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久しぶり
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ケーキパーティーはそれはもう楽しくて、私達が解散したのは日がだいぶ落ちた頃だった。いつもは帰る方向が同じだけれど、今日は珍しくケーキ屋さんの前で陽奈と別れた。
満たされたお腹をさすり、しかし足取りは軽く帰路につく。ここから自宅に帰るまでには、一度学校の前を通ることになるけれど、そんなことはすっかり忘れて能天気だった。
「カラネ!」
全くもって身構えず夢想に耽っていた私は、その一声で大袈裟なくらいに飛び跳ねてしまった。
気がつけばまもなく正門が見える位置、ならばこの声の主は見なくてもわかる。いや、正面から満面の笑みで駆け寄ってきているのだから、見ないも何もないか。剣城さんは私が逃げる間もなく距離を詰め、かと思えば私の視界は彼の制服の色に染まった。全身を囚われたようで身動きが取れない。
「カラネ、会いたかった。1日だって辛いのに2週間くらい会えなくて、気が狂いそうだったよ」
「あ、あの」
今まで同世代の異性にこのようなことをされた経験がなく、正しい反応も対処の仕方も分からない。そんな私を無抵抗と判断したのか、彼は嬉しそうに笑って腕の力を強めた。少し苦しい。
「カラネもテストだったよな。お疲れ様」
「お、お疲れ様です」
「うん」
スリスリと頭の上で何かが擦れる気配がする。たぶん、頬擦りをしているのだろう。
「テスト、どうでしたか?」
もがいても逃げられない、と無意識に諦めたらしい自分からそんな言葉が出てきて、ついにまともに会話する気になったかと他人事のように思った。我ながら、人生で初めてのこの状況で平然と話し始めるとは肝の据わったことだ。
「問題ない。俺の高校は進学校でもないから、問題も簡単なんだ。カラネは? 無事に終わったか?」
「はい、たぶん大丈夫です」
「そうか、よかった。今日は部活はなかったんだな」
そうか、だからここにいたのか。私が部活を終えるのを待とうとしていたのだろう。
「一体いつからここにいたんですか?」
「一時間前。部活が終わる前からいれば、カラネが楽しんでいるところが少しは覗けるかと思って」
「一時間!? それだったら、部活をやっていないことがとっくに分かっていたのでは?」
さすがにこの無音の前に一時間立っていても気が付かないとは思えない。
「部活がないことはすぐ分かったよ。それならどうすれば今日中にカラネと会えるのかが分からなくなって絶望して、気がついたら今になっていた」
「へえ」
絶望して、気がついたらこの時間に? 人がそこまで長い時間立ち尽くすことあるという事実に唖然としてしまう。
「ずっと会いたかったんだ、今日中に会えないと発狂しそうなくらいに。だから、カラネの姿が見えた時に思わず神様に感謝したよ。俺の熱意がどこかの神様に伝わったからカラネを呼び寄せてくれたんだ、って」
そう話している間も私を抱きしめる腕は息苦しさを感じないように緩められ、温かみを感じる手のひらが私の髪を撫でる。
「たまたま通りかかって、よかったです」
ここまで想われて絆されないほど、私は頑固でも冷徹でもなかった。この人が好きなのかと問われればそうではない。けれど、彼の好意を受け取ろうという気にはさせられた。
本当に受け入れていいのか、と葛藤する一部の自分に抑えられ震える腕が、恐る恐る彼の背中に回る。それを気配と感触で知った彼は体を刎ねさせたかと思えば少し鼻を啜り、「はは」と小さく笑い声を漏らしたのだった。
と、これが私と彼、剣城姚との始まりの小噺である。
それからたった一年後、私はこの世と別れを告げることになった。私を心の底から愛し、宝物のように扱ってくれた彼を残して。
満たされたお腹をさすり、しかし足取りは軽く帰路につく。ここから自宅に帰るまでには、一度学校の前を通ることになるけれど、そんなことはすっかり忘れて能天気だった。
「カラネ!」
全くもって身構えず夢想に耽っていた私は、その一声で大袈裟なくらいに飛び跳ねてしまった。
気がつけばまもなく正門が見える位置、ならばこの声の主は見なくてもわかる。いや、正面から満面の笑みで駆け寄ってきているのだから、見ないも何もないか。剣城さんは私が逃げる間もなく距離を詰め、かと思えば私の視界は彼の制服の色に染まった。全身を囚われたようで身動きが取れない。
「カラネ、会いたかった。1日だって辛いのに2週間くらい会えなくて、気が狂いそうだったよ」
「あ、あの」
今まで同世代の異性にこのようなことをされた経験がなく、正しい反応も対処の仕方も分からない。そんな私を無抵抗と判断したのか、彼は嬉しそうに笑って腕の力を強めた。少し苦しい。
「カラネもテストだったよな。お疲れ様」
「お、お疲れ様です」
「うん」
スリスリと頭の上で何かが擦れる気配がする。たぶん、頬擦りをしているのだろう。
「テスト、どうでしたか?」
もがいても逃げられない、と無意識に諦めたらしい自分からそんな言葉が出てきて、ついにまともに会話する気になったかと他人事のように思った。我ながら、人生で初めてのこの状況で平然と話し始めるとは肝の据わったことだ。
「問題ない。俺の高校は進学校でもないから、問題も簡単なんだ。カラネは? 無事に終わったか?」
「はい、たぶん大丈夫です」
「そうか、よかった。今日は部活はなかったんだな」
そうか、だからここにいたのか。私が部活を終えるのを待とうとしていたのだろう。
「一体いつからここにいたんですか?」
「一時間前。部活が終わる前からいれば、カラネが楽しんでいるところが少しは覗けるかと思って」
「一時間!? それだったら、部活をやっていないことがとっくに分かっていたのでは?」
さすがにこの無音の前に一時間立っていても気が付かないとは思えない。
「部活がないことはすぐ分かったよ。それならどうすれば今日中にカラネと会えるのかが分からなくなって絶望して、気がついたら今になっていた」
「へえ」
絶望して、気がついたらこの時間に? 人がそこまで長い時間立ち尽くすことあるという事実に唖然としてしまう。
「ずっと会いたかったんだ、今日中に会えないと発狂しそうなくらいに。だから、カラネの姿が見えた時に思わず神様に感謝したよ。俺の熱意がどこかの神様に伝わったからカラネを呼び寄せてくれたんだ、って」
そう話している間も私を抱きしめる腕は息苦しさを感じないように緩められ、温かみを感じる手のひらが私の髪を撫でる。
「たまたま通りかかって、よかったです」
ここまで想われて絆されないほど、私は頑固でも冷徹でもなかった。この人が好きなのかと問われればそうではない。けれど、彼の好意を受け取ろうという気にはさせられた。
本当に受け入れていいのか、と葛藤する一部の自分に抑えられ震える腕が、恐る恐る彼の背中に回る。それを気配と感触で知った彼は体を刎ねさせたかと思えば少し鼻を啜り、「はは」と小さく笑い声を漏らしたのだった。
と、これが私と彼、剣城姚との始まりの小噺である。
それからたった一年後、私はこの世と別れを告げることになった。私を心の底から愛し、宝物のように扱ってくれた彼を残して。
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