クレムル魔帝国の守護伝説

秋草

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似た者

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 夜の間歩き続け、子供二人が泣き言を漏らし始めた頃、空はうっすらと白み始め、四人はようやく小さな村に到着した。
 周囲にあるのは、畑か草地だけ。見渡す限り緑一色だ。
「ここで少し休ませてもらおう」
 村の入り口にある標札を一瞥し、ギルオスが一歩を踏み出す。
 刹那、銃のように鋭い破裂音が響き、イリーシャとフォルティカは耳を塞いでしゃがみこんだ。
「な、なに今の、……!」
 顔をあげたイリーシャが、ピタリと言葉を止める。
 ギルオスは悠然と佇んでいた。それは普段と変わらぬことだ。しかし、そんな彼の脇には魔法陣が展開され、その中には銃弾らしき粒が捕らわれていた。
「……私を狙っているのは気付いていた。早く出てこい。さもなければ、村ごと焼いて炙り出してやる」
 ギルオスはひどく苛立っているようにも、呆れているようにも聞こえる冷めた声音だ。
 どうやら本気で村を焼かれかねないと考えたらしく、しばらくして一戸の家の扉が開いた。
 ゆっくりそこから歩み出たのは、簡素な服に身を包んだ一人の少年だ。年の頃はイリーシャと同じに見える。そして、初めて会ったが、その容姿は見慣れている。澄んだアメジストの瞳に、濃い密色の髪、そして端整な顔立ち……。
 イリーシャはゆっくりと、隣に目を移した。
「……あー!」
 突然の叫び声に、大人達の厳しい目が向いた。今は早朝だ。騒いで良い刻限ではない。
 ご免なさい! と彼等に手を合わせ、イリーシャはすぐに視線を戻した。
「そっか、フォルティカにそっくりなんだ、あの人!」
 瞳を輝かせて「すごい偶然!」と喜ぶ彼女とは逆に、フォルティカは渋い顔だ。
「こんなに似ていると、なんだか気味が悪いわ」
 大人達はどうかと言えば、戸惑いと共に、隠しきれない興奮を感じていた。
「君は、もしや……」
「俺が何? ただの一般人なんだけど」
 奇襲に失敗して不機嫌全開の少年がギルオスを睨み付ける。
「ていうか、あんた達は何者」
「怪しい者ではない。ただの旅人だ」
 ギルオスが両手をあげ、にこやかに告げる。しかし、少年は全く警戒を解かなかった。先程銃弾を止められ、ただ者ではないことを悟っているのだろう。
「……仕方ないか」
 ギルオスの腕が下がり、彼はさっと地面に片膝をついた。
「突然の参上で驚かせてしまい、申し訳ない。我が名は、ギルオス=ラクレシス。クレムル魔帝国の魔術師だ」
 クレムルの魔術師は、自国以外で誠意を込めた挨拶をするときには片膝をつく。
 その噂が本当だったこと、そしてギルオスが正真正銘の魔術師であったことに、イリーシャの目が宝石の如く輝いた。
「クレムル魔帝国、か。国の奴等独特の呼び名らしいな。つまり、あんたがクレムルの魔術師ってのは事実なわけだ」
 少年は未だに険しい顔だ。それでも、相手の身元が知れたのは大きかったらしく、簡単な自己紹介は返した。
「クライドだ。親父はこの村の長」
「クライドか、よろしく。……ところで、一つ訊いてもいいか?」
 村を見回したギルオスの目は、険しさを帯びている。
「この村に、君以外の気配がないのは何故だ?」
 その問いかけに、クライドの表情が曇った。何かを堪えるように、固く拳を握る。
「……知らない。一ヶ月くらい前に、全員が姿を消した」
「それなのに、君は何故ここに留まっているんだ?」
 尤もなギルオスの疑問には、少し躊躇いを見せた。
「いつ戻って来るのか、分からないだろ。だから、留守番をしている」
「……なるほど」
 ギルオスは顎に手を当て、虚空を見つめながらしばし考え込んだ。そして、再びクライドに目を戻すと、口元に笑みを浮かべた。
「では、探しに行こうか」
「え……」
 思いがけぬ一言に、クライドの目が見開かれた。
 驚きつつも嬉しそうだ……と思いかけたイリーシャだが、彼の表情に陰が差したのを見逃さず、その考えは引っ込めた。
 彼は、村人が消えた件についての事情を知っている。直感で思っただけだが、間違いないだろう。
 元の仏頂面に戻った彼は、しばらく悩んでから頷いた。
「頼む」
「よし、では明日から捜索開始だ。まずは休ませてくれ」
 特に断る理由がなく、クライドはすんなり承諾したが、空き家となっていた隣家に女性陣を、そのさらに隣にギルオスを案内し、自由に使えとだけ言って自宅に籠ってしまった。
 やはり、打ち解ける気はなさそうだ。
「親切だけど、なんか感じが悪い男」
 不満を覗かせつつも、イリーシャは室内を見渡して機嫌を直した。他の二人も感嘆の声をあげている。
 一ヶ月は無人だったはずだが、まったく汚れていなかったのだ。村人の帰村を信じて毎日掃除をしているのだろう。そう考えると、ひどく切ない気持ちになる。
 何か力になれることはないかと思考を巡らせる三人の元に、籠を持ったクライドが現れた。それをテーブルに置き、無言で立ち去る。
 三人もつい無言で見送り、そろそろと籠に近寄った。そしてゆっくりと蓋を開け、口元を綻ばせた。
 中にあったのは、小振りながら美味しそうな丸パンだった。
 三人は空腹だったのを思い出し、それを遠慮なく頂いた。
 ふんわりとして優しい味わいのそれには、つい三人の笑みが漏れたのだった。
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