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第3章 恋に秘された輪奈
13.
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子供たちは不思議そうにも驚いているようにも見える面持ちで、凪乃羽を見上げた。
「フィリルを知ってるの?」
サンの質問は用心深くも聞こえた。凪乃羽の答えによって何かが変わってくるのかもしれない。
「ううん。会ったことはなくて、ただ、このまえアルカナ・フィリルがいなくなったってヴァンに云ってたでしょ。だから訊いてみただけ」
夢で見たと云ってもいいのかもしれないけれど、どんな夢かと訊ねられれば答えにくい。
「フィリルの心が消えたのはずいぶんまえ。でも、躰もいつの間にかなくなってたの!」
「……躰?」
「そう。フィリルはこの森の奥に住んでいたんだ。ずっとまえに泉の底で眠りについた。ロー……」
「サン、だめだ!」
ムーンに素早くさえぎられたサンは子供らしくなく、ひどいしかめ面を見せた。それもつかの間、時間を置かずにサンはぴんと来た様子で、うっかりしただけさ、と惚けた素振りで肩をすくめた。
「うっかりじゃすまない。あの日、僕たちは皇帝に追い払われて、その結果、フィリルは空っぽになった。凪乃羽までそうするわけにはいかない」
ムーンがサンを咎めるのを聞きながら、凪乃羽は『あの日』という言葉に気を取られた。それに続く『皇帝』と『フィリル』という鍵は、あの夢を思い起こさせる。
ひょっとしたら、永遠の子供たちは、夢の場面を見ていなくても夢の続きを実際のこととして知っているのかもしれない。なぜそれを凪乃羽が夢見るのだろう。
「ねぇ、皇帝は親切でやさしかったって云ってたけど……いまはどんな人? どうして変わったの?」
厳ついイメージとやさしいという言葉が噛み合わず、凪乃羽はローエンのことを訊ねてみた。ヴァンフリーに関係してくるのだから、なおさら確かめたい。
「いまはわからない。皇帝は何も見せようとはしないから」
「皇帝は怖れているんだ。だから自分の力を見せつけようとする」
「ヴァンフリーのせいだ、皇帝が変わったのは」
三人はそれぞれに云い、最後のサンの言葉は凪乃羽を驚かせる。わずかに目を見開いて首をかしげた。
「ヴァンのせいって?」
「ヴァンフリーが生まれたから」
ムーンは凪乃羽の思考力を試しているのか、そこで言葉を切ってただ見上げてくる。
その名を呼ぶことさえ気をつけなければならない。そんなふうに、いまのローエン皇帝が横暴だというのは察している。夢のとおりであれば、ロード・タロを疎《うと》ましくも思っていた。簡単に答えを出すなら、権力に執着しているという理由が成り立つ。
「ヴァンに皇帝の座を奪われるのを怖れているということ? でも、永遠に生きられるのに世代交代をするの? それとも、ヴァンが皇帝になりたがっているということ?」
凪乃羽の質問は期待に応えられたのか、ムーンは肩をそびやかした。さきに口を開いたのはスターだ。
「皇子は皇帝になるつもりはないと思うわ」
「皇帝が勝手に怖れている。ヴァンフリーは違うから」
「違う? 何が?」
「ヴァンフリーだけなんだよ、上人と上人の間で生まれた子供は。もともと上人も、普通に下層に住む人々だったから」
「皇帝が永遠の命を奪う力が使えるとしても、皇子をそうできるかはわからないのよ、きっと」
「皇帝がそう思うようになったのは、ヴァンフリーの力を知ったからだ。ヴァンフリーは躰ごと移動できるから、ハングのように閉じこめておくことができない」
子供たちとの会話が進んでいくうちに、漠然とではあるけれど、おおよその関係が具体的に見えてきた。疑問はまだ尽きないし、会ったことのないアルカナたちのことは想像もつかないけれど。
「アルカナ・ハングはどうして閉じこめられたの?」
「皇帝を殺そうとしたから」
「え……でも、死なないんでしょう?」
「怪我はするよ。倒れて動けないうちに、ハングのように閉じこめられたら永遠に塀のなかだ」
