画家と天使の溺愛生活

秋草

文字の大きさ
24 / 39
誓約の章

画家は誓う

しおりを挟む
 姉と共に買い物に向かった真静を見送り、ようやく自分の家に入った要真は、リビングに真静の兄を案内した。
「お邪魔します」
 そう断りリビングに入った巧の顔は、家族に見せるものではない、落ち着き払った“エリート”の顔だった。
「お噂はかねがね。素晴らしいご活躍ぶりですね、暮坂颯人さん?」
「っ」
 入室早々、挨拶のような自然さで発せられた言葉に、要真は一瞬心臓が止まった。
「な、なぜ、それを……」
「妹がお世話になっている方ですので、少し調べさせていただきました。まあ、妹の態度からあなたの正体は予想していましたから、楽な仕事でしたがね」
 そう言って微笑む姿は、どこか底知れぬ冷たさが漂っている。はぐらかしは効かないだろう。
「……確かに、俺は暮坂颯人です。ですが、どうかこのことは、内密にお願いします」
「“顔の無い名画家”、でしょう? 存じていますとも。ご安心ください、決して口外はしませんので」
「ありがとうございます。……しかし、とても『素性を確認したかった』だけには思えません。何かご要望が?」
 そうでなければ、こんな冷気は放っていないだろう。必ず目的がある筈だ。
 要真が巧をまっすぐ見据えると、巧は要真を探るような目で見た。
「要望、というより、確認です。暮坂颯人さん、あなたの真静に対する好意は、ファンである真静に対してのものですか? それとも、異性としてのあの子に対して?」
「それは……」
 巧に問われ、要真はふと気がついた。自分が、図星を指されたときの如く、動揺していることに。
 そうなってようやく、自覚した。
「……今は、一人の女性として、見ていることが多いです」
「……そうですか」
 そう呟いた彼の顔は、最早エリートのものではなく、兄のそれになっていた。ちなみに、冷たさは二割り増しだ。
「一つ言っておきますが、俺はあなたと真静の仲を認めてはいない。たとえ、画家とファン、という関係でもね。それでも、妹はあなたとの時間を、この上なく大切に思い、楽しんでいますから、二人が会うことを妨げはしません。……ですが、真静はあなたに、恋と錯覚できるほどの憧れを抱いています。故に、あなたには一つ、誓ってほしい」
「……なんでしょう」
「今後真静に特別な感情を抱くことがあっても、真静に決して、その想いは伝えないでください。今の真静は、簡単にあなたの感情に引きずられるでしょうから」
「……それは、いつまでですか?」
 いずれは彼女との関係を、彼女の家族にも認めてほしい。そのためならば、どんな試練も乗り越えるつもりだ。しかし流石に、期限なしに「想いを伝えるな」などという要求に従うことはできない。
 巧は要真をじっと見つめ、いや、睨みつけ、低く声を漏らした。
「あの子が成人するまで」
 つまり、あと四年ほどだ。あまりに長い。長いが、従うほかないことは分かっている。
「四年耐えれば、彼女との交際を認めてくださいますか?」
「ええ、誓いましょう」
「誓えば、今の交流はすべて、柚依さん共々黙認してくださいますか?」
「度を超える付き合いでなければね」
「……わかりました。それならば俺も誓います。真静さんが成人するまでは、彼女とはあくまで、画家とファンの関係でいます」
 現状維持が叶うのなら、それ以上は望むまい。
 そのような気分で誓いを口にすると、巧はようやく表情を和らげた。
「ひとつだけ、言わせてください。“暮坂颯人”があなたで、本当によかった」
 巧曰く、本当は意地でも真静を引き離そうとしていたらしい。しかし、今日直接要真の人となりを見られたことで、少し思いが変わったのだとか。
「もしも倉瀬さんが、俺と柚依を自宅まで誘うようなことをしなければ、今までの態度は変わらなかったかもしれませんね」
「はは。後ろめたいようなことを彼女としているわけではありませんし、後をつけられていると分かった時点でお招きするつもりでした。判断が正しかったようで何よりです」
「ああ、そうだ、それが気になっていたのですが、真静は一体何のためにここへ?」
「ただ側に、居てもらっているだけです。それだけで創作意欲が溢れてくるので」
「真静は癒しですからねえ」
 始まりこそ冷たかったものの、二人は真静達が戻ってくるまで、終始穏やかな雰囲気で真静談義に花を咲かせた。


——春の訪れは、嵐と共に。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

黒騎士団の娼婦

イシュタル
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。 異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。 頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。 煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。 誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。 「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」 ※本作はAIとの共同制作作品です。 ※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。

押しつけられた身代わり婚のはずが、最上級の溺愛生活が待っていました

cheeery
恋愛
名家・御堂家の次女・澪は、一卵性双生の双子の姉・零と常に比較され、冷遇されて育った。社交界で華やかに振る舞う姉とは対照的に、澪は人前に出されることもなく、ひっそりと生きてきた。 そんなある日、姉の零のもとに日本有数の財閥・凰条一真との縁談が舞い込む。しかし凰条一真の悪いウワサを聞きつけた零は、「ブサイクとの結婚なんて嫌」と当日に逃亡。 双子の妹、澪に縁談を押し付ける。 両親はこんな機会を逃すわけにはいかないと、顔が同じ澪に姉の代わりになるよう言って送り出す。 「はじめまして」 そうして出会った凰条一真は、冷徹で金に汚いという噂とは異なり、端正な顔立ちで品位のある落ち着いた物腰の男性だった。 なんてカッコイイ人なの……。 戸惑いながらも、澪は姉の零として振る舞うが……澪は一真を好きになってしまって──。 「澪、キミを探していたんだ」 「キミ以外はいらない」

悪役令嬢と氷の騎士兄弟

飴爽かに
恋愛
この国には国民の人気を2分する騎士兄弟がいる。 彼らはその美しい容姿から氷の騎士兄弟と呼ばれていた。 クォーツ帝国。水晶の名にちなんだ綺麗な国で織り成される物語。 悪役令嬢ココ・レイルウェイズとして転生したが美しい物語を守るために彼らと助け合って導いていく。

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」

透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。 そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。 最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。 仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕! ---

10年引きこもりの私が外に出たら、御曹司の妻になりました

専業プウタ
恋愛
25歳の桜田未来は中学生から10年以上引きこもりだったが、2人暮らしの母親の死により外に出なくてはならなくなる。城ヶ崎冬馬は女遊びの激しい大手アパレルブランドの副社長。彼をストーカーから身を張って助けた事で未来は一時的に記憶喪失に陥る。冬馬はちょっとした興味から、未来は自分の恋人だったと偽る。冬馬は未来の純粋さと直向きさに惹かれていき、嘘が明らかになる日を恐れながらも未来の為に自分を変えていく。そして、未来は恐れもなくし、愛する人の胸に飛び込み夢を叶える扉を自ら開くのだった。

兄みたいな騎士団長の愛が実は重すぎでした

鳥花風星
恋愛
代々騎士団寮の寮母を務める家に生まれたレティシアは、若くして騎士団の一つである「群青の騎士団」の寮母になり、 幼少の頃から仲の良い騎士団長のアスールは、そんなレティシアを陰からずっと見守っていた。レティシアにとってアスールは兄のような存在だが、次第に兄としてだけではない思いを持ちはじめてしまう。 アスールにとってもレティシアは妹のような存在というだけではないようで……。兄としてしか思われていないと思っているアスールはレティシアへの思いを拗らせながらどんどん膨らませていく。 すれ違う恋心、アスールとライバルの心理戦。拗らせ溺愛が激しい、じれじれだけどハッピーエンドです。 ☆他投稿サイトにも掲載しています。 ☆番外編はアスールの同僚ノアールがメインの話になっています。

処理中です...