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第1章 でも、好きかもしれない
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はじめてまともに見た安西は、カメラマンというよりも自分が被写体になってもいいんじゃないかと思うほど端整な顔立ちだった。
それに……なんだろう。
何かが気にかかったが、思考力を働かそうとしてもことごとく雑念が邪魔をして、そこにたどり着けない。その雑念が苛立ちとか怒りだと自覚していても、環和は抑制できなかった。
「二十歳そこそこじゃなくて二十三歳です。わたしも四十代のおばさんになればわかるかもしれませんけど」
目の前にした安西は多く見積もっても三十代後半という感じだが、環和はわざと見た目よりも多く云ってみた。
安西は目を細めた。おじさんだとほのめかされて気に喰わないのかと思いきや、一瞬後、鼻先で笑った。
「残念だったな、おれは三十八だ。人を見る目もなさそうだ。京香さんはきみと二つしか違わないけど、ちゃんとした大人だよ。怒ることもなく、きみの発言で神経質になったスタッフを和ませようとして、おれの話に乗ったんだからな」
そんなふうに受けとってもらえるのだったら京香も本望だろう。環和からはまったくそうは見えない。いい子ぶって演じているだけだ。両親の話が出たり、初対面の男に散々ばかにされたり、今日はついてない。
「きれいだとかセクシーだとか、そういう人って自信満々でお得な人生ですね」
自分でも子供っぽいとわかっていながら、環和は止められなかった。
「きみの云うことはジェラシーにしか聞こえないな」
「芸能界と繋がりのあるカメラマンだからって、上から目線ですか。あの女記者もそうだけど。きれいに撮れたってあたりまえですよ。きれいな人を撮ってるんだから」
環和が云い放ったとたん、空気がぴりっと張りつめたのは気のせいか。安西の眼差しが、鋭く射貫くように環和を見つめる。
云いすぎたのは、云ってしまってから気づいた。環和だって、ファッションが好きでアパレルメーカーへの就職に至ったけれど、そのぶんプライドはある。いまの発言は、カメラの技術など大したことないと、安西のプライドをまったく虚仮にしたのだ。
「すみ――」
――ません、と云おうとした言葉は最後まで発することはできなかった。
「ひねくれてるな」
ああ云えばこう云うし、頭は悪そうじゃないけど――と安西は続けながら、限界じゃないかと思うところまで口を歪めた。
「自分がよほど嫌いらしい。おれに撮られてみる? その気になったらスタジオ・ラハザで検索してみたらいい」
気に障ったことは確かだったのに、からかうような安西の云い方は完全に感情を抑制した証拠だ。安西は大人ぶっている。そんなふうに思うのは環和がひねくれている証拠で、人から云われなくてもわかっている。
それに、撮られてみる? などという云い方は誘惑じみていて、まず環和の同級生はそんな云い方はできない。冗談なのか本気なのか。いや、本気だったら名刺を渡せばすむ。ということは、声音と同様、環和はからかわれたのだ。
「安西さん、ちょっといいですか」
会話の合間を狙ったように、スタッフが安西を呼んだ。
環和はいまさらで、周りがもちろんふたりの会話を聞いていたのだと思い至る。恥ずかしさなどない。子供を扱うようにあしらわれたことに腹が立つ。
環和は密かに『スタジオ・ラハザ』と内心で唱えて脳裡に刻みこんだ。
そうしている間に京香が戻ってきた。
付き添う青田はまだ不機嫌そうだが、京香はイメージを壊したくないのか、にこにこして環和のほうにやってくる。
ハイライズでロング丈という広がらないスカートにライダースジャケットで引き締め、インのブラウスは、襟もとと袖口にたっぷりのフリルが使われてジャケットから覗く。見立ては間違っていないはず。少なくとも環和からは似合って見えた。
「これ、ほんと素敵」
「そう云っていただけるとうれしいです。京香さんらしい可愛さがあると思います」
環和はどうにか営業トークをこなした。
京香は、百五十五センチの環和より十センチほど背が高い。顔もスタイルもいいと思っていたけれど、実際に傍で見ると華があるというのはこういうことだと思う。母だからなのか、美帆子をそんなふうに感じたことはなかった。
京香は目を大きくして、そうなの! と、環和の言葉に自画自賛のとも云える賛同をしながら感激を表す。
「なんていうの、わたしが選んでたみたいに可愛いのばかりだったら可愛さがかすんじゃうのね。シックななかに一つ加えるだけでいいってことでしょ。鏡を見たらしっくりきたの。ねぇ安西さん、どう思う?」
首を傾けた京香はやっぱり女優だと思う。完璧なしぐさだ。
「ああ。見る目はさすがらしいな」
どういう意味だろう。安西はさっきとは真逆のことを云う。またからかっているのか。ちらりと安西が環和を見やる。そうして、かすかにくちびるに弧を描いて首をひねった。どういう意味だろう。また同じ疑問を内心でつぶやいた。
環和と安西のアイコンタクトに気づかない京香は、再び環和に向き直った。
「あなたの名前、教えてくれる?」
「水谷です」
