オフリミットⅠ~恋の僭主~

奏井れゆな

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第2話 ふぃーる

2.

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 廊下に出ると、はい、と祐真が実那都の鞄を差しだした。
「ありがとう」
 帰る準備をすませてから真弓のところにやってきたものの、航とかわらず祐真も強引だ。とりあえず礼を云いながら手を出すと、実那都が受けとるよりもさきに航が奪うように取りあげて自分の肩にかけた。
 航がドラムを緩急自在に操るのを知っていれば、パワフルなことは自ずとわかる。けれど、それとこれとは別だ。
「自分で持てるよ、だい……」
 大丈夫と云いかけていると、じろりとした目が実那都を射て口を噤んだ。
「保険だ」
「保険て何?」
 きょとんとして航に訊ねると、良哉がぷっと吹きだした。
「実那都が逃げださないように、じゃないのか」
 良哉の揶揄した答えに実那都は目を丸くする。
「べつに逃げるつもりなんてない……」
「くだらねぇこと云ってないで行くぞ。六時までしか使えねぇんだからな」
「はいはい」
 返事が二つだといいかげんに聞こえるという、典型的な云い方で祐真が返事をした。
 航は無視して歩きだす。手を取られている以上、必然的に実那都もついていく。
 航は背が高くて、運動部でもないのに躰はがっしりとして見える。自分のぶんと合わせて二つ鞄を持っても、実那都だったら間違いなく鞄が歩いているように映るだろうが、航は軽々として重たさを感じさせない。
「何笑ってんだよ」
 ふいに実那都を見下ろしたかと思うと航が咎めた。
 笑っている自覚がなく、実那都は云われて気づいたくらいだ。
「よくわかんないけど」
 と答えているさなかに航の眼差しに脅しが込められる。
「あ、でも、笑ってるってことは楽しいんだよ。たぶん」
「たぶん、はよけいだ」
「うん」
 素直にうなずくと、航は拍子抜けしたような呆れたような、そんな表情を浮かべた。
「何?」
「なんか……。……やっぱ、なんでもねぇ」
 航は云いかけてやめた。
 すると、背後で吐息が漏れるような音が聞こえた。笑っているのだろうか、とそう思ったとおり。
「なんかおまえらママゴトみたいなカップルだな。航、もっとぐいぐい行かねぇのかよ。まるでチェリーボーイだ」
 祐真が背後から揶揄する。
 航はぱっと後ろを振り向いた。
「すぎたことをネチネチほのめかすんじゃねぇ。実那都はおれらがやってた遊びをとっくに知ってる。けど、つつきまわしておれたちの邪魔しようって気なら、即、おまえとは絶交だ」
 立ち止まって見つめ合う――それよりは睨み合うといった雰囲気で、航と祐真は対峙たいじする。
 この一カ月半、四人でいることが多いなか、三人の関係がざっくばらんで容赦ないことはわかっている。それでも実那都からすると冗談には見えなくて、にわかに焦った。
「ダチより女を取る気か?」
「祐真、てめぇが……」
「待って。祐真くん、もしわたしが気に障るなら……」
 慌てて口を挟むと――
「そこまででいいだろ」
 と、良哉がさらに口を挟んだ。そして、実那都に目を向けた。
「祐真は退屈してるんだ。遊びやめたし、何か見つかるまでこの調子だろうけど、実那都のことが気に障ってるわけじゃない」
 良哉の言葉をもっと簡単に云えば、航と実那都は祐真にとって恰好の玩具おもちゃになっているということだ。
 航は、ったりめぇだ、とつぶやくように吐き捨てると。
「祐真、おまえがおれの意思を無視してけしかけたんだからな。ったく、怒らせて喜ぶってガキか」
「ガキだろ」
 祐真はすまして云い、口もとを歪めて煽るような笑い方をした。まったく懲りていない。
 どちらかというと航のほうがいわゆる“悪ガキ”かと思っていたけれど、実際は祐真のほうがそれらしい。
 実那都が笑ったのを目ざとく気づいた祐真は、意地悪い様で笑う。
「実那都ってさ、自立心旺盛だろ。どっか冷めてるし。航の気持ちのほうが先行してるわけだし、こいつは不安なんだよ。だから、実那都の鞄は逃さないための“人質”になってるってわけだ」
 実那都に話しかけていても、祐真の意地悪は航に向かっているに違いない。ただ、祐真が、自立心旺盛だとか冷めてるとか、実那都をそんなふうに見ているとは思っていなかった。
「勝手にやってろ」
 航は睨めつけただけで反論も怒ることもなく、捨てゼリフを吐いて実那都の手を引き、また歩きだした。
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