皇子は愛を秘匿できない~抱き溺れる愚者~

奏井れゆな

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第4章 二十三番めの呪縛

14.

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「“かもしれない”?」
 凪乃羽はあえて曖昧な言葉を切りとって訊ねてみた。けれど、想像していたような困惑や狼狽ろうばいがヴァンフリーの顔に表れることはない。反対に、疾しさはないといわんばかりの、真っ向から臨むような眼差しは少しもぶれなかった。
「確信はしていても、確証はない」
「……確証できるのは……やっぱりロード・タロだけ?」
「そのとおりだ。ハングと一緒にいる可能性がある。もしくはハングが居場所を知っているか。ロード・タロは方を付けるだろう」
 だが……、とヴァンフリーは云いかけてやめ、つと視線だけ横に逸らすと独り思考を馳せた。その面持ちが不服そうに変化していくだけで、続きを語ることはない。
 ロード・タロの方を付ける相手がローエンであることは明確だ。ヴァンフリーはどんな感情を抱くのだろう。そう危惧した直後には、凪乃羽は自分が傍観者ではいられない――それ以上に、二十三番めというけっして関わりを絶てない立場にいることに考えが及ぶ。すると、肝心なことを思い知り――
「ヴァン」
 凪乃羽は無意識に呼んでいた。
 ヴァンフリーがおもむろに凪乃羽に目を戻す。
「ああ。ハングとハーミットはほかに……」
「ヴァン、わたしは皇帝にとって敵になるんでしょ? それならヴァンにとってもわたしは……」
「違う」
 ヴァンフリーをさえぎった凪乃羽を――問いかけは出し抜けにもかかわらず最後まで云わないうちに理解して――ヴァンフリーもまた鋭くさえぎった。
「親子っていう感覚が希薄だってことは聞きました。でも、親子にはかわりない。もしわたしの力が皇帝を倒すことになったら……」
 ヴァンフリーは首を横に振って凪乃羽の言葉をさえぎった。そうして何か云ってくれるのかと待てば、じっと凪乃羽を見たまま微動だにしない。いや、凪乃羽を見ていながら、その実、目を向けているのはきっと自分の思考の中だ。
「そうすることをおまえが拒むのなら、それがロード・タロの意向であろうと、おれも拒む」
 ヴァンフリーはやがて一言一句、噛みしめるような様で云った。
 逆から云えば、その役目を凪乃羽が果たすのなら、それを認めるということだろうか。
「……ロード・タロに逆らえるの?」
「ロード・タロは万物の創造主だ。使命であったり異能であったり、皇帝が独断で定めた上人にそれぞれの能力を分け与えた。つまり、それ以前のロード・タロは絶対の存在だったが、上人にそれらの力を分散した以上、もう絶対ではなくなっている。敬う心があるかないか、いまやそれ一つでロード・タロの存在は揺らいでしまうほど、上人の間では儚い。逆らうことは、心情的にも容易ではないが、不可能ではないということだ」
「だから……不可能ではないってことは難しいってことでしょ?」
 凪乃羽が食い下がると、ヴァンフリーはなだめるような微笑を浮かべた。
「非道だと承知していても、皇帝の行く末に関わりたくない、か」
 ヴァンフリーはつぶやき、それは独り言のようだ。
 行く末が抹殺となるならなおさらのこと、あの夢があったことだとしても、凪乃羽には自分がそのかなめとなるほどの理由が見いだせない。
 笑い事ではないのに、ヴァンフリーはふっと笑みを漏らした。
「ロードの誤算は、凪乃羽を地球に置いたことだな」
 その言葉を聞けば、今し方の笑みはおもしろがったものではなく、皮肉のようにも受けとれる。
「……どういうこと?」
「目の届かないところで凪乃羽は人間くさく育った。命に重きを置き、他を殺めることに最大限の咎を覚えて逃れられない」
「シュプリムグッドはそうじゃないの?」
「もちろん下界では、他者の命を左右することと罰は切っても切れない。ただ、上人という存在と永遠の命があることを知らないまま育った意識は、心底からそれを信じられないだろう。呪縛がどんな力か、皇帝に及ぶ力だということを除いて詳しくはだれも知らない。いずれにしろ、皇帝をなんらかの形で傷つける。凪乃羽はそれを行使することにためらうはずだ」
 だが、とヴァンフリーはまたもや云いかけて言葉を切った。そして、ひと息ついてから続けた。
「地球からあらゆる生命体を奪い去った皇帝に同情の余地はあるのか? もしも無理やりにおまえの力を行使されるようだったら、そう考えればいい」
 ヴァンフリーは、ロード・タロにもローエンにも反感を抱いているかのように云う。
 そして、いまヴァンフリーが云った言葉に、認めたくない現実が再び突きつけられた。
「ヴァン、皇帝の思惑がなんだったのか、ちゃんと教えて」
「凪乃羽のせいじゃない」
 凪乃羽の顔が曇り、その心情を察してヴァンフリーはすかさずなだめる。
「だから、そうじゃないっていう話をしてって云ってるの」
 話すと判断するまでに少しの時間を要し、凪乃羽の縋るような眼差しを受けとめながら、やがてヴァンフリーは観念したかのように吐息を漏らした。
「ロード・タロは“二十三番め呪縛”を地球で誕生させた。皇帝にもだれにも、じかに手を出させないためだ」
「でもヴァンは……」
「そうだ、おれは地球に行き来ができる。皇帝は、二十三番めを探すよう、おれに命じた」
「それがわたしって、ヴァンはなぜわかったの?」
「安っぽく云えば直感だ。近くにいれば自ずと見いだせる。そう思っていたが、そのとおりだった。地球のあちこちを渡り歩いて東京に手繰り寄せられた。夢の話と、おまえの躰の反応を見て確信した」
「躰の反応って……」
「熱いと云っていただろう」
 凪乃羽の困惑を察しつつ、からかった声音で云われたことは淫らな反応のことではなく、もっともな現象のことだった。きまりが悪く、凪乃羽は目を伏せた。
「わたしは……上人と同じなの?」
「二十三番めというくらいだからな。上人であるということはどういうことか。死がないということだ」
 ヴァンフリーからからかった気配が消えて、凪乃羽にそのさきの答えをゆだねるようにその首がかしいだ。
 凪乃羽はヴァンフリーとラヴィの会話を思いだす。
 なんのためにあらゆる生命は奪われ、地球は滅びたのか。『独り生き残った』とラヴィの言葉を思い返して、いまの『死がない』というヴァンフリーの言葉に重ね、示されるのは――
「わたしを……上人だったら死なないから……選別するために地球は滅ぼされたの?」
「正確に云えば、地球は滅びていない。表面の生命が一掃されただけだ。いま生まれ変わっている」
「一掃されただけって……人の命を奪ったのに……地球は生まれ変わっても同じようには還らないんでしょ? お母さんも……!」
 凪乃羽、とヴァンフリーは云い聞かせるように呼んでさえぎった。
「おまえの云うとおり、同じようには還らない。だが、それらはおまえのせいではない。よく考えろ。おれは凪乃羽を探し当てていた。それを皇帝には報告しなかった。痺れを切らした皇帝が、ジャッジに滅びを命じた。地球の生命体が消されたのは、おれがおまえをかくまった結果だ」
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