1 / 6
出会いの日
しおりを挟む
その人と出会ったのは、人生の分岐点なんて予兆も何もない、大雨の日だった。突然の雨に傘もなく、買い物帰りのスーパーで雨宿りをしていたとき、彼もまたそこにいたのだ。面倒そうに雨を睨む彼が手にしていたのは、大福のような可愛らしいぬいぐるみ。典型的な不良のなりをしている彼が、そんな可愛いものを持っている姿に気を取られて、不意に目が合ってしまった。
「何」
「す、すみません! ぬいぐるみが気になっただけで」
「は? ……別に、好きで持ってるんじゃねえよ、勘違いするな。ダチとゲーセンに行ってノリでやったら獲れちまっただけだ」
「そ、そうでしたか」
いいなあ、かわいいなあ。
「欲しいの」
「へっ、いやいやいや、そんなつもりでは!」
「やる。持って帰っても置き場に困るだけだからな、むしろお前が持って帰れ」
「えぇ……」
見知らぬ不良からの突然の譲渡、怖すぎる。でも断るのも怖いし……と思い受け取ったそれは、棄てるのも憚られた結果、部屋の片隅にひっそり隠されることとなった。
**********
後日、友人の陽奈(ひな)と二人で出かけた先で、私達は恐ろしい事件を目撃してしまった。それは夕方、まだ人通りもあるような街でのこと。威圧的な大声が響き、誰もがそちらに目を向けた。複数名の不良達がぐるりと誰かを取り囲み、到底聞くに堪えない罵声を浴びせている。聞いているだけでも恐ろしいのにあの真ん中にいる人はどうなってしまうのだろう、と思った矢先、わずかに人が避けたところから中の人が見え、思わず口を覆った。
あの人、ぬいぐるみをくれたあの不良だ。あの人がなんで……。
でも、私の心配など余計なものだったようで、そこからの展開はあっという間だった。喧嘩を売った不良の集団は、悉く彼の足元に転がったのだ。
「うわ、容赦ない」
陽奈が呟いた通り、その人には情けというものがないようだった。殴りかかってきた者は全て拳と足技で圧倒し、一度ねじ伏せた相手が少しでも起きあがろうとすれば容赦なく踏みつけ、蹴飛ばした。ここまでやった本人にはほとんど怪我はない。そして、その目は前に会った時よりもずっと暗くて、ずっと恐ろしかった。
人が殴られ蹴られているのは初めて見たし、こんな暴力を前に誰も口出しをできないこの状況も初めてだ。そう思った時に首をもたげたのは、私の中の僅かな正義感。絶対に関わるなと叫ぶ恐怖心と、見て見ぬふりをするなと訴える道徳心と……様々な思考が混ざり合った私からは正常な判断を下す余裕など消えていた。そしてきっと、ぬいぐるみをくれたというだけで、どこか知り合いに対してのような気の緩みがあったと思う。
だから、やってしまったのだ。
「あのっ!!」
血の匂いがかすかに漂う空間に、私の裏返った声が響く。彼は呻く不良の頭上で片脚を上げたまま、静か視線を向けてきた。
「……何」
「こ、こんなことを街中でやるの、やめてください!」
「は?」
暗く冷えた目が細められ、以前聞いたよりも数トーン低い声で睨まれる。そこでようやく我に返り、自分の馬鹿さに青ざめた。
人を平気で殴るのだ、こんなひ弱で生意気な人間など簡単にへし折られるに違いない。
死を覚悟して立ち尽くす私を見据えていた目はしばしの間留まり、ゆっくり彼の足元に向けられた。そして寸の間何かを思案した後で下ろされた足は、人を踏むことなく地面についた。
「おいお前、名前は、」
「あそこだ! おいお前達、そこまでにしなさい!」
再び視線を私に戻した彼の言葉を遮るように、離れたところから制止の声が飛んできた。見れば青服の一団……警察官だ。騒ぎを聞いて駆け付けたに違いない。
「に、逃げるよ!」
彼の気が警察側に逸れたその一瞬が狙い目と踏んだのだろう。足がすくんで動けなくなった私の腕を引き、友人が全速力で駆け出す。私の足がもつれて転ばなかったことが奇跡くらいには速かったが、そのおかげで無事に駅まで辿り着いた。
その後友人に全力で怒られこってり絞られた挙句、機嫌取りのために自宅の最寄り駅のカフェでケーキをご馳走する羽目になったのは、まあ仕方ないことだと思う。
