記憶の先に復讐を

秋草

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第三章

貴族の夜会

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 俺と父上が同じ馬車から同時に現れた時、俺の到着を待ち構えていた連中は、揃いも揃って驚愕の表情を浮かべた。若造が来たらとりあえず適当に媚を売っておこう、くらいの心構えだっただろう奴らは、初っ端からの当主登場に慌てているようにも見える。
 馬車を降りてから父上と軽く言葉を交わし、揃って歩き出す。と、今まで思わぬサプライズに戸惑っていた彼らは、我に返った様子で我先にと父上に群がった。
 腹黒い笑みを浮かべて擦り寄ってくる者達を前にした父上はといえば、多くの淑女を虜にしてきた完璧な微笑で応じていて、これはもう流石としか言いようがなかった。先ほどまで馬車を呪う勢いで虚空を睨んでいた人とは思えない。
 父上が全ての腹黒を相手にしてくれているおかげで、例年は忙しい俺も手持ち無沙汰になってしまった。……まあ、そんな俺を見逃さず、声をかけてくる奴もいるわけで。

「ご機嫌よう、アドレイ。今年の礼服も素晴らしい仕立てだね」
「……ああラガルド様、ご機嫌よう。ラガルド様の礼服には及びませんが、ありがとうございます。そしてご挨拶が遅れ申し訳ございません」

 隙あらばと挨拶の機会を伺う貴族が周りに山といるようだが、彼は俺しか見えていないようにまっすぐこちらへ歩み寄ってきた。腹黒さなど微塵も感じさせない穏やかな笑み、これこそがこの男の持つ鉄壁の仮面だ。俺には悪魔が迫ってきたようにしか見えていないのだが。

「仕方ないさ、この人だかりだ。しかし……ディフ・ノーリス家のご当主もご一緒とは、粋なことをなさる。おかげで会場全体がいつも以上に賑やかだよ」
「何やら今年は気が急いてしまったようで、私と同じ馬車で行くと言って聞かなかったのです。毎年の慣習を破ってしまったこと、本家のご当主様がどう思われるかだけが気がかりなのですが、いかがでしょう」
「心配せずとも、親友に早く会えたと喜ぶだけで咎めなどしないよ。最初に話せず残念がるだろうけどもね」

 君は誰かと話したのかい?と目を細めて尋ねるラガルドから、なぜか妙な圧を感じた。これは、父上が一緒でありながら声をかけられるほどの価値が俺にあるのか、と暗に見下されているのだろうか。……いや、考えすぎだな。きっと大した意味も圧もない、俺の思い過ごしだろう。

「いいえ、父上がいて私に挨拶をしてくださる方など、あなたくらいなものです」
「そうか、それは何よりだ」

 どこか満足げに笑みを深め、ようやく俺から視線を逸らした。

「私もご当主に挨拶をしなくては。少し行ってくるよ」

 それは、中には一緒に入るからここから動くなということか。この男からは一刻も早く離れたいのだが。
 漏れそうになるため息を押し殺して周りを見渡せば、遠巻きに何人もの令嬢がこちらを見ていた。ノーリス家との縁談を狙って自分の娘を連れて来る貴族の、なんと多いことか。見え透いた下心に反吐が出る……などと顔に出すわけにもいかず、対ラガルド用に作っていた口元の弧をそのまま少しだけ深くする。ただそれだけで、彼女達が一斉に色めき立つのが見えた。これでも父上の子だ、多少は好かれる容姿であると自覚している。
 ラガルドを待った後は彼女達の相手か、と内心げんなりしながら父上の方を見やると、父上への挨拶を終えたのであろうラガルドと目があってしまった。そして貴公子の笑みを崩さず、父上に一礼してからこちらに戻ってくる彼の視線に、不気味な気配を感じた。それこそ、目が合った瞬間に背筋がひんやりとしたくらいに。

「楽しそうだね、どうかしたかい?」
「美しいご令嬢がこちらを見て笑いかけてくださいましたので、つい」
「おや、君は女性にあまり関心がないと記憶していたが」

 そんなことを揶揄うように言ってきながら、その目はさして面白くもなさそうだ。

「ご冗談を。女性の魅力については、人並みに関心はありますとも」
「これは失礼した。さあ、ここにいてばかりでは、始まるものも始まらない。お父上と共に早く中へ」

 令嬢の話は終わったとばかりに話題を変え、ラガルドは父上、そして俺を夜会のメインホールへと促した。俺達をせき立てるその間に令嬢達に一瞬だけ視線を送り、俺の時とは比べ物にならない熱視線を返されていたのだから、その身分と無類の顔の良さは伊達ではない。もっとも、ここにジルがいれば、彼女達の注目を一身に集めたのは彼だったのだろうが。

 かくしてメインホールに舞台を移し、レア・ノーリス家の当主も合流したことで、国内最大規模の夜会は開幕したのである。そしてそれは期待とは裏腹に、ひどく長い夜となったのだった。
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