8 / 47
第2話 ふぃーる
2.
しおりを挟む
廊下に出ると、はい、と祐真が実那都の鞄を差しだした。
「ありがとう」
帰る準備をすませてから真弓のところにやってきたものの、航とかわらず祐真も強引だ。とりあえず礼を云いながら手を出すと、実那都が受けとるよりもさきに航が奪うように取りあげて自分の肩にかけた。
航がドラムを緩急自在に操るのを知っていれば、パワフルなことは自ずとわかる。けれど、それとこれとは別だ。
「自分で持てるよ、だい……」
大丈夫と云いかけていると、じろりとした目が実那都を射て口を噤んだ。
「保険だ」
「保険て何?」
きょとんとして航に訊ねると、良哉がぷっと吹きだした。
「実那都が逃げださないように、じゃないのか」
良哉の揶揄した答えに実那都は目を丸くする。
「べつに逃げるつもりなんてない……」
「くだらねぇこと云ってないで行くぞ。六時までしか使えねぇんだからな」
「はいはい」
返事が二つだといいかげんに聞こえるという、典型的な云い方で祐真が返事をした。
航は無視して歩きだす。手を取られている以上、必然的に実那都もついていく。
航は背が高くて、運動部でもないのに躰はがっしりとして見える。自分のぶんと合わせて二つ鞄を持っても、実那都だったら間違いなく鞄が歩いているように映るだろうが、航は軽々として重たさを感じさせない。
「何笑ってんだよ」
ふいに実那都を見下ろしたかと思うと航が咎めた。
笑っている自覚がなく、実那都は云われて気づいたくらいだ。
「よくわかんないけど」
と答えているさなかに航の眼差しに脅しが込められる。
「あ、でも、笑ってるってことは楽しいんだよ。たぶん」
「たぶん、はよけいだ」
「うん」
素直にうなずくと、航は拍子抜けしたような呆れたような、そんな表情を浮かべた。
「何?」
「なんか……。……やっぱ、なんでもねぇ」
航は云いかけてやめた。
すると、背後で吐息が漏れるような音が聞こえた。笑っているのだろうか、とそう思ったとおり。
「なんかおまえらママゴトみたいなカップルだな。航、もっとぐいぐい行かねぇのかよ。まるでチェリーボーイだ」
祐真が背後から揶揄する。
航はぱっと後ろを振り向いた。
「すぎたことをネチネチほのめかすんじゃねぇ。実那都はおれらがやってた遊びをとっくに知ってる。けど、つつきまわしておれたちの邪魔しようって気なら、即、おまえとは絶交だ」
立ち止まって見つめ合う――それよりは睨み合うといった雰囲気で、航と祐真は対峙する。
この一カ月半、四人でいることが多いなか、三人の関係がざっくばらんで容赦ないことはわかっている。それでも実那都からすると冗談には見えなくて、俄に焦った。
「ダチより女を取る気か?」
「祐真、てめぇが……」
「待って。祐真くん、もしわたしが気に障るなら……」
慌てて口を挟むと――
「そこまででいいだろ」
と、良哉がさらに口を挟んだ。そして、実那都に目を向けた。
「祐真は退屈してるんだ。遊びやめたし、何か見つかるまでこの調子だろうけど、実那都のことが気に障ってるわけじゃない」
良哉の言葉をもっと簡単に云えば、航と実那都は祐真にとって恰好の玩具になっているということだ。
航は、ったりめぇだ、とつぶやくように吐き捨てると。
「祐真、おまえがおれの意思を無視してけしかけたんだからな。ったく、怒らせて喜ぶってガキか」
「ガキだろ」
祐真はすまして云い、口もとを歪めて煽るような笑い方をした。まったく懲りていない。
どちらかというと航のほうがいわゆる“悪ガキ”かと思っていたけれど、実際は祐真のほうがそれらしい。
実那都が笑ったのを目ざとく気づいた祐真は、意地悪い様で笑う。
「実那都ってさ、自立心旺盛だろ。どっか冷めてるし。航の気持ちのほうが先行してるわけだし、こいつは不安なんだよ。だから、実那都の鞄は逃さないための“人質”になってるってわけだ」
