛みにうずくまるルーチェの前に、黒い影が指した。
「話は全て聞かせてもらった」
ソティラスが静かな声で続ける。
「……はじめは無理やり嫁にした。それでも、少しずつ信頼を得られているのだと思った。共存する道を模索できていると、希望を抱くようになっていた。……すべて、私の思い上がりだったようだな。やはり、無理だったのだ。希望は打ち砕かれる」
「――……ッ」
なにも言い返せない。否定したい。しかし聞かれたばかりだ。自分は勇者であり、魔王を倒すのだと。
今でも人間界の平和のために、勇者としての役目を果たさなければならないと思っている。しかし、魔王を傷つけたいわけでも、悲しませたいわけでもないというのに。
(違う、そんなことが言いたいんじゃない、もっと、別の伝え方があるはずなのに……!)
相反する気持ちが伝わらなくて、かみ合わなくてもどかしい。結局、本当に伝えたい気持ちは喉元で詰まって出てこない。
「なにも言い返せないか。……そうだな、私は魔王で、お前は勇者だ。嫁などと……、そんなもの、一時的な契約に過ぎん」
今まで聴いたことのない冷たい声だった。別人のような突き放す態度に、ルーチェの胸は貫かれたように痛んだ。
(あいつが散々言ってたじゃないか。裏切られることはつらいって知ってたはずなのに、俺は……俺はなにをやってんだよ……っ)
目頭が熱くなるのをぐっと堪える。
(でも、俺は、勇者であり続けることを選んだ。もう心を痛める資格すらないだろ……)
呆然としているルーチェの腕を、ソティラスが強く掴んだ。
「痛――ッ、お、おいっ、何すんだ、放せ!」
ルーチェの言葉を無視し、ソティラスはルーチェを軽々と抱えて進む。連れてこられたのはソティラスの自室だった。部屋に入るなりベッドの上に投げ捨てられる。目を剥くルーチェが反論する前に、ソティラスは手のひらでルーチェの口を覆った。
「……こうなるのなら、シーナが言うように、始めから監禁して手元に置いておけばよかったな」
投げ捨てられた言葉にショックを受ける間もなく顎をつかまれ、口に噛みつかれる。キスなどという甘く優しいものではない。尖った牙があたり、ルーチェの唇が切れる。傷などお構いなしに強引に口をこじ開けられ、長い舌が口内に侵入した。
なにかにせき立てられるような早急な交わりは、相手を気遣う優しさなど微塵もなかった。ただ口内を激しく蹂躙するのみだ。
「っ……く、うう……ぅ」
うごめく舌に嗚咽がこみ上げ、じわりと涙が滲む。充足感などなく、身体から熱が奪われていくような不快感がある。抵抗し、ソティラスを押し返そうとする手の力は次第に弱まり、無駄な行為に終わる。
「契約が破棄されたのなら、嫁に対する生ぬるい優しさなど必要ないな」
鋭い爪がルーチェのシャツに引っかかる。絹の裂ける音に、克服したはずの、襲われたときの記憶が蘇った。体が強張り、指先は冷たく震えている。
ソティラスは乱暴に身体をまさぐりながら、首筋に吸い付き、牙を立てた。その力強さに、今まで手加減されていたのだと気付く。消え失せた優しさに、痛みや不快感や恐怖よりも、悔しさや悲しみがルーチェを襲った。
(目の前にいたのは誰だ……。別人、みたいだ……)
次第に体の力が抜けていく。
今まで怪我をすることはあった。旅の道中、激しい戦闘に骨を折るような怪我も一度や二度だけでもない。与えられる噛み痕やひっかき傷は軽い怪我のはずなのに、そのときよりもっと痛かった。胸は痛み、息が苦しい。
ルーチェの瞳からはぼろぼろと涙が溢れた。
無力で、悔しくて、つらくて。
抵抗する気も起きず、すがるようにシーツを掴む。
ソティラスがルーチェの下穿きに手をかける。ぞわりと、身が竦む。
(……いや、これもソティラスを傷つけ続けた罰なら、受け入れなくちゃいけないのか……)
諦めた途端、体が急に重くなる。あらがえない眠気に襲われるように、意識が遠ざかっていく。いっそのこと、このまま眠ってしまったほうが楽かも知れない。
鉛のような身体で抗うことすら放棄した途端、ソティラスが唐突に手を止めた。
「……?」
ルーチェはおそるおそる、ソティラスの表情を窺った。
別人のようで怖くて見られなかったソティラスの顔は、複雑にゆがんでいた。
泣き出しそうにも、痛みを堪えているようにも見える表情は、極悪非道の魔王が浮かべる表情ではなかった。
(ソティラス……?)
