魔法帝国の守護伝説

秋草

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憧れと怪しさと

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 世界中の大国が恐れをなす超大国、レイズ王国。
 その国は、歴代の王が他国と戦い、輝かしい勝利を納め続けた故に強大な国力を有する。
 しかし、そんな国でも侵略が叶わず、同盟を結ぶことしかできなかった国があった。
 世界で唯一、魔力を持つ国。その国の名は、“クレムル魔法国”。


***


太陽が地平線から顔を出して間もない刻限に、街は静かに目を覚ました。
 あちらこちらで窓が開き、そこから顔を覗かせた人々が外の光に目を細める。向かいの家や隣の家から顔を出す人と挨拶を交わす光景も、ちらほらと見られた。
 声はやがて街全体から聞こえるようになり、家々の扉が開き始める。
 井戸を中心に広がる広場に面した家の前でも、にこやかに日常的な会話が始まった。
「おはよう。今日もいい天気だね。あんたは今から収穫かい?」
「ああ。ちょいと待ってくれれば、俺の店に新鮮な野菜が並ぶぜ」
「それじゃ、買い物は後にして家事を片付けなくちゃね。早くしておくれよ」
「おう。……おや? あれは、フィラーナさんの愛娘じゃないか」
 鍬を担いだ男の視線の先では、一人の少女が広場を闊歩していた。翡翠の瞳に鮮やかな銀の髪、そして、誰もが羨むような白い肌。この街で一番と言われる美女の一人だ。
 トレードマークである黄緑のカチューシャがよく似合う。
「イリーシャちゃん、おはよう!」
 男が手を振ると、それに気付いた彼女も大きく振り返した。
「おはようございまーす! 後で買い物に寄りますねー!」
「おう! 良いものを揃えとくよ!」
 白いワンピースを翻して少女が広場を通り過ぎるのを見送り、男と話し相手の婦人は、顔を見合わせた。
「「本当、いい子だよねえ」」


***


 先程農夫に手を振った少女、イリーシャは、一軒の家の前で、足を止めた。
 街の中心部にあり、街で一番大きな石造りの家である目的地は、幼馴染みの住居だ。
 窓辺を見上げ、そこで花の世話をしている少女に声をかけた。
「フォルティカ、おはよう!」
 その声で少女が下を向いた。
「イリーシャ、おはよう。少し待ってて。すぐに降りるわ」
 彼女が一旦家の中に消え、少ししてイリーシャの目の前で扉が開く。
 濁りのないアメジストの瞳と明るい蜜色の髪、そして、イリーシャに決して劣らぬ美貌の持ち主である。
 フォルティカは嬉しそうに微笑んでいた。
「朝から来るなんて、珍しいわね。どうしたの?」
「今朝ママがパンを焼いたから、カラクス家にお裾分けをしに来たの。まあ、まだフォルティカのお父さんは帰ってきていなさそうだけど」
 フォルティカの父親は、定期的に家を留守にする。そして二日あまりで帰宅するのだ。
 フォルティカは父親の不在を気にかけることもなく、今はイリーシャの手にある籠に、目が釘付けになっていた。
「パン? わあっ! フィラーナさんのパンはお父さんも大好きなの。帰ってきたら一緒に食べるわね。ありがとう!」
 フォルティカの家とは家族ぐるみの付き合いでよく一緒に食事をする仲だ。フォルティカの父親、ギルオスは、妻に先立たれたこともあるのか、フィラーナの料理を好物にしている。
 差し出されたかごを受け取り、中を覗いてはしゃぐ友に、イリーシャはふと思い出したことを訊いた。
「そういえば、今日は魔術記念日だよね?」
 魔術記念日とは、王令で定められた記念日のことだ。かつてこの国で、レイズの存亡に関わる魔術師同士の争いがあったことに由来する。
 魔術記念日には各町村で祭りが開かれ、イリーシャとフォルティカは毎年それを楽しみにしていた。
 フォルティカは顔を上げ、キラキラと瞳を輝かせた。
「ええ! 今朝聞いたのだけど、今年はサプライズイベントがあるそうよ!」
「そうなの!? すごい、すごい!」
 二人は手を取り合い、跳び跳ねながらはしゃいだ。
 イリーシャもフォルティカも、サプライズという単語に弱い。
 今年の祭りは何としても参加する。そう約束して、二人は夕方まで一旦別れた。


***


 その夜、祭りはかつてない程の盛り上がりを見せた。
 町の広場に設けられたステージに、魔術師が現れたのだ。
 壮年の紳士、といった具合の出で立ちで、近寄りがたくも好印象をうける魔術師だ。
 イリーシャ達はステージの真正面、最前列に陣取り、魔術師の圧巻の演術を楽しんだ。この街のほとんどの住民同様、イリーシャ達は生まれてこの方一度も魔術を見たことがなかったため、その興奮は並大抵のものではなかった。
「――それでは、ここからはどなたか二名に手伝ってもらおうか。やる気のある人は?」
 魔術師の呼び掛けに、イリーシャとフォルティカはフライング気味に挙手をした。
 魔術師とイリーシャの目が合う。
「……では、最前列のお嬢さん二人に手伝ってもらおう」
 妙な間ののち、魔術師は二人を浮遊させてステージにあげた。
「二人とも、名前は?」
「イリーシャです!」
「フォルティカです!」
 元気よく答えた二人を、魔術師はまじまじと見つめた。
「イリーシャと、フォルティカ、だね?これからしばしの付き合いを頼むよ」
 笑みを深め、二人から視線を逸らす。そのとき彼の目が怪しく光ったのを、イリーシャは見逃さなかった。
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