「あんまり横暴すぎたら、アルカナ・ハングのほかにも皇帝を倒そうとする人がいそうだけど」
凪乃羽の言葉に、ムーンは異を唱えるような様で首を横に振った。
「そうして永遠の命を奪われたら意味がないよ。遠隔でも奪うことは可能なのかどうか、皇帝は明かしていないから」
「アルカナ・ハングはなぜ永遠を奪われなかったの?」
「ほかの上人への見せしめだよ。逆らったら永遠に拘束するっていう警告。ヴァンフリーには通じないけどね」
「それに、脱獄しちゃって皇帝はがっかりだろうな。凪乃羽は心配しないで。もし皇帝が現れたとしても、今度は追い払われたりしないから」
子供たちは子供に見えて、果てしない時間をすごしてきたぶんだけ子供ではない。胸を張って宣言する頼もしさに、凪乃羽は笑いを誘われる。
「わたしは永遠じゃないから奪われる心配はしなくていいし、皇帝を殺すなんてこともないし、恨まれるようなこともないから危険なことはないと思うけど」
凪乃羽が肩をすくめると、同調してくるかと思ったのに子供たちはそうはせず、凪乃羽を注意深く見つめる。
「それでも凪乃羽は気をつけるべきだ。ヴァンフリーを苦しめたくないよね?」
「苦しめる?」
「そう。永遠を知っていると、フィリルみたいにいなくなったら、どうしていいかわからなくなる」
確かに、永遠に続くものに喪失はなく、だからこそ別れを認めるのは難しいことなのかもしれない。
「わかった、気をつける」
凪乃羽の言葉に子供たちは一様にこっくりとうなずいた。
「ね、アルカヌム城はどこにあるの?」
再び、森の奥へと歩き始めると凪乃羽は訊ねてみた。
「この森を通り抜けて、ずっとさきだよ」
「見られる?」
「森を抜けるのは感心しないけど――」
「皇子に怒られるしね」
「あ、あそこ――おっきい滝のところから見るんだったらいいかもしれない。森を出る必要ないから」
どう? と子供たちは顔を見合わせると互いにうなずき合った。
「じゃあ……それ……そこに入ってるの、なんだっけ」
ムーンは凪乃羽の肩にかけたバッグを指差した。
「コーヒー豆」
「そうそれ! それを植えたら行こう」
「フィリルを知ってるの?」
サンの質問は用心深くも聞こえた。凪乃羽の答えによって何かが変わってくるのかもしれない。
「ううん。会ったことはなくて、ただ、このまえアルカナ・フィリルがいなくなったってヴァンに云ってたでしょ。だから訊いてみただけ」
夢で見たと云ってもいいのかもしれないけれど、どんな夢かと訊ねられれば答えにくい。
「フィリルの心が消えたのはずいぶんまえ。でも、躰もいつの間にかなくなってたの!」
「……躰?」
「そう。フィリルはこの森の奥に住んでいたんだ。ずっとまえに泉の底で眠りについた。ロー……」
「サン、だめだ!」
ムーンに素早くさえぎられたサンは子供らしくなく、ひどいしかめ面を見せた。それもつかの間、時間を置かずにサンはぴんと来た様子で、うっかりしただけさ、と惚けた素振りで肩をすくめた。
「うっかりじゃすまない。あの日、僕たちは皇帝に追い払われて、その結果、フィリルは空っぽになった。凪乃羽までそうするわけにはいかない」
ムーンがサンを咎めるのを聞きながら、凪乃羽は『あの日』という言葉に気を取られた。それに続く『皇帝』と『フィリル』という鍵は、あの夢を思い起こさせる。
ひょっとしたら、永遠の子供たちは、夢の場面を見ていなくても夢の続きを実際のこととして知っているのかもしれない。なぜそれを凪乃羽が夢見るのだろう。
「ねぇ、皇帝は親切でやさしかったって云ってたけど……いまはどんな人? どうして変わったの?」
厳ついイメージとやさしいという言葉が噛み合わず、凪乃羽はローエンのことを訊ねてみた。ヴァンフリーに関係してくるのだから、なおさら確かめたい。
「いまはわからない。皇帝は何も見せようとはしないから」
「皇帝は怖れているんだ。だから自分の力を見せつけようとする」
「ヴァンフリーのせいだ、皇帝が変わったのは」
三人はそれぞれに云い、最後のサンの言葉は凪乃羽を驚かせる。わずかに目を見開いて首をかしげた。
「ヴァンのせいって?」
「ヴァンフリーが生まれたから」
ムーンは凪乃羽の思考力を試しているのか、そこで言葉を切ってただ見上げてくる。
その名を呼ぶことさえ気をつけなければならない。そんなふうに、いまのローエン皇帝が横暴だというのは察している。夢のとおりであれば、ロード・タロを疎《うと》ましくも思っていた。簡単に答えを出すなら、権力に執着しているという理由が成り立つ。
「ヴァンに皇帝の座を奪われるのを怖れているということ? でも、永遠に生きられるのに世代交代をするの? それとも、ヴァンが皇帝になりたがっているということ?」
凪乃羽の質問は期待に応えられたのか、ムーンは肩をそびやかした。さきに口を開いたのはスターだ。
「皇子は皇帝になるつもりはないと思うわ」
「皇帝が勝手に怖れている。ヴァンフリーは違うから」
「違う? 何が?」
「ヴァンフリーだけなんだよ、上人と上人の間で生まれた子供は。もともと上人も、普通に下層に住む人々だったから」
「皇帝が永遠の命を奪う力が使えるとしても、皇子をそうできるかはわからないのよ、きっと」
「皇帝がそう思うようになったのは、ヴァンフリーの力を知ったからだ。ヴァンフリーは躰ごと移動できるから、ハングのように閉じこめておくことができない」
子供たちとの会話が進んでいくうちに、漠然とではあるけれど、おおよその関係が具体的に見えてきた。疑問はまだ尽きないし、会ったことのないアルカナたちのことは想像もつかないけれど。
「アルカナ・ハングはどうして閉じこめられたの?」
「皇帝を殺そうとしたから」
「え……でも、死なないんでしょう?」
「怪我はするよ。倒れて動けないうちに、ハングのように閉じこめられたら永遠に塀のなかだ」
「あんまり横暴すぎたら、アルカナ・ハングのほかにも皇帝を倒そうとする人がいそうだけど」
凪乃羽の言葉に、ムーンは異を唱えるような様で首を横に振った。
「そうして永遠の命を奪われたら意味がないよ。遠隔でも奪うことは可能なのかどうか、皇帝は明かしていないから」
「アルカナ・ハングはなぜ永遠を奪われなかったの?」
「ほかの上人への見せしめだよ。逆らったら永遠に拘束するっていう警告。ヴァンフリーには通じないけどね」
「それに、脱獄しちゃって皇帝はがっかりだろうな。凪乃羽は心配しないで。もし皇帝が現れたとしても、今度は追い払われたりしないから」
子供たちは子供に見えて、果てしない時間をすごしてきたぶんだけ子供ではない。胸を張って宣言する頼もしさに、凪乃羽は笑いを誘われる。
「わたしは永遠じゃないから奪われる心配はしなくていいし、皇帝を殺すなんてこともないし、恨まれるようなこともないから危険なことはないと思うけど」
凪乃羽が肩をすくめると、同調してくるかと思ったのに子供たちはそうはせず、凪乃羽を注意深く見つめる。
「それでも凪乃羽は気をつけるべきだ。ヴァンフリーを苦しめたくないよね?」
「苦しめる?」
「そう。永遠を知っていると、フィリルみたいにいなくなったら、どうしていいかわからなくなる」
確かに、永遠に続くものに喪失はなく、だからこそ別れを認めるのは難しいことなのかもしれない。
「わかった、気をつける」
凪乃羽の言葉に子供たちは一様にこっくりとうなずいた。
「ね、アルカヌム城はどこにあるの?」
再び、森の奥へと歩き始めると凪乃羽は訊ねてみた。
「この森を通り抜けて、ずっとさきだよ」
「見られる?」
「森を抜けるのは感心しないけど――」
「皇子に怒られるしね」
「あ、あそこ――おっきい滝のところから見るんだったらいいかもしれない。森を出る必要ないから」
どう? と子供たちは顔を見合わせると互いにうなずき合った。
「じゃあ……それ……そこに入ってるの、なんだっけ」
ムーンは凪乃羽の肩にかけたバッグを指差した。
「コーヒー豆」
「そうそれ! それを植えたら行こう」
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