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流れた星の
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揺れを感じて華夜乃が目を覚ますと、彼女は馬車の荷台に乗せられていた。
すぐ近くで大いびきが聞こえることからして、一人は荷台にいるのだろう。
見上げれば、そこには満天の星空が広がっている。
助からなかった。
そう思って流れそうになった涙を、華夜乃はぐっと堪えた。
強くならなければ、生きていけない。
とはいっても、星を見つめて想うのは、やはり春日野家の人達のことや依保のことだ。想うだけで泣きそうになる。
最後に、皆ともっと話したかったな。
揺らいだ視界に星を映し続けながら、願うように心の内で呟く。
丁度そのとき、一筋の光が空を駆けた。
そして聞こえた、蹄の音。
遠くから微かに、この馬車とは明らかにテンポが異なる音が聞こえたのだ。
男達は気付いていないようだが、音は確かにこちらに近づいている。
根拠も何もないが、華夜乃には近づいてくるのが誰かが判った気がして、咄嗟に叫んだ。
「飛神さん! 助けて!」
当然その声で、男達も追っ手の存在に気付いた。
「この小娘がっ!」
憤った牙流にいきなり首を絞められ、華夜乃は呻いた。やはり牙流は、力が並みのそれではないらしい。
「飛ばすぞ! 掴まれ!」
牙炉の大声に、牙流は舌打ちしながらも華夜乃を放した。
放られた華夜乃は、危うく馬車から落ちかけた。
馬車が速度を上げ、車輪がガラガラとけたたましく鳴るが、向かってくる足音は馬車よりも早い。
そして、気配を近くに感じられるようになったところで、彼が叫んだ。
「止まれ!」
その直後、馬車が急激に減速して動きを止めた。
反動で華夜乃は荷台の奥に跳ね返され、牙流に激突した。
すぐ傍で足音が止まり、華夜乃がじっと目を凝らすと、馬から人が飛び降りたのが見えた。
牙流が華夜乃を捕らえるよりも速く人影が接近し、牙流を昏倒させた。華夜乃には、人影が近づいただけにしか見えなかった。そんな一瞬で、こんな大男を眠らせたとは、早業にも程がある。
人影は、唖然とする華夜乃を抱き上げて荷台を降りたかと思えば、すぐに彼女を地面に下ろして地を蹴った。
いくつかの鈍い音が闇に響き、男の呻き声があとを追う。
華夜乃は地面に崩れたままで、闇を見つめた。
人影は静かに華夜乃に歩み寄ると、しゃがんで顔を覗き込んだ。
「無事か、華夜乃?」
彼女を気遣う声色に、華夜乃の目は瞬く間に潤んだ。
「飛神、さん……」
「ったく、お前は何度危険な目に遭えば気がすむんだよ。川に流されたり、拐われたり……」
縄をほどきながらも、呆れから深い溜め息を漏らす飛神に、気付けば華夜乃は抱きついていた。自分の身体がガタガタと震えていることにも、華夜乃自身驚いた。
抱きついた後で、飛神が嫌がるだろうことに思い至り、しまったと冷や汗が出たが、彼は意外にも抵抗しなかった。それどころか、華夜乃を優しく抱き締めた。
「俺の接近に、よく気付いたな、華夜乃」
それは正直なところ、華夜乃も不思議に思うことだ。
「なぜ俺だと判った?」
「わ、わからない……。ただなんとなく、飛神さんだ、って、思ったの」
「……そうか。まあ、とにかく、お前が叫んだお陰で、自信をもって加速できた。あれを聞くまでは、ほぼ勘で走っていたから」
勘で進んでも辿り着くのだから、飛神は凡人ではない。
「助けられてよかった。だが、今後は川と森には俺の同行なしに行くな」
いいな、と目を見て言われ、華夜乃はこくこくと頷いた。ひどい目に遭ったのだ。言うことを聞かないわけがない。
泣きそうな顔で飛神を見つめ返す華夜乃に、彼は優しい笑みを向けた。
初めて見せた表情だ。
「華夜乃、もう帰ろう。母さん達が発狂しているだろうから」
飛神は華夜乃を立たせ、乗ってきた馬に乗せた。すぐに自分も馬に跨がり、ゆっくりと走らせ始める。
華夜乃を落とさないようにと飛神が腕を回すと、二人はピタリと密着した。