「これからよろしくね。今度からアドバイス頼みたいって思ってるから」
断るとは思ってもいない云い方で、環和が返事をする間もなく、青田が撮影の続行を告げた。
それに……なんだろう。
何かが気にかかったが、思考力を働かそうとしてもことごとく雑念が邪魔をして、そこにたどり着けない。その雑念が苛立ちとか怒りだと自覚していても、環和は抑制できなかった。
「二十歳そこそこじゃなくて二十三歳です。わたしも四十代のおばさんになればわかるかもしれませんけど」
目の前にした安西は多く見積もっても三十代後半という感じだが、環和はわざと見た目よりも多く云ってみた。
安西は目を細めた。おじさんだとほのめかされて気に喰わないのかと思いきや、一瞬後、鼻先で笑った。
「残念だったな、おれは三十八だ。人を見る目もなさそうだ。京香さんはきみと二つしか違わないけど、ちゃんとした大人だよ。怒ることもなく、きみの発言で神経質になったスタッフを和ませようとして、おれの話に乗ったんだからな」
そんなふうに受けとってもらえるのだったら京香も本望だろう。環和からはまったくそうは見えない。いい子ぶって演じているだけだ。両親の話が出たり、初対面の男に散々ばかにされたり、今日はついてない。
「きれいだとかセクシーだとか、そういう人って自信満々でお得な人生ですね」
自分でも子供っぽいとわかっていながら、環和は止められなかった。
「きみの云うことはジェラシーにしか聞こえないな」
「芸能界と繋がりのあるカメラマンだからって、上から目線ですか。あの女記者もそうだけど。きれいに撮れたってあたりまえですよ。きれいな人を撮ってるんだから」
環和が云い放ったとたん、空気がぴりっと張りつめたのは気のせいか。安西の眼差しが、鋭く射貫くように環和を見つめる。
云いすぎたのは、云ってしまってから気づいた。環和だって、ファッションが好きでアパレルメーカーへの就職に至ったけれど、そのぶんプライドはある。いまの発言は、カメラの技術など大したことないと、安西のプライドをまったく虚仮にしたのだ。
「すみ――」
――ません、と云おうとした言葉は最後まで発することはできなかった。
「ひねくれてるな」
ああ云えばこう云うし、頭は悪そうじゃないけど――と安西は続けながら、限界じゃないかと思うところまで口を歪めた。
「自分がよほど嫌いらしい。おれに撮られてみる? その気になったらスタジオ・ラハザで検索してみたらいい」
気に障ったことは確かだったのに、からかうような安西の云い方は完全に感情を抑制した証拠だ。安西は大人ぶっている。そんなふうに思うのは環和がひねくれている証拠で、人から云われなくてもわかっている。
それに、撮られてみる? などという云い方は誘惑じみていて、まず環和の同級生はそんな云い方はできない。冗談なのか本気なのか。いや、本気だったら名刺を渡せばすむ。ということは、声音と同様、環和はからかわれたのだ。
「安西さん、ちょっといいですか」
会話の合間を狙ったように、スタッフが安西を呼んだ。
環和はいまさらで、周りがもちろんふたりの会話を聞いていたのだと思い至る。恥ずかしさなどない。子供を扱うようにあしらわれたことに腹が立つ。
環和は密かに『スタジオ・ラハザ』と内心で唱えて脳裡に刻みこんだ。
そうしている間に京香が戻ってきた。
付き添う青田はまだ不機嫌そうだが、京香はイメージを壊したくないのか、にこにこして環和のほうにやってくる。
ハイライズでロング丈という広がらないスカートにライダースジャケットで引き締め、インのブラウスは、襟もとと袖口にたっぷりのフリルが使われてジャケットから覗く。見立ては間違っていないはず。少なくとも環和からは似合って見えた。
「これ、ほんと素敵」
「そう云っていただけるとうれしいです。京香さんらしい可愛さがあると思います」
環和はどうにか営業トークをこなした。
京香は、百五十五センチの環和より十センチほど背が高い。顔もスタイルもいいと思っていたけれど、実際に傍で見ると華があるというのはこういうことだと思う。母だからなのか、美帆子をそんなふうに感じたことはなかった。
京香は目を大きくして、そうなの! と、環和の言葉に自画自賛のとも云える賛同をしながら感激を表す。
「なんていうの、わたしが選んでたみたいに可愛いのばかりだったら可愛さがかすんじゃうのね。シックななかに一つ加えるだけでいいってことでしょ。鏡を見たらしっくりきたの。ねぇ安西さん、どう思う?」
首を傾けた京香はやっぱり女優だと思う。完璧なしぐさだ。
「ああ。見る目はさすがらしいな」
どういう意味だろう。安西はさっきとは真逆のことを云う。またからかっているのか。ちらりと安西が環和を見やる。そうして、かすかにくちびるに弧を描いて首をひねった。どういう意味だろう。また同じ疑問を内心でつぶやいた。
環和と安西のアイコンタクトに気づかない京香は、再び環和に向き直った。
「あなたの名前、教えてくれる?」
「水谷です」
「これからよろしくね。今度からアドバイス頼みたいって思ってるから」
断るとは思ってもいない云い方で、環和が返事をする間もなく、青田が撮影の続行を告げた。
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