クレムル魔帝国の守護伝説

秋草

文字の大きさ
上 下
10 / 21

過去

しおりを挟む
「……あのさ、一つ確認していいか?」
 ギルオスの話が一旦落ち着いたと見たクライドが、そろそろと手を挙げた。
「俺の推測だけど……十六年前に追われた魔術師っていうのは、ギルオス達と王妃だったりするか?」
 レイズ王国に派遣される魔術師は、大使の役割も担う為に高位の魔術師であることが多い。話を聞く限り、三人は当にうってつけの存在だ。
 さらに、クライドがギルオス達と出会ったのは、彼らが旅をしていたからだ。そして、ギルオスはしきりに子供の身の安全を気にしている。
「四人とも何も俺に教えないけど、今は誰かに追われているところだろ?」
 クライドの読みがあまりに的を射ていて、さすがのギルオスも舌を巻いた。
「肝心なところでみせる鋭さは、父親譲りだな。そう言えば、ライザニルには嘘も隠し事も通じなかったよ」
「で、誰に追われているんだ?」
 焦れたようにクライドが訊き直した。
「あんた達を追い回しているのは誰なんだ?」
「……十六年前に、私達をこの国からた追放せんとした邪術師だ」 
 ギルオスの視線がクライドから外れ、虚空に向けられる。過去を懐かしんでいるかのような表情だ。
「“邪術師狩り”を始める以前のバイゼルは、私達三人と同じでクレムルの魔術師だった。よく四人で、グラス片手に夜更けまで語り合ったものだ。……だが、彼は豹変してしまった。詳しい原因は分からない。ただ一つ言えるのは、バイゼルが邪術師狩りを先導したとき、魔王の気配が彼と共にあったということだけだ」
  当時のギルオス達には、彼を正気に戻すことも捕らえることもできなかった。彼の裏切りを信じたくなかったし、彼に対抗する余裕がなかったからだ。
「邪術師の疑いをかけられた時には、ルーシェアは君達双子を身籠っていた。それ故に、彼女の魔力は低下し、出産が間近に迫っていたこともあって動くのも辛そうだった。なにせ、君達を産んだのは、追われる僅か三日前だったのだからね」
 無事出産を済ませ、立ち会いに来ていたライザニル王が急用で国に戻った頃を見計らい、バイゼルはことを起こした。
 闇に堕ちたとはいえ、クレムル使節の一人に任じられていたバイゼルの実力は並みのそれではなく、使節団長たるギルオスを以てしても、子持ちのルーシェアと身重の妻を庇いながらの抗戦はかなわなかった。
 しかも、相手にはバイゼルの妹もいた。
 彼の妹も、かなりの魔力の持ち主だ。
「あの兄妹と追手から逃げる途中で、赤子だけでも安全なところにと、ルーシェアは君達双子を、森で見つけた大木の洞に隠した。勿論、魔術で洞に封印を施し、追手からはその大木自体を見えなくしたがね」
 都の牢獄から脱走した二日後に、ギルオスは抗うルーシェアを無理矢理国に帰して子供を迎えに行った。そして、大木を見て絶望した。
 隠したはずの赤子が、一人いなくなっていたのだ。魔術を破られたということは、魔術師、つまり追手に見つかった可能性が高かった。
「クライドだけがいなくなった理由は分からなかったが、敵に捕らわれたのだろうと思っていた。それなのに、こうして再会できた」
 クライドに目を向け、ギルオスは目を細めた。
「……さて、そろそろ出発しよう。魔法陣の中へ」
 彼が腰を浮かせたのをみて、他の四人も立ち上がった。
 目的地を彼は一切言わないが、まあ、付いていけば間違いないだろう。
 それでも、やっぱり教えてほしいなあ、と思うイリーシャだった。
しおりを挟む

処理中です...