華夜乃は、自分に触れる彼の身体から火のような熱を感じたが、彼が側にいる安心感から生じた睡魔のせいで、気にかけるには至らなかった。
すぐ近くで大いびきが聞こえることからして、一人は荷台にいるのだろう。
見上げれば、そこには満天の星空が広がっている。
助からなかった。
そう思って流れそうになった涙を、華夜乃はぐっと堪えた。
強くならなければ、生きていけない。
とはいっても、星を見つめて想うのは、やはり春日野家の人達のことや依保のことだ。想うだけで泣きそうになる。
最後に、皆ともっと話したかったな。
揺らいだ視界に星を映し続けながら、願うように心の内で呟く。
丁度そのとき、一筋の光が空を駆けた。
そして聞こえた、蹄の音。
遠くから微かに、この馬車とは明らかにテンポが異なる音が聞こえたのだ。
男達は気付いていないようだが、音は確かにこちらに近づいている。
根拠も何もないが、華夜乃には近づいてくるのが誰かが判った気がして、咄嗟に叫んだ。
「飛神さん! 助けて!」
当然その声で、男達も追っ手の存在に気付いた。
「この小娘がっ!」
憤った牙流にいきなり首を絞められ、華夜乃は呻いた。やはり牙流は、力が並みのそれではないらしい。
「飛ばすぞ! 掴まれ!」
牙炉の大声に、牙流は舌打ちしながらも華夜乃を放した。
放られた華夜乃は、危うく馬車から落ちかけた。
馬車が速度を上げ、車輪がガラガラとけたたましく鳴るが、向かってくる足音は馬車よりも早い。
そして、気配を近くに感じられるようになったところで、彼が叫んだ。
「止まれ!」
その直後、馬車が急激に減速して動きを止めた。
反動で華夜乃は荷台の奥に跳ね返され、牙流に激突した。
すぐ傍で足音が止まり、華夜乃がじっと目を凝らすと、馬から人が飛び降りたのが見えた。
牙流が華夜乃を捕らえるよりも速く人影が接近し、牙流を昏倒させた。華夜乃には、人影が近づいただけにしか見えなかった。そんな一瞬で、こんな大男を眠らせたとは、早業にも程がある。
人影は、唖然とする華夜乃を抱き上げて荷台を降りたかと思えば、すぐに彼女を地面に下ろして地を蹴った。
いくつかの鈍い音が闇に響き、男の呻き声があとを追う。
華夜乃は地面に崩れたままで、闇を見つめた。
人影は静かに華夜乃に歩み寄ると、しゃがんで顔を覗き込んだ。
「無事か、華夜乃?」
彼女を気遣う声色に、華夜乃の目は瞬く間に潤んだ。
「飛神、さん……」
「ったく、お前は何度危険な目に遭えば気がすむんだよ。川に流されたり、拐われたり……」
縄をほどきながらも、呆れから深い溜め息を漏らす飛神に、気付けば華夜乃は抱きついていた。自分の身体がガタガタと震えていることにも、華夜乃自身驚いた。
抱きついた後で、飛神が嫌がるだろうことに思い至り、しまったと冷や汗が出たが、彼は意外にも抵抗しなかった。それどころか、華夜乃を優しく抱き締めた。
「俺の接近に、よく気付いたな、華夜乃」
それは正直なところ、華夜乃も不思議に思うことだ。
「なぜ俺だと判った?」
「わ、わからない……。ただなんとなく、飛神さんだ、って、思ったの」
「……そうか。まあ、とにかく、お前が叫んだお陰で、自信をもって加速できた。あれを聞くまでは、ほぼ勘で走っていたから」
勘で進んでも辿り着くのだから、飛神は凡人ではない。
「助けられてよかった。だが、今後は川と森には俺の同行なしに行くな」
いいな、と目を見て言われ、華夜乃はこくこくと頷いた。ひどい目に遭ったのだ。言うことを聞かないわけがない。
泣きそうな顔で飛神を見つめ返す華夜乃に、彼は優しい笑みを向けた。
初めて見せた表情だ。
「華夜乃、もう帰ろう。母さん達が発狂しているだろうから」
飛神は華夜乃を立たせ、乗ってきた馬に乗せた。すぐに自分も馬に跨がり、ゆっくりと走らせ始める。
華夜乃を落とさないようにと飛神が腕を回すと、二人はピタリと密着した。
華夜乃は、自分に触れる彼の身体から火のような熱を感じたが、彼が側にいる安心感から生じた睡魔のせいで、気にかけるには至らなかった。
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