華ある恋と神のみ知る意志

秋草

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飛神の憂鬱

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 夕日が山の端に沈んでいくのを眺め、飛神は小さく溜め息をついた。
 華夜乃が帰ってこない。
 そう考えたところで、はっとした。鳥が遊べと騒ぐから屋根に上っていたのに、いつの間にか彼女の帰りを待ちわびていた。その事実に動揺した自分が気に食わず、小さく舌打ちをする。
 華夜乃はただの同居人だ。家族のように守ることはあっても、それ以上に気にかけるつもりは毛頭ない。しかし、最近を振り返ってみると、彼は華夜乃とずっと一緒にいた。二階に上がろうとしても、彼女がリビングで一人寂しげに紅茶を淹れていれば付き合う。彼女が家の中にいなければ、わざわざ外に出て洗濯を手伝ってしまう。彼女がたまに夜も眠れないでいれば……。
「……って、なんでまた華夜乃のことなんか。何なんだよ、ったく。ていうか帰りが遅すぎる」
 彼の苛立ちに、彼の肩で羽根を休める鷹が呆れたような目をする。しかし、視線を正面に向けるやいなや、肩から離れて風の中を滑っていった。
 飛神が鷹の行方を追い、視線を森の切れ間に移すと、見覚えのある馬が並走しているのが見えた。その後ろにあるものを確認し、華夜乃の帰宅を確信する。漸くだ。
 屋根から軽々と地上に飛び下り、馬車が来るのを待った。すると、近づいた馬車の中から華夜乃が顔を出し、飛神に大きく手を振った。
「飛神ー!」
 頬を上気させ、満足げに笑うのを目にするだけで、飛神の胸の内は混沌としてしまう。
 楽しかったことが一目瞭然である分かりやすさを微笑ましくも思い、その反面何とも面白くない気もした。
 馬車が目の前で停まり、御者が扉を開ける。
「ただいま、飛神」
 中から満面の笑みを向ける華夜乃に手を差し伸べようとすると、華夜乃よりも先に志良斗が降りてきた。
「やあ、飛神。お出迎えかい?」
「……いえ、たまたま外にいただけです」
「そうか。さあ、お手をどうぞ、姫」
 探るような目を一瞬だけ飛神に向けた志良斗が、華夜乃に手を差し出す。そして、重ねられた手を愛しげに握った。
「ありがとうございま、わわっ」
 馴れない馬車からの降車で華夜乃の足元がふらつき、志良斗の胸に倒れ込む。志良斗は彼女を危なげ無く抱き止め、くすくすと笑った。
「まったく危なっかしいね、華夜乃は。大丈夫?」
「は、はい! すみません!」
「謝ることはないよ。……もうお別れか」
 寂しげに目を伏せた志良斗につられ、華夜乃は志良斗の胸に顔を埋めた。
「また、遊びに来てください」
「ああ、近いうちに来る」
 華夜乃を抱き締め、耳元で囁く彼の姿に、飛神の目がすがめられる。
「王子、そろそろ食事時ですので」
 いい加減華夜乃を放せ、と言外に告げれば、志良斗との間に若干の火花が散った。
「……では、また踊ろう」
「はい、志良斗殿下」
 ひどく名残惜しげに華夜乃の髪を撫で、志良斗が馬車に乗り込む。華夜乃は馬車が森に消えるまで見送った。
「……面倒な男だ」
 その呟きが彼から漏れたとは、馬車を見つめる華夜乃は知るよしもなかった。


*****


 志良斗の邸でダンスを教わってから数日経ち、華夜乃は庭でくるくると回りながら悩んでいた。
「ええと、ここで、ターンを、あっ」
 足が絡まり、無様に地面に転がる。
「うう、元々ダンスは苦手だもん……」
 中学の時に体育でやらされたダンスは、学年一の下手さだったと思う。ワルツなどならば大丈夫かと思ったが、そんな期待はするものではない。
「こんなじゃ、恥ずかしくて志良斗王子と踊れないよ……」
 両足を抱え、膝に額を乗せる。
「どうしよう……」
「諦めれば」
 突然かかった声に、華夜乃の顔が正面に向く。そこにはいつの間にか飛神がいた。仏頂面でこちらを見ている。
「い、いつからそこに立っていたの?」
「華夜乃がこけたあたりから」
「なら助けてよ!」
 見られていた恥ずかしさから睨み付けると、彼は華夜乃に歩み寄り、手を差し出した。
「舞踏会、参加したいか?」
「えっ、うん」
「それなら立て。ダンスを教えてやる」
「……」
 思いもしなかった申し出だ。思わず彼を見つめ、真意を探ってしまう。
 戸惑う華夜乃の目を、飛神は穏やかに見つめ返した。
「舞踏会に参加するなら、春日野家の連れとして恥ずかしくない程度には、上手くなってもらわないとな」
「うっ……」
 責任という重荷が課されたせいで、楽しみが三割減になってしまう。自分に会得出来るのかと不安になりながら飛神の手をとると、彼はふっと笑った。彼女を引き上げ、正面から真っ直ぐ見つめる。
「安心しろ。一ヶ月あれば充分に上手くなる」
「飛神……ありがとう」
「ま、俺が徹底的に扱いてやれば、だけど」
「ひっ」
 飛神のどことなく愉しそうな顔を見て一瞬冗談かとも思ったが、その目は冗談を言う愉しさを映したものではないと気が付いてしまった。華夜乃をいじめるのが楽しみ、という顔だ。
「……飛神って、Sっ気あったっけ?」
「ねえよ。なんでそうなる」
 華夜乃の口から思わず飛び出た言葉に、飛神は仏頂面をつくった。
「でも、今愉しそうだったよ?」
「は? 勘違いだろ」
「勘違い、じゃないかと……」
「うるさい。それ以上言うと当日置いてくぞ」
「すみませんでした」
 彼には何を言っても勝てる気がしない。
「ここじゃ難だ。森に行くぞ」
 飛神は詰まらなそうに踵を返し、深緑の森へ足を向かわせた。顔では詰まらないと言いながら、普段は休日に動きたがらない飛神が率先して練習の相手をしてくれることに、華夜乃は改めて胸を熱くした。
 飛神の半歩後ろを歩き、彼の顔を仰ぎ見る。
「飛神、ありがとう」
「さっきも聞いた」
 素っ気なくそう返した彼の横顔は、なんとなく赤く見えた。
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