皇子は愛を秘匿できない~抱き溺れる愚者~

奏井れゆな

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第4章 二十三番めの呪縛

12.

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「ああ」
 ヴァンフリーはじっと凪乃羽を見つめながら短く応じたあと、自分を見てほしいと云ったわりに自らが目を閉じた。一瞬よりも長く、けれど凪乃羽を締めだすためではなく、何かを噛みしめているような気配だ。
 言葉どおりに、そして万生であったときのように、今し方も凪乃羽が落ち着くのを待っていたのだと気づかされる。
 ヴァンフリーはゆっくりと瞼を上げた。
「不確かなことで凪乃羽を不安にさせたくない。真実を見極めるためにハングを探している」
「……アルカナ・ハングが知ってるの?」
 ハングを探しているのは単に脱獄者だからということではなかったのだ。もっとも、ヴァンフリーは自分が愚かでなければならないと云ったけれど、それはそう装っているだけだとわかっている。それ以上に無駄なことも気が向かないかぎり行動に移すことはないはずで、つまり、なんの意味もなくハングを探すことはしないだろう。
 そして、凪乃羽はそのハングと出会って、それをまだヴァンフリーに打ち明けていない。話すべきだと、決心するよりもさきにヴァンフリーが凪乃羽の問いかけに答えた。
「厳密に云えば、おそらくハングを解放したのはロード・タロで、ハングに接触すればロード・タロに行き着き、真相を聞きだせるはずだ」
「ロード・タロとアルカナ・ハングが組んでるってこと?」
「ああ。遥かずっと昔、シュプリムグッドを率いていたのはハングだった」
「え……それって……ハングが皇帝だったってことなの?」
「いや、そういう地位がなかったほどずっと昔のことだ。この国もかつては地球と同じで、いくつもの部族の集合体だった。戦いに次ぐ戦いで部族の一つ、シュプリムグッドは巨大化していった。その間、部族を統率していたのがハングで、戦いの先頭に立ち、指揮官だったのが父――いまの皇帝だ」
 上人が上人たる以前、そんなところにまでまだ考えは及ばず、凪乃羽はびっくり眼でヴァンフリーを見つめた。確かに、最初から上人として生まれたのはヴァンフリーだけだと聞いた。人から上人になった経緯は何かしら存在するに違いなく――
 上人はロード・タロの力で上人になったんですよね――と、凪乃羽は考え考えしつつ独り言のようにつぶやいた。
「アルカナ・ハングは皇帝を殺そうとしたから閉じこめられたって、永遠の子供たちが云ってました。一緒に戦ってたのに仲が悪かったの?」
「一緒に戦う間は互いに最も信頼を置く同志だっただろう。だからこそ、シュプリムグッドは部族ではなく全土を統治するまでの国になった。その過程で捕虜としてエムを捕らえた」
「エムって……ヴァンのお母さん? エム皇妃?」
 出し抜けに話が飛んだ。エムがどう関わってくるのかさっぱりわからない。
 目を丸くした凪乃羽を見てヴァンフリーはうなずき――
「そうだ。母は美しい」
 とだけ云って、促すように首を傾けた。
 凪乃羽に自力で考えろということだ。ヴァンフリーが示した手がかりはごく少ない。人が三人寄ればいい知恵も浮かぶと云うが、逆から極端に穿てば意見が合わないということだ。捕虜と権力者二人、もっと突きつめると女一人に男二人、その間で争いごとが起きるとしたら、すぐに思いつく答えは一つしかない。
「もしかして……三角関係?」
「安っぽいだろう?」
「神様はそんなものでしょ?」
「それを上人の前で云えたら凪乃羽の度胸を認めてやるが?」
 ヴァンフリーはそれまでの神妙さを抜けだしておもしろがっている。
「無理だから」
 凪乃羽は勢いよく首を横に振った。
 ヴァンフリーはくちびるを歪めたような笑みを見せ、それからうんざりした気配でため息をついた。
「ハングによれば、父が母を奪ったらしい。永遠の子供たちの言葉には語弊がある。ハングが一方的に殺そうとしたというよりも決闘だと聞いた」
「だれから?」
「ハング本人だ」
 凪乃羽の思考は目まぐるしく動く。時系列を整理しきれないまま、考えるよりは訊ねるほうが早いと判断するか否かのうちに凪乃羽は口を開いていた。
「本人て、アルカナ・ハングが囚人になるまえに聞いたの?」
「いや、子供の頃――といっても何百年とたっていたと思うが、牢獄に侵入したときにハングの云い分は聞かされた。上人は本当に死ぬことはないのか、決闘と称して試されたとも云っていたな。ハングはその傷が癒えないうちに投獄された。母を取り合っていた以上、当然ながら、おれが生まれるまえのことだ」
 永遠の子供たちはローエン皇帝のことを、過去のこととしてもやさしかったと云った。けれど、夢が本当だとして、そしてハングの云うとおりだとしたら、皇帝には自分本位の横暴さしか感じられない。
「エム皇妃も……その、無理やり……?」
「母はそもそもが捕虜だ。父であれハングであれ、意思は尊重されない。真意は無論、母にしかわからないことだ。少なくとも、おれを厭うようなことはなかったが……」
 ヴァンフリーは言葉尻をうやむやにして、大したことのないように肩をすくめた。そのしぐさがかえって気にしているように見えると思うのは勘繰りすぎだろうか。
 否、きっとヴァンフリーはいろんなことを考えているからこそ愚かなふりをしているわけで、凪乃羽のことにも絶えず気を配りながら、なお且つ、森に行ったり町におりたり、凪乃羽の希望までをも叶えている。
 ヴァンフリーこそがやさしい。
「ヴァン、わたし……アルカナ・ハングに会ったの」
 ハングは口止めはしなかったけれど、それは暗黙の了解のもと秘密にすることを凪乃羽に求めていたのか、定かでないまま打ち明けた。
 ヴァンフリーは奇怪なものに遭遇したかのように目を見開いた。
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