実那都に話しかけていても、祐真の意地悪は航に向かっているに違いない。ただ、祐真が、自立心旺盛だとか冷めてるとか、実那都をそんなふうに見ているとは思っていなかった。
「勝手にやってろ」
航は睨めつけただけで反論も怒ることもなく、捨てゼリフを吐いて実那都の手を引き、また歩きだした。
「ありがとう」
帰る準備をすませてから真弓のところにやってきたものの、航とかわらず祐真も強引だ。とりあえず礼を云いながら手を出すと、実那都が受けとるよりもさきに航が奪うように取りあげて自分の肩にかけた。
航がドラムを緩急自在に操るのを知っていれば、パワフルなことは自ずとわかる。けれど、それとこれとは別だ。
「自分で持てるよ、だい……」
大丈夫と云いかけていると、じろりとした目が実那都を射て口を噤んだ。
「保険だ」
「保険て何?」
きょとんとして航に訊ねると、良哉がぷっと吹きだした。
「実那都が逃げださないように、じゃないのか」
良哉の揶揄した答えに実那都は目を丸くする。
「べつに逃げるつもりなんてない……」
「くだらねぇこと云ってないで行くぞ。六時までしか使えねぇんだからな」
「はいはい」
返事が二つだといいかげんに聞こえるという、典型的な云い方で祐真が返事をした。
航は無視して歩きだす。手を取られている以上、必然的に実那都もついていく。
航は背が高くて、運動部でもないのに躰はがっしりとして見える。自分のぶんと合わせて二つ鞄を持っても、実那都だったら間違いなく鞄が歩いているように映るだろうが、航は軽々として重たさを感じさせない。
「何笑ってんだよ」
ふいに実那都を見下ろしたかと思うと航が咎めた。
笑っている自覚がなく、実那都は云われて気づいたくらいだ。
「よくわかんないけど」
と答えているさなかに航の眼差しに脅しが込められる。
「あ、でも、笑ってるってことは楽しいんだよ。たぶん」
「たぶん、はよけいだ」
「うん」
素直にうなずくと、航は拍子抜けしたような呆れたような、そんな表情を浮かべた。
「何?」
「なんか……。……やっぱ、なんでもねぇ」
航は云いかけてやめた。
すると、背後で吐息が漏れるような音が聞こえた。笑っているのだろうか、とそう思ったとおり。
「なんかおまえらママゴトみたいなカップルだな。航、もっとぐいぐい行かねぇのかよ。まるでチェリーボーイだ」
祐真が背後から揶揄する。
航はぱっと後ろを振り向いた。
「すぎたことをネチネチほのめかすんじゃねぇ。実那都はおれらがやってた遊びをとっくに知ってる。けど、つつきまわしておれたちの邪魔しようって気なら、即、おまえとは絶交だ」
立ち止まって見つめ合う――それよりは睨み合うといった雰囲気で、航と祐真は対峙する。
この一カ月半、四人でいることが多いなか、三人の関係がざっくばらんで容赦ないことはわかっている。それでも実那都からすると冗談には見えなくて、俄に焦った。
「ダチより女を取る気か?」
「祐真、てめぇが……」
「待って。祐真くん、もしわたしが気に障るなら……」
慌てて口を挟むと――
「そこまででいいだろ」
と、良哉がさらに口を挟んだ。そして、実那都に目を向けた。
「祐真は退屈してるんだ。遊びやめたし、何か見つかるまでこの調子だろうけど、実那都のことが気に障ってるわけじゃない」
良哉の言葉をもっと簡単に云えば、航と実那都は祐真にとって恰好の玩具になっているということだ。
航は、ったりめぇだ、とつぶやくように吐き捨てると。
「祐真、おまえがおれの意思を無視してけしかけたんだからな。ったく、怒らせて喜ぶってガキか」
「ガキだろ」
祐真はすまして云い、口もとを歪めて煽るような笑い方をした。まったく懲りていない。
どちらかというと航のほうがいわゆる“悪ガキ”かと思っていたけれど、実際は祐真のほうがそれらしい。
実那都が笑ったのを目ざとく気づいた祐真は、意地悪い様で笑う。
