記憶の先に復讐を

秋草

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第三章

貴族の攻防

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 彼女が俺の影に隠れようとした時、声の主はさも今こちらに気がついたような顔をして笑みを深めた。貴族たちを片手で散らしてバルコニーへと入ってくる。

「楽しんでいるかな、アドレイ」
「ええ、おかげさまで」
「それは何より。しかし、君が特定のご令嬢と二人きりとは珍しいな」

 意味深な流し目が彼女に向き、心なしかスッと細められる。そのような目を向けられた彼女はといえば、ゆったりと膝を折って一礼した。

「ノーリス様におかれましては本日もご機嫌麗しく、」
「堅苦しい挨拶は結構だよ、サローナ・ベレス嬢。あなたが誰かと共にいるところは久しぶりに見た。楽しめているかな?」
「この上なく。ディフ・ノーリス様にもお気遣いいただき恐縮でございます」
「ああ、そういえば先ほど二人で踊っていたね」

俺に一度視線を戻してから、ラガルドは彼女に片手を差し伸べた。踊ろうとでもいうのだろう。

「ベレス嬢、あなたのダンスは実に軽やかで美しい。ぜひ私とも一曲頼めないだろうか」

ほらな。彼女は顔にこそ出さなかったが、手を差し伸べられた瞬間に少しだけ俺に身を寄せた。家の格という絶対的な壁がある以上、彼女には断ることなどできないだろう。だがこの男を好きではなさそうな彼女に手を差し伸べず見送ることは、俺のちょっとした良心が許さなかった。

「ラガルド様、彼女は踊る前に飲んでいたワインが回ってしまっているようで、今は酔い覚ましにバルコニーへと出ていたのです。体調が戻り次第ホールへお連れしますから、それまでお待ちいただいてもよろしいですか?」
「おや、そうだったのかい。これは失礼をベレス嬢、ゆっくり休んでいてくれ」

それでは私は中に戻るよ、ともの言いたげな目で俺に告げ、ようやく彼はホールへと戻っていった。背中を見送り、見えなくなるのを認めると、二人揃ってホッとため息が漏れた。あまりの揃いっぷりに顔を合わせ、寸の間の後に両者の口元が綻ぶ。

「ノーリス様もそのように緊張なさるのですね」
「それはもう、本家と分家では格が違いますから。ベレス嬢こそ緊張されていたようで」
「当然ですわ。それこそはっきり格が違いますもの。それに、あの方は……」
「あの方は?」
「いいえ、なんでもございません」

そういえば、先ほどあいつの名を呼び捨てにしていた。相当な因縁があるのだろうか、詳しく話したくないと顔に書いてある。しかし、このまま聞かずに流してはいけない気がして、俺は思い切って踏み込んだ。

「彼に、何か思うところがあるのですね?」
「いいえ、そのようなことは」
「それはたとえば、フィリア様に関わることなのでは?」

俺の追求に彼女の肩が揺れる。フィリア様の死について彼女が何かを知っている、または察していることは明らかだ。

「どうか話していただけませんか。あなたさえよろしければ、このまま舞踏会を抜け出して私の屋敷へお越しください。そこに殿下もお呼びします。フィリア様に関わることならば、あの方は全て知らなければならない」
「ノーリス様、しかし」
「不確かでも良い、とにかくあの方は手がかりを探しておられるのです。お願いします」

彼女と向き合い、まっすぐ目を見つめる。彼女は少しの間戸惑いで目を泳がせたが、そのうち意を決して頷いてくれた。

「私が少しでもノーリス様のお役に立てるのであれば、ぜひ」
「ありがとうございます、ベレス嬢」

そうと決まればすぐにこの場を去らねば。
ベレス嬢に少しばかり体調が優れないフリをしてもらい、肩を抱いてホールに戻る。するとすぐにゲイルが寄ってきたので、先に馬車に向かうよう指示した。彼女の家の馬車は帰らせて、我が家の馬車で屋敷に向かうほうがいいだろう。そのあたりの伝達も全てゲイルに伝えると、ゲイルは察するものがあったらしく改まった顔で人混みに消えていった。と、そんな付き人と入れ替わりで次は父が現れ、やたら厳しい目を俺に向けてきた。

