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誓約の章
画家は誓う
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姉と共に買い物に向かった真静を見送り、ようやく自分の家に入った要真は、リビングに真静の兄を案内した。
「お邪魔します」
そう断りリビングに入った巧の顔は、家族に見せるものではない、落ち着き払った“エリート”の顔だった。
「お噂はかねがね。素晴らしいご活躍ぶりですね、暮坂颯人さん?」
「っ」
入室早々、挨拶のような自然さで発せられた言葉に、要真は一瞬心臓が止まった。
「な、なぜ、それを……」
「妹がお世話になっている方ですので、少し調べさせていただきました。まあ、妹の態度からあなたの正体は予想していましたから、楽な仕事でしたがね」
そう言って微笑む姿は、どこか底知れぬ冷たさが漂っている。はぐらかしは効かないだろう。
「……確かに、俺は暮坂颯人です。ですが、どうかこのことは、内密にお願いします」
「“顔の無い名画家”、でしょう? 存じていますとも。ご安心ください、決して口外はしませんので」
「ありがとうございます。……しかし、とても『素性を確認したかった』だけには思えません。何かご要望が?」
そうでなければ、こんな冷気は放っていないだろう。必ず目的がある筈だ。
要真が巧をまっすぐ見据えると、巧は要真を探るような目で見た。
「要望、というより、確認です。暮坂颯人さん、あなたの真静に対する好意は、ファンである真静に対してのものですか? それとも、異性としてのあの子に対して?」
「それは……」
巧に問われ、要真はふと気がついた。自分が、図星を指されたときの如く、動揺していることに。
そうなってようやく、自覚した。
「……今は、一人の女性として、見ていることが多いです」
「……そうですか」
そう呟いた彼の顔は、最早エリートのものではなく、兄のそれになっていた。ちなみに、冷たさは二割り増しだ。
「一つ言っておきますが、俺はあなたと真静の仲を認めてはいない。たとえ、画家とファン、という関係でもね。それでも、妹はあなたとの時間を、この上なく大切に思い、楽しんでいますから、二人が会うことを妨げはしません。……ですが、真静はあなたに、恋と錯覚できるほどの憧れを抱いています。故に、あなたには一つ、誓ってほしい」
「……なんでしょう」
「今後真静に特別な感情を抱くことがあっても、真静に決して、その想いは伝えないでください。今の真静は、簡単にあなたの感情に引きずられるでしょうから」
「……それは、いつまでですか?」
いずれは彼女との関係を、彼女の家族にも認めてほしい。そのためならば、どんな試練も乗り越えるつもりだ。しかし流石に、期限なしに「想いを伝えるな」などという要求に従うことはできない。
巧は要真をじっと見つめ、いや、睨みつけ、低く声を漏らした。
「あの子が成人するまで」
つまり、あと四年ほどだ。あまりに長い。長いが、従うほかないことは分かっている。
「四年耐えれば、彼女との交際を認めてくださいますか?」
「ええ、誓いましょう」
「誓えば、今の交流はすべて、柚依さん共々黙認してくださいますか?」
「度を超える付き合いでなければね」
「……わかりました。それならば俺も誓います。真静さんが成人するまでは、彼女とはあくまで、画家とファンの関係でいます」
現状維持が叶うのなら、それ以上は望むまい。
そのような気分で誓いを口にすると、巧はようやく表情を和らげた。
「ひとつだけ、言わせてください。“暮坂颯人”があなたで、本当によかった」
巧曰く、本当は意地でも真静を引き離そうとしていたらしい。しかし、今日直接要真の人となりを見られたことで、少し思いが変わったのだとか。
「もしも倉瀬さんが、俺と柚依を自宅まで誘うようなことをしなければ、今までの態度は変わらなかったかもしれませんね」
「はは。後ろめたいようなことを彼女としているわけではありませんし、後をつけられていると分かった時点でお招きするつもりでした。判断が正しかったようで何よりです」
「ああ、そうだ、それが気になっていたのですが、真静は一体何のためにここへ?」
「ただ側に、居てもらっているだけです。それだけで創作意欲が溢れてくるので」
「真静は癒しですからねえ」
始まりこそ冷たかったものの、二人は真静達が戻ってくるまで、終始穏やかな雰囲気で真静談義に花を咲かせた。
——春の訪れは、嵐と共に。
「お邪魔します」
そう断りリビングに入った巧の顔は、家族に見せるものではない、落ち着き払った“エリート”の顔だった。
「お噂はかねがね。素晴らしいご活躍ぶりですね、暮坂颯人さん?」
「っ」
入室早々、挨拶のような自然さで発せられた言葉に、要真は一瞬心臓が止まった。
「な、なぜ、それを……」
「妹がお世話になっている方ですので、少し調べさせていただきました。まあ、妹の態度からあなたの正体は予想していましたから、楽な仕事でしたがね」
そう言って微笑む姿は、どこか底知れぬ冷たさが漂っている。はぐらかしは効かないだろう。
「……確かに、俺は暮坂颯人です。ですが、どうかこのことは、内密にお願いします」
「“顔の無い名画家”、でしょう? 存じていますとも。ご安心ください、決して口外はしませんので」
「ありがとうございます。……しかし、とても『素性を確認したかった』だけには思えません。何かご要望が?」
そうでなければ、こんな冷気は放っていないだろう。必ず目的がある筈だ。
要真が巧をまっすぐ見据えると、巧は要真を探るような目で見た。
「要望、というより、確認です。暮坂颯人さん、あなたの真静に対する好意は、ファンである真静に対してのものですか? それとも、異性としてのあの子に対して?」
「それは……」
巧に問われ、要真はふと気がついた。自分が、図星を指されたときの如く、動揺していることに。
そうなってようやく、自覚した。
「……今は、一人の女性として、見ていることが多いです」
「……そうですか」
そう呟いた彼の顔は、最早エリートのものではなく、兄のそれになっていた。ちなみに、冷たさは二割り増しだ。
「一つ言っておきますが、俺はあなたと真静の仲を認めてはいない。たとえ、画家とファン、という関係でもね。それでも、妹はあなたとの時間を、この上なく大切に思い、楽しんでいますから、二人が会うことを妨げはしません。……ですが、真静はあなたに、恋と錯覚できるほどの憧れを抱いています。故に、あなたには一つ、誓ってほしい」
「……なんでしょう」
「今後真静に特別な感情を抱くことがあっても、真静に決して、その想いは伝えないでください。今の真静は、簡単にあなたの感情に引きずられるでしょうから」
「……それは、いつまでですか?」
いずれは彼女との関係を、彼女の家族にも認めてほしい。そのためならば、どんな試練も乗り越えるつもりだ。しかし流石に、期限なしに「想いを伝えるな」などという要求に従うことはできない。
巧は要真をじっと見つめ、いや、睨みつけ、低く声を漏らした。
「あの子が成人するまで」
つまり、あと四年ほどだ。あまりに長い。長いが、従うほかないことは分かっている。
「四年耐えれば、彼女との交際を認めてくださいますか?」
「ええ、誓いましょう」
「誓えば、今の交流はすべて、柚依さん共々黙認してくださいますか?」
「度を超える付き合いでなければね」
「……わかりました。それならば俺も誓います。真静さんが成人するまでは、彼女とはあくまで、画家とファンの関係でいます」
現状維持が叶うのなら、それ以上は望むまい。
そのような気分で誓いを口にすると、巧はようやく表情を和らげた。
「ひとつだけ、言わせてください。“暮坂颯人”があなたで、本当によかった」
巧曰く、本当は意地でも真静を引き離そうとしていたらしい。しかし、今日直接要真の人となりを見られたことで、少し思いが変わったのだとか。
「もしも倉瀬さんが、俺と柚依を自宅まで誘うようなことをしなければ、今までの態度は変わらなかったかもしれませんね」
「はは。後ろめたいようなことを彼女としているわけではありませんし、後をつけられていると分かった時点でお招きするつもりでした。判断が正しかったようで何よりです」
「ああ、そうだ、それが気になっていたのですが、真静は一体何のためにここへ?」
「ただ側に、居てもらっているだけです。それだけで創作意欲が溢れてくるので」
「真静は癒しですからねえ」
始まりこそ冷たかったものの、二人は真静達が戻ってくるまで、終始穏やかな雰囲気で真静談義に花を咲かせた。
——春の訪れは、嵐と共に。
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