記憶の先に復讐を

秋草

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第三章

貴族の週末

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 レア・ノーリス家主催の夜会、それに呼ばれるということは、この国の貴族にとって一種のステータスとなる。故に貴族達は夜会に呼ばれるためにあらゆる手を尽くし、ノーリス家とのパイプを持つ者の懐には賄賂が山となって入っていくらしい。そんな見下げた連中を相手にしなければならない苦行の日が、今年も遂にやってきてしまった。

 勲章付きの礼服に身を包み、自室の鏡の前に立つ。そもそも夜会が得意ではない分、そんな自分の姿を見ただけで気分はすこぶる悪くなった。
 着付けを終えた使用人を下がらせ、鏡の前で一人深いため息をつく。と、随分と控えめにドアがノックされ、返事を返せば申し訳なさそうに開いた。そうして姿を見せたのは俺……そしてあいつの最愛の人、ソフィアだ。
 街に出かけヤオランと出会ったその日から、彼女はこの屋敷で生活を始めた。王子に心境の変化があったのか、ソフィアは俺の元で過ごすべきだと言って大人しく彼女を返してくれたのだ。

「ソフィアか、堂々と入ってきて構わないのに……いやそれはいいとして、何かあったのか?」
「お忙しいところ申し訳ございません。その、今日の夜会は彼らの主催なのだとゲイルさんがぼやいていたので、気になってしまって」
「ゲイルが? ああ、あいつは俺以上に今年の夜会を嫌がっているからな。それにしても、主人を置いて自分だけ先に帰るとか言い出すのはどうかと思わないか?」

 あえて軽い調子で愚痴を言い肩をすくめれば、不安の色が濃かった彼女も少しだけ口角を上げてくれた。

「少し顔を出してすぐに帰ってくるよ、ゲイル共々ね。君はここでヤオランのケーキの試食でもしていてくれ」

 先日雇ったばかりのヤオランだが、雇われたからにはと大荷物で邸に現れ、街の店で取り扱っていた様々な様式の食器を持参してくれた。それを見た先住シェフ達は大興奮、ヤオランともすぐに打ち解け、彼は早くも厨房に馴染んでいるそうだ。
 そんなヤオランに夜会中のソフィアの話し相手を頼んだところ、「せっかくならば料理の試食を」と提案されたのだ。

「相当気合が入っていたからな、食べきれない量を運んでくるかも知れない」

 冗談まじりに言ってみれば、彼女は瞳を輝かせて小さく手を叩いた。

「実は先程ヤオランさんとすれ違った時に、大きなワゴンを押していたのです。あのワゴンを埋めるくらいあるかも、と考えるだけで胸が躍ります。ああ、そういえば昨日、ヤオランさんに好みのフルーツを訊かれたのでした。なんでも好きだと伝えたら困った顔をされて———」

 楽しげに語るソフィアを見ているだけで、何時間でも時間を溶かせそうだ。ああ、このまま用事のことなど忘れていたい。そうだな、いっそ病欠を装って、急な発熱で体が思うように動かないとでも……いや、下手に仮病を使うと父上に過剰に心配されて面倒だ、やめておこう。

「も、申し訳ございません、話し過ぎてしまいました」

 黙り込んでいた俺にはっとした顔になった彼女の眉尻が可愛らしく下がる。話が暇で黙り込んでいるとでも思ったのだろうか。

「ソフィア、君の話なら何時間だって聞き続けられるさ。なんならこのまま話し続けてくれても、」
「良いわけないでしょう、アドレイ様」

 不満を隠そうともしない目でいつの間にかドアの前に佇んでいた執事に、容赦なく言葉を遮られた。つくづく礼儀のなっていない奴だな。

「旦那様のご用意が間も無く整います。アドレイ様と共に向かわれるとのことですので、支度を急いでください」
「父上は後から向かわれるはずでは?」

 俺が先に到着してノーリスの次期当主同士……つまり、レア・ノーリス家とディフ・ノーリス家の跡継ぎ同士で話し、その後に両家の当主が登場して夜会が本格的に始まる…という流れが例年のものだ。その慣例を破るとは、父上は何をお考えなのか。

「旦那様も早くお戻りになりたいのでは? 旦那様にとっても、ルドル様……ラーカイズ家のご当主は親友だったはずです。そのような方を失った“原因”とは、流石の旦那様も長く同じ場にはいたくないでしょう」
「それは、そうだな」

 ジルは俺の親友だったが、ジルの父上、ルドル様は俺の父上にとっての親友だった。笑うことが滅多にない父上が、ルドル様に会う時だけはいつでも柔らかく微笑んでいたことはよく覚えている。父上曰く、「ルドルの気の抜けた雰囲気につられるだけ」だけだそうだが、聞いた時には素直でない父上らしい言い訳だと思ったものだ。

「仕方ない、父上をお待たせするわけにはいかないな。それでは行ってくる。ソフィア、夜のティータイムを楽しんで」
「はい、いってらっしゃいませ」

 美しい妖精に見送られる……ただそれだけで、この憂鬱な用事さえも少しはましなものに思えた。あとは着いてから、彼らの気まぐれに振り回されるようなこともなく、無事に乗り切ればいい。
 鏡の前に立っていた時とは打って変わり、俺は少しばかり晴れやかな気分で部屋を後にしたのだった。
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