華ある恋と神のみ知る意志

秋草

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仲直りからの

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 翌朝、飛神は風邪を悪化させて寝込んでいた。
 息子の様子を見てから食事の席に現れた由菜は、昨日よりも心配そうにしながらも驚いていた。
「あんなに重症なのに、飛神は華夜乃ちゃんを助けに行ったのね。人のために無理をするなんて、あの子にとっては初めてではないかしら」
「そ、そうですか……」
 華夜乃としては複雑だ。飛神が動いてくれたのは純粋に嬉しかったし、何より、彼が駆けつけてくれなければ助からなかった。しかし、彼は無理をしたせいで、一層苦しんでいる。
「……由菜さん、私に飛神さんの看病を任せてもらえませんか?」
 白状するなら、昨日の今日で、華夜乃は飛神なしでの外出が怖い。できることなら、学校を休んで家に籠りたいのだ。
 その事情も察してか、由菜は優しい眼差しを向けて微笑んだ。
「そう。それではお願いするわね。私は買い物に行ってくるから」
「はい」
 食事まで終え、籠を携えて外出した由菜を見送り、華夜乃は階段を上った。両腕には、水を張った桶が抱えられている。
 昨日食事を届けた部屋に入ると、ベッドには弱りきった飛神がいた。頻繁に咳き込む姿はかなり辛そうだ。
 それでも、華夜乃の入室にはすぐ気がつき、彼女を睨んだ。
「病人の部屋に、のこのこ入ってくるな」
「か、看病のためには、入室は仕方ないです」
 負けじと飛神に言い返し、華夜乃は机に桶を置いた。
 飛神の頭に載せられていたタオルを取り、二度ほど水に潜らせると、タオルは心地よい冷たさになった。
 小さく折り畳んで彼の額に載せたあとで、華夜乃は机の前にあった椅子を引き寄せ、枕元に腰を下ろした。
「気持ち悪いとか、何かありますか? 水は要りませんか?」
「ない。さっさと出ていけ。風邪が移るぞ」
 脅すような口調で言われても、今の華夜乃は動じない。
「風邪が悪化したのは私の責任です。ならば、看病は私の務めです」
 看病だけは絶対譲らない、という気持ちで断言すると、飛神からは呆れた溜め息が漏れた。
「勝手にしろ」
 布団を頭まで被り、華夜乃に背を向けた飛神は、しかしすぐに顔を出すと、ぼそりと呟いた。
「……腹が減った」
「……」
 唐突な訴えに、華夜乃の目が点になる。
「お腹が、空いた?」
 飛神の気まずそうに丸めた背中を見つめ、ふっと微笑んだ。
「すぐに作りますね。何を食べたいですか?」
「……昨日と同じもの」
 つまりは、おかゆだ。
「分かりました。少し待っていてください」
 腰をあげた華夜乃は、桶を抱えて部屋を出た。
 そしてしばらくしてから、桶を鍋に持ち変えて部屋に戻った。
 ふんわりと、部屋に粥のいい香りが漂い、目を閉じていた飛神はぱっと覚醒した。
 華夜乃の言葉を待たずして身体を起こし、仏頂面ながら瞳を輝かせて配膳を待つ。
 彼の表情に口元を綻ばせた華夜乃は、彼の目の前にお盆ごと土鍋を置いた。
「どうぞ」
「……いただきます」
 律儀に食事の挨拶を口にしてから、飛神は匙片手に鍋の蓋を取り、病人とは思えぬ早さで平らげた。
 鍋の蓋を名残惜しげに戻す飛神に、華夜乃はにこやかに声をかけた。
「いかがでしたか?」
「不味くはなかった」
「……」
 飛神が素直に誉めてくれることはないようだ。
 喜ばしい感想を聞くのは諦め、華夜乃は立ち上がって飛神に一礼した。
「昨日は助けてくれて、本当にありがとうございました」
「急になんだよ」
 怪訝な顔の飛神を真っ直ぐ見つめ、華夜乃は言葉を続ける。
「ちゃんとお礼を述べていなかったので、改めて。飛神さんが来てくれなければ、私は人市で売られるところでした。救助を諦め、絶望にうちひしがれていたところに、飛神さんが来てくれたのです。この感謝と幸福は、何とも言い表せないと思います」
 あの恐怖と安心を思い出し、瞳を潤ませた華夜乃を見つめ返し、飛神は表情を柔らかくした。
「礼を言われるようなことではない。お前はこの家の住人だから、護るのは当然だ」
 飛神の父、義哉は、家にいることの少ない自分に代わって飛神が家を護るように、よく言い聞かせていたという。
「俺は父さんの言葉通りに動いたまでだ。どうしても礼を言いたければ、俺より母さんに言え。お前が拐われたことを伝えに来た半狂乱の女から、情報を引き出したのは母さんだから」
 華夜乃のことを伝えに走った女子、即ち梨理は、春日野宅を訪れたときには極度のパニック状態にあり、まともに話せる状況ではなかった。そんな彼女から、由菜は辛抱強く情報を引き出したのだ。
「あんなこと、俺にはできないだろうな。……しかし」
 ふと天井を見上げ、飛神は頭の後ろで腕を組んだ。
「人市か。規模は小さくなっているものの、撲滅には至らないと父さんが言っていたな。今の王は血眼になって撲滅を命じているらしいが」
 幸福と人権を重んじる、優しい名君……それが現国王の評判である。しかし、たとえ名君でも、昔から続いてしまっている悪習を正すのは、やはり容易ではない。
「もしかしたら、そのうち誰かが訪ねてくるかもな。お前は貴重な参考人だから」
 たしかに、華夜乃は取り締まりに使えそうな情報を持っている。
「そのときには、きちんとお役に立ちます」
 にこりと笑って言った華夜乃を、飛神はじっと見つめ、ふいっと顔を背けた。
「……華夜乃、お前はどうして俺に丁寧語を使うんだ?」
「へっ?」
 唐突な問いかけに、華夜乃は首を傾げた。
「なぜ、ですか?」
 そんなことは考えたこともなかった。最初から、無意識に言葉を丁寧にしていたのだ。
 しかし、改めて考えれば不思議である。飛神は同年で、本来なら、所謂タメ口でいい仲だ。
「そうです、よね。……それでは、これからはタメ口でいきま……いくね、飛神」
 華夜乃の嬉しそうな顔は、飛神の心を仄かに温かくした。
 彼も静かに微笑み、華夜乃と見つめあう。
 ふとして始まる雑談は、ここしばらく迎えていない、二人の日常だった。
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