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第2章 不可視の類似

12.

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 響生は淡々としている。裏を返せば、そうするほうがらくなほど何かを抱えているとも受けとれる。
「事故って一緒に?」
「ああ」
「響生は? ……事故のとき一緒だった?」
「一緒だった。いま、おれには身内と呼べるような人はいない。天涯孤独ってやつ」
 響生は興じているように片方の口角を上げ、軽口を叩いた。
 それは強がりでもなんでもなく、大人になるにつれて培ってきた強さなのだろう。
 環和は両親が離婚という目に遭ったけれど、醜いあひるの子のままでも完全に見放されたわけではない。美帆子の存在がうれしいかといえば微妙だけれど、いなくなって孤独になることを考えると不安を覚える。それは子供の親に対する甘えであり、結局、環和はわがままの許される居場所を美帆子に依存している。

「……こういうとき……なんて云うべき?」
 予想外の言葉だったのか、隙をつかれたような様で環和を見、そして響生は煙混じりで短く笑った。
「おれに訊くか?」
「じゃあ……わたしが身内になってあげる。一緒に住んでみるってよくない?」
 環和が考え考えしつつ目を見開いたかと思うと、響生は笑いだした。
「プロポーズされたのははじめてだな」
 プロポーズとまでは意識していなくても、環和はかなり真剣に云ったつもりだ。それなのに、響生の口振りからしてまったく真剣に受けとられていない。

「ちゃかすなんてひどい。通うの面倒だし、独り暮らし同士なら一緒に暮らすのも簡単だと思っただけ」
「はっ。おれは二十年、ずっと独り暮らしでやってきたんだ。家の中に終始だれかがいるとなれば落ち着かなくなるのはわかってる。ひと晩ならいい。ふた晩になるとうんざりする」
「恵さんもそう?」
 響生は肩をすくめるだけで返事は省略した。たぶん肯定したのだろうが、環和はまた疑問が浮かんだ。
「響生、わたしと並行して付き合ってる人いないよね?」
「そこまで面倒なことをする気はない。セックスの相手は一人いれば充分だ」

 つまり、セックスするために環和と付き合っていると云いきったのだ。天涯孤独が慣れた以上に心地よすぎて、深入りしないように釘を刺したつもりか。
「もしかして、わたしのこと、いままでの人と同じように後腐れなく追い払えるって思ってる?」
「期待させるようなことをおれがしたか?」
 やはり、ふたりは一ミリだって近づいていない。ただ、近づいたからといってその距離をどうしたいのか、環和は自分でもよくわかっていない。
「受け身なんて卑怯」
「卑怯で何が悪い。おれは正義の味方には向いてない。無一文から独りでここまで来たんだ。自称カメラマンならごまんといる。才能だけで成功するなんていうきれい事でこんな地位が築けると思ってるんなら、いまどきよほどの深窓の令嬢だ」

 響生と知り合ってから環和は仕事の経歴を調べてみた。名刺にフォトグラファーと明記されているだけあって写真を撮ることにとどまらず、広告デザイナーのような加工の仕事も多くあった。そのなかには、化粧品メーカーや今日の仕事みたいなアパレルメーカーのポスターなど、環和が知っているものも多くあった。風景をおさめた――特に川や滝、そして海とか、環和の嫌いな水に関する風景を集めた写真集も出ている。
 響生の云うとおり、独りでここまで昇りつめるために必要だったのは、才能よりも並大抵ではない努力だったかもしれない。気になるのは、きれい事ではない努力だ。

「……何をしたの」
「別れたくなったら話してやる」
 裏返せば、うんざりするような汚いことと云っているようなものだ。けれど――
「いまでも変わらない気がするけど」
 なんの根拠もなく、環和は『気がする』と云いながらも内心では確信していた。
 響生は環和の言葉に反応せず、むしろ、無視して煙草を灰皿に押しつけた。
 缶ビールに手が伸びている間に、環和は椅子からおりた。響生を目の前にしてTシャツの裾をつかんでおもむろに脱いでいく。手首を交差させて、裾から引きあげていき、胸を強調するようにわざと突きだしながら頭から取り去った。
 狙いどおりに胸もとに惹きつけられていた響生の目線が上向いて環和を捉える。

「疲れてるとセックスしたくなるんでしょ? わたしは疲れてなくてもセックスしたいんだけど」
 環和は無理やり響生の腿の上にのり、Tシャツをたくし上げてジョガーパンツの中に手を入れた。
「何をやるつもりだ」
「悩殺してる」
 なぜか気に喰わなそうにしている響生に答えるなり、ボクサーパンツの中に手を忍ばせてオスに触れた。とたんに、手のひらにぴくりとした反応が伝わってきた。
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