そんな一日を終えた布団の中。思いがけず怖い思いをしたな、なんて呑気に考えながら眠りについたことを、私は数日後に深く後悔することとなる。
「何」
「す、すみません! ぬいぐるみが気になっただけで」
「は? ……別に、好きで持ってるんじゃねえよ、勘違いするな。ダチとゲーセンに行ってノリでやったら獲れちまっただけだ」
「そ、そうでしたか」
いいなあ、かわいいなあ。
「欲しいの」
「へっ、いやいやいや、そんなつもりでは!」
「やる。持って帰っても置き場に困るだけだからな、むしろお前が持って帰れ」
「えぇ……」
見知らぬ不良からの突然の譲渡、怖すぎる。でも断るのも怖いし……と思い受け取ったそれは、棄てるのも憚られた結果、部屋の片隅にひっそり隠されることとなった。
**********
後日、友人の陽奈(ひな)と二人で出かけた先で、私達は恐ろしい事件を目撃してしまった。それは夕方、まだ人通りもあるような街でのこと。威圧的な大声が響き、誰もがそちらに目を向けた。複数名の不良達がぐるりと誰かを取り囲み、到底聞くに堪えない罵声を浴びせている。聞いているだけでも恐ろしいのにあの真ん中にいる人はどうなってしまうのだろう、と思った矢先、わずかに人が避けたところから中の人が見え、思わず口を覆った。
あの人、ぬいぐるみをくれたあの不良だ。あの人がなんで……。
でも、私の心配など余計なものだったようで、そこからの展開はあっという間だった。喧嘩を売った不良の集団は、悉く彼の足元に転がったのだ。
「うわ、容赦ない」
陽奈が呟いた通り、その人には情けというものがないようだった。殴りかかってきた者は全て拳と足技で圧倒し、一度ねじ伏せた相手が少しでも起きあがろうとすれば容赦なく踏みつけ、蹴飛ばした。ここまでやった本人にはほとんど怪我はない。そして、その目は前に会った時よりもずっと暗くて、ずっと恐ろしかった。
人が殴られ蹴られているのは初めて見たし、こんな暴力を前に誰も口出しをできないこの状況も初めてだ。そう思った時に首をもたげたのは、私の中の僅かな正義感。絶対に関わるなと叫ぶ恐怖心と、見て見ぬふりをするなと訴える道徳心と……様々な思考が混ざり合った私からは正常な判断を下す余裕など消えていた。そしてきっと、ぬいぐるみをくれたというだけで、どこか知り合いに対してのような気の緩みがあったと思う。
だから、やってしまったのだ。
「あのっ!!」
血の匂いがかすかに漂う空間に、私の裏返った声が響く。彼は呻く不良の頭上で片脚を上げたまま、静か視線を向けてきた。
「……何」
「こ、こんなことを街中でやるの、やめてください!」
「は?」
暗く冷えた目が細められ、以前聞いたよりも数トーン低い声で睨まれる。そこでようやく我に返り、自分の馬鹿さに青ざめた。
人を平気で殴るのだ、こんなひ弱で生意気な人間など簡単にへし折られるに違いない。
死を覚悟して立ち尽くす私を見据えていた目はしばしの間留まり、ゆっくり彼の足元に向けられた。そして寸の間何かを思案した後で下ろされた足は、人を踏むことなく地面についた。
「おいお前、名前は、」
「あそこだ! おいお前達、そこまでにしなさい!」
再び視線を私に戻した彼の言葉を遮るように、離れたところから制止の声が飛んできた。見れば青服の一団……警察官だ。騒ぎを聞いて駆け付けたに違いない。
「に、逃げるよ!」
彼の気が警察側に逸れたその一瞬が狙い目と踏んだのだろう。足がすくんで動けなくなった私の腕を引き、友人が全速力で駆け出す。私の足がもつれて転ばなかったことが奇跡くらいには速かったが、そのおかげで無事に駅まで辿り着いた。
その後友人に全力で怒られこってり絞られた挙句、機嫌取りのために自宅の最寄り駅のカフェでケーキをご馳走する羽目になったのは、まあ仕方ないことだと思う。
そんな一日を終えた布団の中。思いがけず怖い思いをしたな、なんて呑気に考えながら眠りについたことを、私は数日後に深く後悔することとなる。
0
あなたにおすすめの小説
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
上手に騙してくださらなかった伯爵様へ
しきど
恋愛
アイルザート・ルテシオ伯爵は十七歳で家督を継いだ方だ。
文武両道、容姿端麗、人柄も良く領民の誰からも愛される方だった。そんな若き英雄の婚約者に選ばれたメリッサ・オードバーン子爵令嬢は、自身を果報者と信じて疑っていなかった。
彼が屋敷のメイドと関係を持っていると知る事になる、その時までは。
貴族に愛人がいる事など珍しくもない。そんな事は分かっているつもりだった。分かっていてそれでも、許せなかった。
メリッサにとってアイルザートは、本心から愛した人だったから。
地味令嬢の私が婚約破棄された結果、なぜか最強王子に溺愛されてます
白米
恋愛
侯爵家の三女・ミレイアは、控えめで目立たない“地味令嬢”。
特に取り柄もなく、華やかな社交界ではいつも壁の花。だが幼いころに交わされた約束で、彼女は王弟・レオンハルト殿下との婚約者となっていた。
だがある日、突然の婚約破棄通告――。
「やはり君とは釣り合わない」
そう言い放ったのは、表向きには完璧な王弟殿下。そしてその横には、社交界の華と呼ばれる公爵令嬢の姿が。
悲しみも怒りも感じる間もなく、あっさりと手放されたミレイア。
しかしその瞬間を見ていたのが、王家随一の武闘派にして“最強”と噂される第一王子・ユリウスだった。
「……くだらん。お前を手放すなんて、あいつは見る目がないな」
「よければ、俺が貰ってやろうか?」
冗談かと思いきや、なぜか本気のご様子!?
次の日には「俺の婚約者として紹介する」と言われ、さらには
「笑った顔が見たい」「他の男の前で泣くな」
――溺愛モードが止まらない!
隠れた花嫁を迎えに
星乃和花
恋愛
(完結済:本編8話+後日談1話)
結婚式を控えた同居中の婚約者・リリィには、ひとつだけ困った癖がある。
それは、寝癖が直らないだけで、角砂糖を落としただけで、屋敷のどこかに“こっそり”隠れてしまうこと。
けれど、完璧超人と噂される婚約者・レオンは、彼女が隠れるたび必ず見つけ出し、叱らず、急かさず、甘く寄り添って迎えに来る。
「本当に私でいいのかな」——花嫁になる前夜、ベッドの下で震えるリリィに、レオンが差し出したのは“答え”ではなく、同じ目線と温かな手だった。
ほのぼの王都、屋敷内かくれんぼ溺愛ラブ。
「隠れてもいい。迎えに行くから。」
繰り返す夜と嘘 〜【実録】既婚の僕と後輩の彼女、あの夜のキスから始まった13年の秘密〜
まさき
恋愛
結婚して半年の僕と、同じ職場の彼女。
出会った頃は、ただの先輩と新入社員だった。
互いに意識しながらも、
数年間、距離を保ち続けた。
ただ見つめるだけの関係。
けれど――
ある夏の夜。
納涼会の帰り道。
僕が彼女の手を握った瞬間、
すべてが変わった。
これは恋でも、友情でもない。
けれど理性では止められない、
名前のない関係。
13年続いた秘密。
誓約書。
そして、5年の沈黙。
これは――
実際にあった「夜」の記録。
身代わり令嬢、恋した公爵に真実を伝えて去ろうとしたら、絡めとられる(ごめんなさぁぁぁぁい!あなたの本当の婚約者は、私の姉です)
柳葉うら
恋愛
(ごめんなさぁぁぁぁい!)
辺境伯令嬢のウィルマは心の中で土下座した。
結婚が嫌で家出した姉の身代わりをして、誰もが羨むような素敵な公爵様の婚約者として会ったのだが、公爵あまりにも良い人すぎて、申し訳なくて仕方がないのだ。
正直者で面食いな身代わり令嬢と、そんな令嬢のことが実は昔から好きだった策士なヒーローがドタバタとするお話です。
さくっと読んでいただけるかと思います。
私の作るおにぎりが、騎士団の士気を異常に上げています(犯人は副団長)
星乃和花
恋愛
おにぎりを配っただけで、騎士団の士気が異常値になりました。
団長は警戒、監察部は呪術検査、国まで動きかけるのに――副団長だけが平然と断言。
副団長「彼女のご飯は軍事物資です」
私「えっ重い」
胃袋で落ちた策略家副団長の“最適化溺愛”に巻き込まれ、気づけば専属補給係(=婚約)寸前!?
ほのぼの爆笑&甘々の騎士団ラブコメです。
(月水金21:00更新ー本編16話+後日談6話)
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる