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イリーシャとクライド
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ふとしてイリーシャが目を開けると、外は紅い光に包まれていた。どうやら、食事を終えて飛び込んだベッドで、長く寝入ってしまったようだ。隣ではまだフォルティカが寝息を立てている。
彼女を起こさないようにベッドを這い出たところで、フィラーナの不在に気づいた。ギルオスの方にでもいったのだろうか。
まあいいか、と思い直し静かに外に出ると、彼が村の井戸に顔を突っ込んでいるのが目に入った。
何も意識せずに近づき、声をかける。すると、彼はびくりと体を跳ねさせた。その拍子に井戸の中へと落ちそうになり、慌ててイリーシャが支えた。
どうにか引き上げたクライドは、井戸の脇に座り込み、先刻に輪をかけて恐ろしい形相だ。
「殺す気かよ、てめえ」
「ご、ごめーん。でも、何をしていたの?」
「井戸水を採ろうとしてたんだよ。ったく」
舌打ちでもしそうな顔でそっぽを向いてしまった。
「ああ、そうなんだ……あ、私はイリーシャ。よろしく!」
あはは、と乾いた笑い声をあげ、半ば強引に空気を変えにかかった。
しかし、それに簡単に乗るクライドではない。
「謝る気なんかないだろ、お前」
「まさか。心から悪いと思っています」
「だったら笑ってんじゃねーよ、馬鹿野郎」
「野郎ではありません」
「……面倒臭いなお前」
悪い虫を見るような目で見られても、イリーシャはどうにか耐えた。本当は張り倒したかったが、技量面で叶うはずもないし、泊めてもらっている以上は今より機嫌を悪くされては困る。
「え、えっと、何か手伝いましょうか?」
引き攣った笑顔で尋ねると、彼はじっとイリーシャを見据えたあとで気怠げに立ち上がった。
黙って歩き出したのは、付いて来いということだろう。
イリーシャは瞬く間に表情を明るくし、ひょこひょこと後を追った。
フォルティカが目を覚ましたのは、仄かに空腹を誘う匂いが漂ってきてからだった。
部屋が真っ暗だ。いつの間にか夜になっていたらしい。
ベッドに幼馴染みがいないことに気がつき、慌てて外に飛び出す。その時、ちょうどクライドの家からイリーシャが出てきた。
彼女はフォルティカと目が合うと、にっこり笑った。
「ちょうど良かった! 夕御飯ができたから、呼びに行こうと思っていたところだったの」
「夕御飯……。私、何も手伝えていなかったわ。ごめんなさい……」
「いいの、いいの。さ、入って。大人二人も呼んでくるね」
イリーシャに誘われ、フォルティカは玄関から漏れ出る光の中へと足を踏み入れた。
家の中では、クライドが五人分の食器を黙々と食卓に並べていた。心なしか、朝よりも穏やかな雰囲気だ。
フォルティカに目を向け、無言で席を勧めてきた。
「あの……お、お邪魔します」
恐縮しながら椅子の前まで行き、卓上の鍋の中身をかき混ぜる彼にペコリと頭を下げた。
「何もお手伝いしなくて、すみませんでした」
彼は軽く俯いたままで小さく笑った。
「気にすんな。あいつで充分事足りたから」
「ああ……」
イリーシャは家事全般を得意としている。たしかに、彼女さえいれば何も問題はないに違いない。
「で?」
クライドが食卓に片手をつき、フォルティカに視線を戻した。
「お前の名前は?」
「あっ、フォルティカです」
そう言えば、まだ名乗っていなかった。不覚だった。
「フォルティカ、先に座っていろ」
早速名を呼ばれ、優しく微笑まれた。
しかし本当に何も自分の仕事はないのか、と尋ねかけたときにイリーシャと大人二人が現れ、結局すぐに着席した。
役に立てていない。
雑談と共に食事が終わると、ギルオスは村人達の件について話し始めた。
「今魔術で探査を進めているところだが、おそらく今夜には居場所が分かるだろう」
魔術による人物探査は、魔術の説明の一貫としてよく聞く話だ。しかし、一か月も前に失踪した人物の探査には、通常三日はかかるはずだ。
それを、たった一日で……とイリーシャは彼に、尊敬の意に満ちた目を向けた。
イリーシャの様子を脇で見ていたフィラーナは、実は、ギルオスの魔力はクレムルの国王に準ずる程高く、彼の実力をもってすれば短期の魔術探査も容易なのだと、うっとりしながら説明した。
彼女の言葉に、ギルオスは少し照れて笑ったが、すぐにその表情を拭い去ってクライドを見据えた。
「だが……何も期待はするなよ、少年」
ギルオスの言葉の真意は、クライドには分かっているようだが、イリーシャとフォルティカにはさっぱりだった。二人がただ一つ予想できるのは、探査が良い結果をもたらすことはないだろう、ということだけだ。
「期待はするなって……まさか、無事ではないの?」
「全ては明日分かることだ」
ギルオスには説明する意思はないと判じ、イリーシャはクライドに目をやった。
彼は暗い目で紅茶を飲んでいる。おそらく、味わえてはいないだろう。
一体何が、と不安にかられるイリーシャだったが、翌日全てを知った時には、その感情は怒りに変わっていた。
彼女を起こさないようにベッドを這い出たところで、フィラーナの不在に気づいた。ギルオスの方にでもいったのだろうか。
まあいいか、と思い直し静かに外に出ると、彼が村の井戸に顔を突っ込んでいるのが目に入った。
何も意識せずに近づき、声をかける。すると、彼はびくりと体を跳ねさせた。その拍子に井戸の中へと落ちそうになり、慌ててイリーシャが支えた。
どうにか引き上げたクライドは、井戸の脇に座り込み、先刻に輪をかけて恐ろしい形相だ。
「殺す気かよ、てめえ」
「ご、ごめーん。でも、何をしていたの?」
「井戸水を採ろうとしてたんだよ。ったく」
舌打ちでもしそうな顔でそっぽを向いてしまった。
「ああ、そうなんだ……あ、私はイリーシャ。よろしく!」
あはは、と乾いた笑い声をあげ、半ば強引に空気を変えにかかった。
しかし、それに簡単に乗るクライドではない。
「謝る気なんかないだろ、お前」
「まさか。心から悪いと思っています」
「だったら笑ってんじゃねーよ、馬鹿野郎」
「野郎ではありません」
「……面倒臭いなお前」
悪い虫を見るような目で見られても、イリーシャはどうにか耐えた。本当は張り倒したかったが、技量面で叶うはずもないし、泊めてもらっている以上は今より機嫌を悪くされては困る。
「え、えっと、何か手伝いましょうか?」
引き攣った笑顔で尋ねると、彼はじっとイリーシャを見据えたあとで気怠げに立ち上がった。
黙って歩き出したのは、付いて来いということだろう。
イリーシャは瞬く間に表情を明るくし、ひょこひょこと後を追った。
フォルティカが目を覚ましたのは、仄かに空腹を誘う匂いが漂ってきてからだった。
部屋が真っ暗だ。いつの間にか夜になっていたらしい。
ベッドに幼馴染みがいないことに気がつき、慌てて外に飛び出す。その時、ちょうどクライドの家からイリーシャが出てきた。
彼女はフォルティカと目が合うと、にっこり笑った。
「ちょうど良かった! 夕御飯ができたから、呼びに行こうと思っていたところだったの」
「夕御飯……。私、何も手伝えていなかったわ。ごめんなさい……」
「いいの、いいの。さ、入って。大人二人も呼んでくるね」
イリーシャに誘われ、フォルティカは玄関から漏れ出る光の中へと足を踏み入れた。
家の中では、クライドが五人分の食器を黙々と食卓に並べていた。心なしか、朝よりも穏やかな雰囲気だ。
フォルティカに目を向け、無言で席を勧めてきた。
「あの……お、お邪魔します」
恐縮しながら椅子の前まで行き、卓上の鍋の中身をかき混ぜる彼にペコリと頭を下げた。
「何もお手伝いしなくて、すみませんでした」
彼は軽く俯いたままで小さく笑った。
「気にすんな。あいつで充分事足りたから」
「ああ……」
イリーシャは家事全般を得意としている。たしかに、彼女さえいれば何も問題はないに違いない。
「で?」
クライドが食卓に片手をつき、フォルティカに視線を戻した。
「お前の名前は?」
「あっ、フォルティカです」
そう言えば、まだ名乗っていなかった。不覚だった。
「フォルティカ、先に座っていろ」
早速名を呼ばれ、優しく微笑まれた。
しかし本当に何も自分の仕事はないのか、と尋ねかけたときにイリーシャと大人二人が現れ、結局すぐに着席した。
役に立てていない。
雑談と共に食事が終わると、ギルオスは村人達の件について話し始めた。
「今魔術で探査を進めているところだが、おそらく今夜には居場所が分かるだろう」
魔術による人物探査は、魔術の説明の一貫としてよく聞く話だ。しかし、一か月も前に失踪した人物の探査には、通常三日はかかるはずだ。
それを、たった一日で……とイリーシャは彼に、尊敬の意に満ちた目を向けた。
イリーシャの様子を脇で見ていたフィラーナは、実は、ギルオスの魔力はクレムルの国王に準ずる程高く、彼の実力をもってすれば短期の魔術探査も容易なのだと、うっとりしながら説明した。
彼女の言葉に、ギルオスは少し照れて笑ったが、すぐにその表情を拭い去ってクライドを見据えた。
「だが……何も期待はするなよ、少年」
ギルオスの言葉の真意は、クライドには分かっているようだが、イリーシャとフォルティカにはさっぱりだった。二人がただ一つ予想できるのは、探査が良い結果をもたらすことはないだろう、ということだけだ。
「期待はするなって……まさか、無事ではないの?」
「全ては明日分かることだ」
ギルオスには説明する意思はないと判じ、イリーシャはクライドに目をやった。
彼は暗い目で紅茶を飲んでいる。おそらく、味わえてはいないだろう。
一体何が、と不安にかられるイリーシャだったが、翌日全てを知った時には、その感情は怒りに変わっていた。
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