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攻防の章
天使は怒る
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真静が要真の自宅を初めて訪れてからというもの、要真は味をしめたらしく、度々アトリエへと彼女を招いた。そうしたときの仕事の捗りようは兄も苦笑を浮かべるほどで、招けば招くほど、真静なしではいられなくなる。
とはいえ、頻繁に妹が男の家に呼ばれ、溺愛者たちが黙っているはずもないわけで。
「く、倉瀬さんのご自宅にお姉ちゃん達も来るって、本気なの?」
「当然! ガツンと一回言ってやらないと気が済まないのよ!」
「ガツンとって、手荒なことはやめてお姉ちゃん!」
「今日こそは釘刺しまくって近寄らないようにしてやるわ! あの男の家まで案内して、真静!」
「嫌よ!」
玄関先で、待ち合わせの時間を気にかけながら姉を押し留めようとする妹と、意地でも妹について行こうとする姉。姉の決意の固さに妹の目がだんだんと光沢を増してくる。
「い、嫌だって言ってるでしょう!」
折れない姉への苛立ちか、思わず声を張り上げる。と、休日の朝を布団にくるまって満喫していた兄が、家を壊す気かと思うほどの騒音とともに現れた。
「どうした真静!」
「お、お兄ちゃん」
ここで助けを求められるような兄なら良かったが、そうはいかないものだ。素直に話したところで、姉に加担されるのが関の山だろう。
「なんでもないわ。私、もう行くね」
「待ちなさい真静!」
真静は姉の制止を振り切り、慌ただしく玄関を飛び出した。
故に、彼女は気がつかなかった。真静が家を出た数分後、兄と姉が、揃って妹の追跡を始めることに。
*****
家を出てしばらく。収まりのつかない感情とともに地元の駅に着いた真静だったが、要真の姿を認めるなり、憂いは全て吹き飛んだ。
こちらに手を振る要真の元へ駆け寄り、彼の顔を見上げる。
「おはようございます」
「おはよう。なんか疲れてそうだけど、朝から何かあった?」
「えっ」
そんなに顔に出ていただろうか。
「な、何もありません。姉と少し言い合いをした程度です」
「お姉さんと? 珍しいね」
くすりと笑った彼が一度辺りを見回し、真静に目を戻す。
「とりあえず行こうか。電車で事情と経緯を聞かせて」
「その、倉瀬さんにお伝えするほどのことではないといいますか……」
「そんなこと言わずに。あとでちゃんと聞かせてね」
頼まれたが最後、話すのは必定。
あとで彼がどんな顔をするのか……真静は悪い方向に思考を向かわせながら、小さく肩を落とした。
*****
電車での移動中、もごもごと口ごもりながら朝の事の顛末を語ると、要真はけらけらと愉快そうに笑った。相変わらずの過保護だね、と呑気に言ってみせる彼を見ていると、朝の出来事が真静にも笑い話に思えてくる。
「本当に大変でした」
そう言いつつも、口角ははっきり上がっている。
「お疲れ様。俺の家でよければ、ゆっくり休んで」
「は、はい」
精神的に、休めるとは思えない。が、気分が高揚するのは明らかだ。
そんな会話を続けるうちに、二人は要真の自宅に到着していた。
扉を開け、先に通してくれた要真にお礼を言い、玄関に足を踏み入れる。
「お邪魔します」
「どうぞ」
さっさと靴を脱ぎ、端に揃えて要真の入室を待つが、彼は何を思ったのか、玄関にすら入ろうとしない。
「あの、倉瀬さん、どうかなさいましたか?」
「うーん……ごめん、先に上がっていてくれるかな。ソファーで寛ぐなりしていて」
「えっ」
要真の真意を理解しかね、真静が首を傾げる。そんな真静を束の間見つめ、要真は「すぐ戻るよ」とだけ言い残して扉を閉めた。
「く、寛ぐなんて無理……」
真静は、どうしようどうしよう、と玄関前の廊下をうろつき続け……一体何分経っただろう。
リビングへの扉を開けようか開けまいかを真剣に悩み、扉に手を伸ばしたところで、ガチャリと音が鳴った。
「あっ、おかえりなさ……」
言葉を思わず止めてしまったのは、目に入ってきたのが、信じられない人物だったからだ。
「お、お姉ちゃん、どうしてここに……」
「たまたまこちらに用があって、彼に呼び止められただけよ」
「その用ってのは、真静の追跡だけどな!」
ムスッとしたまま言い放った姉の背後からひょっこりと兄まで顔を覗かせ、要らぬ補足をした恨みからか、姉に肩を殴られた。
「いってえ! 何するんだよこの馬鹿力!」
「あんたのその口、今すぐ糊で貼り付けたい気分よ!」
「おおやってみろ!」
「もうっ、人の家でいい加減にして!」
青筋を立てる勢いで口喧嘩をしていた二人だったが、耐えかねた真静が怒声を発した瞬間、顔を青くして真静に目を向けた。
「ま、真静……?」
「ここは倉瀬さんのご自宅なのよ! それなのに、倉瀬さんを外に出したまま、そんな喧嘩をして……少しは倉瀬さんへのご迷惑を考えて!」
「……真静が怒ったあ」
妹の思わぬ雷に、年甲斐もなく、兄と姉の目に涙が浮かぶ。そして姉の方がその場で丸くなってしまった。
「真静に嫌われたら、私、生きていけない……」
声の震えぶりから察するに、本気だ。こうなっては真静も強く出られず、兄に救いを求めた。兄は良くも悪くも姉の扱い方を心得ているためだ。
兄は妹に助けを請う目を向けられ、我に返ったようだった。一瞬で涙が消えている。
「柚依、真静と一緒に買い物して来い。とりあえず、四人分の飲み物を頼む」
「お姉ちゃん、行こう?」
ね、と真静が微笑んだだけで姉は復活し、満面の笑みを浮かべた。
この笑顔に惚れてしまった男性は、一体どれくらいいるのだろう。
この疑問は、物心ついた頃から真静が抱く謎であった。
とはいえ、頻繁に妹が男の家に呼ばれ、溺愛者たちが黙っているはずもないわけで。
「く、倉瀬さんのご自宅にお姉ちゃん達も来るって、本気なの?」
「当然! ガツンと一回言ってやらないと気が済まないのよ!」
「ガツンとって、手荒なことはやめてお姉ちゃん!」
「今日こそは釘刺しまくって近寄らないようにしてやるわ! あの男の家まで案内して、真静!」
「嫌よ!」
玄関先で、待ち合わせの時間を気にかけながら姉を押し留めようとする妹と、意地でも妹について行こうとする姉。姉の決意の固さに妹の目がだんだんと光沢を増してくる。
「い、嫌だって言ってるでしょう!」
折れない姉への苛立ちか、思わず声を張り上げる。と、休日の朝を布団にくるまって満喫していた兄が、家を壊す気かと思うほどの騒音とともに現れた。
「どうした真静!」
「お、お兄ちゃん」
ここで助けを求められるような兄なら良かったが、そうはいかないものだ。素直に話したところで、姉に加担されるのが関の山だろう。
「なんでもないわ。私、もう行くね」
「待ちなさい真静!」
真静は姉の制止を振り切り、慌ただしく玄関を飛び出した。
故に、彼女は気がつかなかった。真静が家を出た数分後、兄と姉が、揃って妹の追跡を始めることに。
*****
家を出てしばらく。収まりのつかない感情とともに地元の駅に着いた真静だったが、要真の姿を認めるなり、憂いは全て吹き飛んだ。
こちらに手を振る要真の元へ駆け寄り、彼の顔を見上げる。
「おはようございます」
「おはよう。なんか疲れてそうだけど、朝から何かあった?」
「えっ」
そんなに顔に出ていただろうか。
「な、何もありません。姉と少し言い合いをした程度です」
「お姉さんと? 珍しいね」
くすりと笑った彼が一度辺りを見回し、真静に目を戻す。
「とりあえず行こうか。電車で事情と経緯を聞かせて」
「その、倉瀬さんにお伝えするほどのことではないといいますか……」
「そんなこと言わずに。あとでちゃんと聞かせてね」
頼まれたが最後、話すのは必定。
あとで彼がどんな顔をするのか……真静は悪い方向に思考を向かわせながら、小さく肩を落とした。
*****
電車での移動中、もごもごと口ごもりながら朝の事の顛末を語ると、要真はけらけらと愉快そうに笑った。相変わらずの過保護だね、と呑気に言ってみせる彼を見ていると、朝の出来事が真静にも笑い話に思えてくる。
「本当に大変でした」
そう言いつつも、口角ははっきり上がっている。
「お疲れ様。俺の家でよければ、ゆっくり休んで」
「は、はい」
精神的に、休めるとは思えない。が、気分が高揚するのは明らかだ。
そんな会話を続けるうちに、二人は要真の自宅に到着していた。
扉を開け、先に通してくれた要真にお礼を言い、玄関に足を踏み入れる。
「お邪魔します」
「どうぞ」
さっさと靴を脱ぎ、端に揃えて要真の入室を待つが、彼は何を思ったのか、玄関にすら入ろうとしない。
「あの、倉瀬さん、どうかなさいましたか?」
「うーん……ごめん、先に上がっていてくれるかな。ソファーで寛ぐなりしていて」
「えっ」
要真の真意を理解しかね、真静が首を傾げる。そんな真静を束の間見つめ、要真は「すぐ戻るよ」とだけ言い残して扉を閉めた。
「く、寛ぐなんて無理……」
真静は、どうしようどうしよう、と玄関前の廊下をうろつき続け……一体何分経っただろう。
リビングへの扉を開けようか開けまいかを真剣に悩み、扉に手を伸ばしたところで、ガチャリと音が鳴った。
「あっ、おかえりなさ……」
言葉を思わず止めてしまったのは、目に入ってきたのが、信じられない人物だったからだ。
「お、お姉ちゃん、どうしてここに……」
「たまたまこちらに用があって、彼に呼び止められただけよ」
「その用ってのは、真静の追跡だけどな!」
ムスッとしたまま言い放った姉の背後からひょっこりと兄まで顔を覗かせ、要らぬ補足をした恨みからか、姉に肩を殴られた。
「いってえ! 何するんだよこの馬鹿力!」
「あんたのその口、今すぐ糊で貼り付けたい気分よ!」
「おおやってみろ!」
「もうっ、人の家でいい加減にして!」
青筋を立てる勢いで口喧嘩をしていた二人だったが、耐えかねた真静が怒声を発した瞬間、顔を青くして真静に目を向けた。
「ま、真静……?」
「ここは倉瀬さんのご自宅なのよ! それなのに、倉瀬さんを外に出したまま、そんな喧嘩をして……少しは倉瀬さんへのご迷惑を考えて!」
「……真静が怒ったあ」
妹の思わぬ雷に、年甲斐もなく、兄と姉の目に涙が浮かぶ。そして姉の方がその場で丸くなってしまった。
「真静に嫌われたら、私、生きていけない……」
声の震えぶりから察するに、本気だ。こうなっては真静も強く出られず、兄に救いを求めた。兄は良くも悪くも姉の扱い方を心得ているためだ。
兄は妹に助けを請う目を向けられ、我に返ったようだった。一瞬で涙が消えている。
「柚依、真静と一緒に買い物して来い。とりあえず、四人分の飲み物を頼む」
「お姉ちゃん、行こう?」
ね、と真静が微笑んだだけで姉は復活し、満面の笑みを浮かべた。
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