「アドレイ、ご令嬢を酔わせたのか」
「誤解ですよ父上。ですが、所用がありますので彼女と先に失礼します」
「屋敷に連れて行くと言うのか。お前、そこまでこの令嬢を」
「ですから誤解です。やましいことはありません……が、レア・ノーリスに邪魔をされるわけにはいかない。父上、大変申し訳ございませんが、私と彼女がこの場を抜け出すまで、レア・ノーリスの足止めをお願いします」
「なに?」
「フィリア様の件で、話を伺いたいのです」

レア・ノーリス、そしてフィリア様の名を出すと、父は普段の険しい目を一瞬だけ見開きベレス嬢を見た。少しばかり彼女を見つめ、再び俺に目を向ける。

「わかった。アドレイよ、決してベレス嬢に迷惑をかけるな。関わらせるということは、それ相応の責任も伴うのだぞ」
「はい、承知の上です」

父は俺の顔をしばしの間見つめた後、「ようやくか」と呟いて踵を返した。その先にいるのはレア・ノーリスの当主とラガルドだ。俺たちはラガルドの視界に入らぬようにホールの隅を移動し、ついにその屋敷を脱した。馬車に彼女を乗せ、先に馬車の手配をして待っていたゲイルには王子への遣いを頼んだ。

「ベレス嬢、あなたがご存知のことは、きっと下手に話せば身の危険が生じることなのでしょう。ですがご安心ください、必ず私がお守りします」

不安そうに馬車の中を見回す彼女の正面に座り、できる限り優しい声色で話しかける。そうすると少しだけ緊張を緩めて笑った。

「ありがとうございます、ノーリス様」
「ああ、そうだ。せっかくですから、どうぞ私のことは名前で呼んでください。ノーリスではなく、アドレイ、と」

ノーリス呼びではあいつと被って紛らわしい。この際だから、家の格云々は抜きにしてファーストネームで呼んで欲しいものだ。

「よろしいですね?」
「は、はい、ノーリス様のおっしゃることであれば……」
「ふ、まだ直っていませんよ。呼んでみてください」
「そんな急には」

軽い気持ちで言い出したことだが、こうも恥ずかしがられると何としても言わせたくなる。

「ほら早く」
「……あなたは意地悪な方です」
「なんとでも。名前を呼ぶだけですよ? 家の格など気にせず、友人のような気軽さで呼んでください」
「……アドレイ、様」
「……ふ」

絞り出すような声量で名前を呼ばれ、妙な達成感で笑い声が漏れてしまった。

「可愛らしい人だな、あなたは」
「え?」

思わず、何の気なしにそんな言葉も続けて漏れてしまい、言った自分も言われた彼女も目を丸くした。可愛らしい?そのようなことを言っては、まるで俺が彼女に気があるようではないか。勘違いさせてしまっては申し訳ない、どころではない。

「いや、これはなんというか、特に深い意味はないのです。失礼しました」
「いいえ、そんな。ただ、異性からは初めて言われたものですから」

俺の言い訳に苦笑を浮かべた彼女の視線が下に落ちる。きっとフィリア様のことを思い出しているのだろう。自分の安易な発言によって今は亡き人のことを思い出させてしまった上に、かける言葉が見当たらない……まずいぞ、こんな気まずいことはない。ゲイルがいたら漫談でもさせているところだ。あいつは一人で喋らせると無駄に面白い話をするんだよな。いや、そんなことは今どうでもいいだろう。
とにかく早く着いてくれ、と心の中で念じ、俺は気まずさから逃げるようにひたすら馬車の外を眺めていた。
頼む、早く着いてくれ。
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