魔法帝国の守護伝説

秋草

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けじめ

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 翌日の昼、五人は旅支度を済ませて魔法陣の中にいた。すぐに旅を再開するつもりの四人はまだしも、クライドまでもが旅に出る気満々であることは意外だと、イリーシャは横目で見ながら思った。村に戻る気がないということだからだ。
「移動するぞ」
 ギルオスの言葉の直後、地面がぐらりと揺れた。
 景色が変わり、一面の畑がどこかの山奥になった。
 少し離れたところから複数の人の声が聞こえる。その声の方に歩み寄り、草陰から五人で様子を窺った。
 森の中で、大勢が談笑をしていた。五名程の男達と十名程の女子供が輪になっている。
 格好からして、長旅の途中だろう。
「楽しそうだね、皆」
 何となく呟いたイリーシャの隣で、クライドがぼそりと言った。
「あれが、村の奴らだ」
「へっ?」
 では、彼らはクライドを置き去りにして旅に出たと言うのだろうか。しかも、あんな楽しそうに。
 それならば、あまりに非情な仕打ちだ。クライドに何の非があるというのか。
 堪えきれず、イリーシャは声をあげて立ち上がった。咄嗟にフィラーナが諌めたが、彼女は聞いていなかった。
 村人達の方に大股で近寄り、警戒する彼等を見回した。
「ねえ、何故クライドを置き去りにして、旅になんか出ているの?」
 クライド。その名を耳にした途端、彼等は一斉に青ざめた。
「あ、あんな奴の傍になんていられねーよ! こっちが殺されちまう!」
 一人の男が叫んだ。
「……どういうこと?」
「あいつは魔物だよ! 人間じゃない!」
「……」
 なぜそのようなことを言われるのか、イリーシャは分からなかった。彼は無愛想だが悪い人ではない。魔物には程遠いだろう。
「何があったの?」
 はぐらかすことを許さない口調で問い質すと、叫んだ男が怯えながら答えた。
「一か月前の村が盗賊に襲われたときに、あいつ、突然魔術を使いやがったんだ。魔術師でもないのにそんなことが出来るのは、あいつが魔物だからだろ!」
 たしかに魔物の中には、魔力を持たない人間に子を産ませるものもいる、と本で読んだことがある。
 クライドの両親は普通の人間だ。そんな二人から魔力を持った者が誕生したと考えると、彼が魔物と思われても不思議はないのかもしれない。
 それでもだ。それでも、仲間として受け入れていた、しかも村を救った者を、魔力を持つからと言って疎外するのはおかしい。
「……あなた達は、魔物よりも恐ろしい人間だよ」
 つい本音がもれると、村人達の顔が一瞬で青くなった。
「魔力を持つから何? それだけで、何故彼が悪だと決めつけるの!」
「もういいよ、イリーシャ」
 唐突に、クライドがそう言って草陰から出た。
 予期せぬ人物の出現に村人の中からは悲鳴がもれ、彼はそちらを冷めた目で一瞥した。
 そのあとで、振り向いたイリーシャの肩に手を乗せ、微かに口角をあげた。
「もう充分だ。俺は、彼等が村を捨てたことを確認したかっただけだから。……あの村に俺がいる限りは、誰も戻らないって分かったからもういい」
 再度村人達に目をやり、溜め息をついた。
「俺が旅に出るから、あんた達は村に戻れ。……父さんの供養は任せた」
「えっ……」
 父さんの供養、と聞き、イリーシャが目を見開く。
 クライドの父親が亡くなっているなどとは、思ってもみなかった。
「行くぞ、イリーシャ」
 イリーシャの背を軽く押し、クライドは踵を返した。そして、ギルオス達の元に戻るまで、そして戻ってからも、かつての仲間を振り返ることはなかった。


***


 五人でしばらく森を歩き、それなりに拓けた場を見つけると、フィラーナは早速近くの木から適当な枝を見繕い、ポキリと手折った。
 落ち葉や雑草を地面から払い除け、円を描き始める。
 大方魔法陣を描いているのだろう。今朝も嬉々として地面を削っていたし、と朝のフィラーナを思い出しながら、イリーシャはギルオスを見た。
 彼は地から出ている大木の根に腰掛け、フィラーナの作業を眺めている。
「……自分でやらないんですか、ギルオスさん?」
 何となく突っ込むと、彼はニヤニヤと笑った。
「フィラーナがやりたいと言うのだから、別に自分で描く必要はないだろう?」
「……」
 ええー……とイリーシャは内心呆れてしまった。やる気がないにも程がある。
 溜め息をそっとつき、離れたところで地べたに座るクライドに目を移した。
 こちらに背を向け、森の奥を見つめているようだ。
 慰めな言葉でもかけた方が良いのか悩んでいると、彼女の隣の気配が動いた。
「フォルティカ?」
 フォルティカはイリーシャに微笑みかけ、静かに彼に歩み寄った。
 声をかけるのかとイリーシャが見守る中で、彼の隣に腰を下ろした。そして、ただひたすら無言で寄り添ったのだった。
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