「実那都ってさ、自立心旺盛だろ。どっか冷めてるし。航の気持ちのほうが先行してるわけだし、こいつは不安なんだよ。だから、実那都の鞄は逃さないための“人質”になってるってわけだ」
実那都に話しかけていても、祐真の意地悪は航に向かっているに違いない。ただ、祐真が、自立心旺盛だとか冷めてるとか、実那都をそんなふうに見ているとは思っていなかった。
「勝手にやってろ」
航は睨めつけただけで反論も怒ることもなく、捨てゼリフを吐いて実那都の手を引き、また歩きだした。
6
あなたにおすすめの小説
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
今宵、薔薇の園で
天海月
恋愛
早世した母の代わりに妹たちの世話に励み、婚期を逃しかけていた伯爵家の長女・シャーロットは、これが最後のチャンスだと思い、唐突に持ち込まれた気の進まない婚約話を承諾する。
しかし、一か月も経たないうちに、その話は先方からの一方的な申し出によって破談になってしまう。
彼女は藁にもすがる思いで、幼馴染の公爵アルバート・グレアムに相談を持ち掛けるが、新たな婚約者候補として紹介されたのは彼の弟のキースだった。
キースは長年、シャーロットに思いを寄せていたが、遠慮して距離を縮めることが出来ないでいた。
そんな弟を見かねた兄が一計を図ったのだった。
彼女はキースのことを弟のようにしか思っていなかったが、次第に彼の情熱に絆されていく・・・。
【完結】指先が触れる距離
山田森湖
恋愛
オフィスの隣の席に座る彼女、田中美咲。
必要最低限の会話しか交わさない同僚――そのはずなのに、いつしか彼女の小さな仕草や変化に心を奪われていく。
「おはようございます」の一言、資料を受け渡すときの指先の触れ合い、ふと香るシャンプーの匂い……。
手を伸ばせば届く距離なのに、簡単には踏み込めない関係。
近いようで遠い「隣の席」から始まる、ささやかで切ないオフィスラブストーリー。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
イケメン副社長のターゲットは私!?~彼と秘密のルームシェア~
美和優希
恋愛
木下紗和は、務めていた会社を解雇されてから、再就職先が見つからずにいる。
貯蓄も底をつく中、兄の社宅に転がり込んでいたものの、頼りにしていた兄が突然転勤になり住む場所も失ってしまう。
そんな時、大手お菓子メーカーの副社長に救いの手を差しのべられた。
紗和は、副社長の秘書として働けることになったのだ。
そして不安一杯の中、提供された新しい住まいはなんと、副社長の自宅で……!?
突然始まった秘密のルームシェア。
日頃は優しくて紳士的なのに、時々意地悪にからかってくる副社長に気づいたときには惹かれていて──。
初回公開・完結*2017.12.21(他サイト)
アルファポリスでの公開日*2020.02.16
*表紙画像は写真AC(かずなり777様)のフリー素材を使わせていただいてます。
オフィスにラブは落ちてねぇ!!
櫻井音衣
恋愛
会社は賃金を得るために
労働する場所であって、
異性との出会いや恋愛を求めて
来る場所ではない。
そこにあるのは
仕事としがらみと
面倒な人間関係だけだ。
『オフィスにはラブなんて落ちていない』
それが持論。
過去のつらい恋愛経験で心が荒み、
顔で笑っていつも心で毒を吐く
ある保険会社の支部に勤める内勤事務員
菅谷 愛美 26歳 独身。
好みのタイプは
真面目で優しくて性格の穏やかな
草食系眼鏡男子。
とにかく俺様タイプの男は大嫌い!!
この上なく大嫌いな
無駄にデカくて胡散臭い
イケメンエリート俺様上司から、
彼女になれと一方的に言われ……。
あの男だけは、絶対にイヤだ!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる