タブーの螺旋~Dirty love~

奏井れゆな

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第1章 でも、好きかもしれない

7.

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 安西は近づいてきたかと思うと、環和の前を通りすぎる。家に向かう安西の背中を追い、立ち尽くして見つめたのはつかの間、環和は小走りですぐ後ろに追いついた。
 もし環和が殺人者だとして背後から襲われたらどうするんだろう。そんなことを考えてしまうくらい、安西は環和を振り向きもせずにさっさと歩いていく。
 スタジオ兼用で来客も多いのか、門扉と建物の間はずいぶんとスペースがある。エントランスまでのアプローチに添っていき、階段を五段のぼったところで環和は立ち止まった。

 ちょっとさきで、安西が玄関の鍵を開けている。
 そうしてはじめて環和はちょっとした不安を覚えた。安西が云ったように、似ている云々は関係なくて、知っているのは名前と職業と年齢と住まいだけだ。たぶん独り身だということも知っている。
 ただ、危険な人物か否か、それはわからない。
 ためらっているうちに、安西は手で押しやるようにエントランスのドアを開け、そのままゆっくりと環和のほうを見やった。何を云うわけでもなく環和を見すえ、それは挑発にしか感じない。
 帰りたくなっただろう。咥えた煙草を指で摘まんで紫煙を吐いたあとには、そんな冷笑が浮かんだ。
 なぜその挑発に乗りたがるのか、自分でもわからない。
 知っていることは少なくても、身分も住み処もわかっているのだから、何も怖がることはないのだ。
 環和はつんと顎を上げると、すたすたと歩み寄った。環和を見つめる眼差しはやはり試すようで、傍に立ち止まっても安西はドアを支えたまま身動きをしない。
「お邪魔します」
 環和の背は安西の肩くらいまでしかなく、ほんの少し頭を下げて腕の下を潜り抜けた。なかに入ったとたん、照明が自動でつく。

 モノトーンの外観は、ライトアップで把握できたかぎりでは安西のようにモダンでクールだった。家のなかも同様のようだ。エントランスはベージュとグレーが基調になっていて、左側にシューズボックスや収納棚、そして正面は廊下だ。視界はすっきりしすぎている。スタジオ兼用だからだろう、出しっぱなしにした靴もない。
「そっちだ」
 安西は鍵を閉めながら、右側にある螺旋の階段を指差した。

 環和はローヒールのパンプスを脱ぐと、安西を待たずに階段に向かった。緩やかな螺旋で、家具を二階に運ぶとしても問題ない程度の幅の広さがある。
 上がってみると、そこは階段を仕切る扉もなく、いきなりリビングが広がった。無駄すぎるほど広くて、殺風景だというのがざっと見た第一印象だ。
 奥一面は窓なのだろう、くすんだ小豆色のカーテンが引かれている。右側にはカウンターキッチンがあって、全体の真ん中あたりにローソファーとそれに合わせたテーブル、そしてキッチンの反対側にぽつんとデスクがある。デスクの後ろは出窓になり、その両脇には書棚が埋めこまれていた。

 なかのほうに入ってみると、窓の反対側の壁は二つの隣り合ったドアを除いて収納スペースになっていた。テレビはそこにおさまっている。
 私物はそこそこあるけれど、モデルハウスのように生活感がない。女らしさも子供っぽさもなく、ということは安西は独り暮らしなのだと環和は結論づけた。唯一、ローテーブルに置きっぱなしの灰皿と煙草の吸い殻が住人の存在を主張している。

「左側のドアだ」
 環和がローソファの横にバッグを置くと、見計らったように安西が声をかけた。
 振り向いたのと入れ替わりで安西が横を通り抜け、躰をかがめて煙草を灰皿に押しつけた。耳をすませばかすかに低周波音が聞きとれ、空調が利いているのだろう、あまり煙草の臭いがしないことに気づいた。
「左側のドアって?」
「その気、なんだろう。おれが欲しいのは休息だ。つまり、ウィンウィンでお互いにマッチする」
 休息が欲しいのに環和を被写体にするというのは矛盾している。それとも仕事ではなくて好きに撮れるから休息になるのか。

「名前は?」
 おかしなことになった。名も知らない人間を簡単に家に招き入れるなんて滑稽であり、不安と紙一重で奇妙だ。無謀なのは環和だけではなく、安西も同等だ。
「水谷環和」
「独立してる? 親と一緒? 仕事は?」
 矢継ぎ早に質問がなされた。
「独り暮らし。仕事って、今日、店に来た……」
「そういう意味じゃない。ミニョンの店員ていうことくらいわかってる。明日は仕事かって訊いた。早起きして送っていく気はないからな」
「仕事はあるけど、遅番だから」
 早起きじゃなければ送る気になるのか。紳士的なのかそうじゃないのか、よくわからない。
「なら、とことん付き合えるな」
 安西はくちびるをこれまでになく歪める。
「……とことん、て?」
 環和が首をかしげたとたん、安西の顔が近づいてきたかと思うと反対に傾いた。
「子供じゃないならわかるだろう」
 直後、くちびるに呼吸が触れたかと思うと、戸惑うくらいのやわらかさに触れた。
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