顔が見えたのは一瞬だった。ソティラスがルーチェの胸元に顔を伏せる。
「……私と出会ったことで、お前が人間に迫害されるのではないかと危惧していた。ずっとお前を見てきた。遠くから無事と幸せを祈っていた。それだけだったはずなのに……それでも、目の前にすると離れがたくなり、無理やり側に置いた。……我を通した結果がこのざまだ」
消えかける、朦朧とした意識の中で、ルーチェはソティラスの言葉を聞いた。
「再会に運命を感じた。私の長年抱いていた夢が間違っていないと教えてくれた相手を、無理矢理にでも側に置いておきたかった。お前ならわかってくれると、私は間違っていないと、ずっと思っていたかったのだ……」
静かに独白する声は、微かに震えていた。
「その私を、魔王である私を殺しにきたのが勇者となったお前だとは、随分皮肉なものだな。……傷つけてすまない……。このような方法しか選べなくてすまない。……愛している、なによりもお前が大切なんだ、ルーチェ――」
撫でたいと思った。無性にこの腕で抱きしめたいと。
魔王が、誰にも見せない――ルーチェにしか見せない弱みを見せているのに……。
しかし限界だった。腕に力は入らず、すぐにルーチェの意識は途切れた。
壁に叩きつけられ、衝撃が全身を襲う。風の巨弾をぶつけられたのだ。
オルトスから離れたことにより、ルーチェにかかっていた空間転移魔法は解除され、纏っていた光が消える。
「ルーチェ!」
友を呼ぶ悲痛な声だけが残り、オルトスただひとりが光となって消えていった。
「有益な情報を得ましたね」
シーナが指を鳴らし魔法を解除する。
「人間たちが攻め込んでくるのなら迎え撃たなければなりません。――私は、準備を進めますので」
シーナは魔王に一礼すると、足早に去っていった。
治まらない痛みにうずくまるルーチェの前に、黒い影が指した。
「話は全て聞かせてもらった」
ソティラスが静かな声で続ける。
「……はじめは無理やり嫁にした。それでも、少しずつ信頼を得られているのだと思った。共存する道を模索できていると、希望を抱くようになっていた。……すべて、私の思い上がりだったようだな。やはり、無理だったのだ。希望は打ち砕かれる」
「――……ッ」
なにも言い返せない。否定したい。しかし聞かれたばかりだ。自分は勇者であり、魔王を倒すのだと。
今でも人間界の平和のために、勇者としての役目を果たさなければならないと思っている。しかし、魔王を傷つけたいわけでも、悲しませたいわけでもないというのに。
(違う、そんなことが言いたいんじゃない、もっと、別の伝え方があるはずなのに……!)
相反する気持ちが伝わらなくて、かみ合わなくてもどかしい。結局、本当に伝えたい気持ちは喉元で詰まって出てこない。
「なにも言い返せないか。……そうだな、私は魔王で、お前は勇者だ。嫁などと……、そんなもの、一時的な契約に過ぎん」
今まで聴いたことのない冷たい声だった。別人のような突き放す態度に、ルーチェの胸は貫かれたように痛んだ。
(あいつが散々言ってたじゃないか。裏切られることはつらいって知ってたはずなのに、俺は……俺はなにをやってんだよ……っ)
目頭が熱くなるのをぐっと堪える。
(でも、俺は、勇者であり続けることを選んだ。もう心を痛める資格すらないだろ……)
呆然としているルーチェの腕を、ソティラスが強く掴んだ。
「痛――ッ、お、おいっ、何すんだ、放せ!」
ルーチェの言葉を無視し、ソティラスはルーチェを軽々と抱えて進む。連れてこられたのはソティラスの自室だった。部屋に入るなりベッドの上に投げ捨てられる。目を剥くルーチェが反論する前に、ソティラスは手のひらでルーチェの口を覆った。
「……こうなるのなら、シーナが言うように、始めから監禁して手元に置いておけばよかったな」
投げ捨てられた言葉にショックを受ける間もなく顎をつかまれ、口に噛みつかれる。キスなどという甘く優しいものではない。尖った牙があたり、ルーチェの唇が切れる。傷などお構いなしに強引に口をこじ開けられ、長い舌が口内に侵入した。
なにかにせき立てられるような早急な交わりは、相手を気遣う優しさなど微塵もなかった。ただ口内を激しく蹂躙するのみだ。
「っ……く、うう……ぅ」
うごめく舌に嗚咽がこみ上げ、じわりと涙が滲む。充足感などなく、身体から熱が奪われていくような不快感がある。抵抗し、ソティラスを押し返そうとする手の力は次第に弱まり、無駄な行為に終わる。
「契約が破棄されたのなら、嫁に対する生ぬるい優しさなど必要ないな」
鋭い爪がルーチェのシャツに引っかかる。絹の裂ける音に、克服したはずの、襲われたときの記憶が蘇った。体が強張り、指先は冷たく震えている。
ソティラスは乱暴に身体をまさぐりながら、首筋に吸い付き、牙を立てた。その力強さに、今まで手加減されていたのだと気付く。消え失せた優しさに、痛みや不快感や恐怖よりも、悔しさや悲しみがルーチェを襲った。
(目の前にいたのは誰だ……。別人、みたいだ……)
次第に体の力が抜けていく。
今まで怪我をすることはあった。旅の道中、激しい戦闘に骨を折るような怪我も一度や二度だけでもない。与えられる噛み痕やひっかき傷は軽い怪我のはずなのに、そのときよりもっと痛かった。胸は痛み、息が苦しい。
ルーチェの瞳からはぼろぼろと涙が溢れた。
無力で、悔しくて、つらくて。
抵抗する気も起きず、すがるようにシーツを掴む。
ソティラスがルーチェの下穿きに手をかける。ぞわりと、身が竦む。
(……いや、これもソティラスを傷つけ続けた罰なら、受け入れなくちゃいけないのか……)
諦めた途端、体が急に重くなる。あらがえない眠気に襲われるように、意識が遠ざかっていく。いっそのこと、このまま眠ってしまったほうが楽かも知れない。
鉛のような身体で抗うことすら放棄した途端、ソティラスが唐突に手を止めた。
「……?」
ルーチェはおそるおそる、ソティラスの表情を窺った。
別人のようで怖くて見られなかったソティラスの顔は、複雑にゆがんでいた。
泣き出しそうにも、痛みを堪えているようにも見える表情は、極悪非道の魔王が浮かべる表情ではなかった。
(ソティラス……?)
顔が見えたのは一瞬だった。ソティラスがルーチェの胸元に顔を伏せる。
「……私と出会ったことで、お前が人間に迫害されるのではないかと危惧していた。ずっとお前を見てきた。遠くから無事と幸せを祈っていた。それだけだったはずなのに……それでも、目の前にすると離れがたくなり、無理やり側に置いた。……我を通した結果がこのざまだ」
消えかける、朦朧とした意識の中で、ルーチェはソティラスの言葉を聞いた。
「再会に運命を感じた。私の長年抱いていた夢が間違っていないと教えてくれた相手を、無理矢理にでも側に置いておきたかった。お前ならわかってくれると、私は間違っていないと、ずっと思っていたかったのだ……」
静かに独白する声は、微かに震えていた。
「その私を、魔王である私を殺しにきたのが勇者となったお前だとは、随分皮肉なものだな。……傷つけてすまない……。このような方法しか選べなくてすまない。……愛している、なによりもお前が大切なんだ、ルーチェ――」
撫でたいと思った。無性にこの腕で抱きしめたいと。
魔王が、誰にも見せない――ルーチェにしか見せない弱みを見せているのに……。
しかし限界だった。腕に力は入らず、すぐにルーチェの意識は途切れた。
0
あなたにおすすめの小説
竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜
レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」
魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。
彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。
逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦
雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、
隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。
しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです…
オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が
なかたのでした。
本当の花嫁じゃない。
だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、
だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という
お話です。よろしくお願いします<(_ _)>
冤罪で堕とされた最強騎士、狂信的な男たちに包囲される
マンスーン
BL
王国最強の聖騎士団長から一転、冤罪で生存率0%の懲罰部隊へと叩き落とされたレオン。
泥にまみれてもなお気高く、圧倒的な強さを振るう彼に、狂った執着を抱く男たちが集結する。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします
* ゆるゆ
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!?
しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが、びっくりして憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です!
めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので!
ノィユとヴィルの動画を作ってみました!(笑)
インスタ @yuruyu0
Youtube @BL小説動画 です!
プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったらお話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです!
ヴィル×ノィユのお話です。
本編完結しました!
『もふもふ獣人転生』に遊びにゆく舞踏会編、完結しました!
時々おまけのお話を更新するかもです。
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
身代わりにされた少年は、冷徹騎士に溺愛される
秋津むぎ
BL
第13回BL大賞奨励賞頂きました!
最終17位でした!応援ありがとうございます!
あらすじ
魔力がなく、義母達に疎まれながらも必死に生きる少年アシェ。
ある日、義兄が騎士団長ヴァルドの徽章を盗んだ罪をアシェに押し付け、身代わりにされてしまう。
死を覚悟した彼の姿を見て、冷徹な騎士ヴァルドは――?
傷ついた少年と騎士の、温かい溺愛物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる