悪い男は愛したがりで?甘すぎてクセになる

奏井れゆな

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53.独裁的求愛

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    *

「智奈」
 呼ばれると同時に躰が軽く揺さぶられる。
 ん……。
 返事にならない返事をすると、躰が仰向けられて服が剥ぎとられていく。そうされても抵抗するより、もう少し寝かせて、と智奈は無抵抗であることで訴えた。
 腿をつかんだ手に開脚させられてお尻が浮き、躰の中心に気吹いぶきがかかった刹那、花片からその突端へと生温かいものがぺろりと這った。
 あ、んっ。
 びくっとお尻が跳ねると、その機会を逃さずそこがぱくりと咥えられた。やわらかく温かく尖ったものが秘芽を剥きあげて、一気に力尽きるような快楽に見舞われる。
「は……待っ、て……っ!」
 寝起きであることも相まって智奈は舌っ足らずに発した。引き止めたところで云うことを聞く京吾ではない。そのとおり、躰の中心は濃厚なキスで責め立てられ、智奈は呆気なく降参させられた。時間が許すのなら、そこで終わりにする京吾でもない。七月初めの土曜日、曇り空とはいえ窓の外がまだ明るいなか、京吾もまた発情した欲求を満たした。
 熱く濡れた吐息が立ちのぼるなか、京吾は躰を離すことなく、智奈の躰に覆い被さった。
「京吾、汗臭い」
 そう云いつつ、智奈は京吾の首に腕を巻きつける。鼻からすーっと息を吸いこんだ。これもまたフェロモンなのか、京吾の汗臭さは、パチョリに似て甘く濃密でうっとりする。
 午前中、仕事だといって京吾は出かけていたけれど、肉体労働ではないはず。不思議に思っていると。
「帰ってきたら智奈は昼寝してるし、時間潰しにトレーニングしてた」
 と、京吾は智奈の疑問に答えを出した。
 コの字型の先の部分にトレーニングルームがあって、そこにはジム並みにマシンが揃っている。有酸素運動ではなく、躰を鍛えるほうをやっていたのだろう、肩の辺りが普段より硬く隆起していて熱がこもっている。
「お昼ごはんを食べたら眠くなったの」
「それにしては熟睡しすぎじゃないか。服を脱がせても起きもしない。おれじゃなかったらどうするんだろうな」
 智奈はこの頃、いつでもどこでも眠れる病にかかっている。やたらと眠たくなるのだ。その理由はもうわかっている。
「警備は、無人でも万全だって云ってなかった? 京吾がいなくてもこの家に出入りできる人はいるけど、コージくんとか津田さんとか、京吾の信者だから全然問題ないでしょ」
 智奈の言葉をどう受けとったのか、京吾の顔が見えないから窺い知ることはできない。ただ、京吾は智奈の耳もとで深すぎるほどの息をついた。ゆっくりと顔を上げると。
「何か云うことない?」
 その云いぶりから、“何か”をもう知っていてあえて智奈に云わせようとしている。そう感じた。何も見逃さないとばかりに京吾はじっと智奈を見下ろす。
「……その……赤ちゃん、おなかにいるみたい」
 ためらいがちに、そして思いきって打ち明けた。京吾は知っていたのではなかったのか、智奈の瞳を射止めたまま時が止まったかのようになんの反応も示さない。もしかしたら、めずらしく京吾の見当が外れてたのか、いずれにしろ、その反応は歓迎しているようには見えなくて、智奈は身のすくむ思いで言葉を探した。
「ごめ――」
 ――んなさい、と続く言葉は、京吾が再び放った深い吐息で制された。
「何を謝るんだ? 黙ってたこと?」
「……ううん……京吾は面倒がったんじゃないかって……」
 京吾は、今度は首を横に振って智奈がそれ以上口にするのを制した。
「面倒がる、だって? そんな無責任だと思ってる? おれのことを?」
 京吾は心外だと云わんばかりで――いや、それよりももっと侮辱を受けたといわんばかりに不満そうだ。
「いつもは思わない。責任ていう言葉では足りないくらい、京吾はわたしを幸せな気分にしてくれてる。でも、同棲はしても……その……」
 ずうずうしい気がして、智奈はそのさきを口にするのはためらった。
「同棲はしても、“結婚しようとは云わない”?」
 京吾は口もとに微笑を宿して智奈の言葉の後を継いだ。
 智奈はそうしてくれたことにほっとする。京吾自身がはっきり口にしてくれたことで、“結婚”はけっして禁句ではないと感じた。智奈がうなずくと京吾もうなずいて、気持ちが共有されていることを知ってさらに力づけられる。
「結婚しないのは智奈を守るためだ」
「わたしを、守る?」
 意外な言葉に智奈はびっくり眼で京吾を見つめる。
「おれが非常識なことをやってるのはわかってるだろう? おれには、全うだとは云えない悪人との付き合いもある。いざというときに、せめて紙面上の繋がりがなければ、智奈を逃げさせられる余地がある。問題は悪人だけじゃない。裏のことが表に出て社会的制裁を受けるときが来るかもしれない。そのときも、智奈が三枝智奈であるかぎり、どうにか逃がしてやれる」
 結婚は関係ないとは云いきれなかったけれど、京吾といられるなら同棲できるだけでいいと智奈は思ってきた。京吾がどんな思いでいたか、まったく考えつかなかった。
「そんなの――」
「――大したことは大ありだ。子供はもちろん認知する。子供のことは、智奈の口からいざ聞かされたら戸惑ったし、早すぎたなってちょっとした後悔はあるけどうれしい。智奈が感じているよりもずっと。紙切れはなくてもおれたちを繋いでくれるから」
「後悔って?」
「智奈を独占できなくなる」
 子供っぽい云い分に智奈は笑った。
「知ってたんだよね? いつから?」
「さっき。洗面台に検査薬があった」
 智奈は自分の注意不足に呆れ、目をくるりとまわす。うれしさと、京吾の反応を考えての不安とごっちゃになって気が散って、置きっぱなしにしていたらしい。
「しまうの、忘れてた」
「はっ。まあ、おれも鈍感だった。それ見て、そういえば生理だって云わないなと気づいた。けど、最初から子供ができるのは承知で抱いていたんだ。智奈がもしかしたらって思った時点で話してくれなかったことに傷ついてる」
「それは、さっき話した結婚のことがあったから……ちょっとためらっただけ」
 智奈からふと目を逸らすと、それから京吾は、らしくなく、うなだれた。
「結婚のことは悪いと思ってる。おれは卑怯だ。“キョウゴ”は消えて智奈から離れるのが正解だったんだ。けど、そうできなかった」
 智奈は激しく首を横に振る。
「全然悪くない。よかった!」
 智奈は叫ぶように云い、すると京吾は智奈の髪に顔を埋め、耳もとに口を寄せた。
「愛してる。危険から智奈を逃すことはあっても、おれから逃れることはできない」
 独裁的な宣告だったけれど、智奈にはプロポーズのようにも聞こえた。
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