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第4話 ヘルプレスネス~however,go~
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翌日の午後、航が実那都を迎えにきて、それから駅で良哉と落ち合い、祐真が入院している病院に向かった。
祐真は、両親を一度に亡くしたというのに、よお、と顔ぶれを見るなり、いつもと変わらず飄々として実那都たちを迎えた。
こうなるとさすがに実那都も気づく。これまで祐真のことを、適当で何かと才能のある人、もっといえば根っからの万能な人だと思っていたけれど、飄々としているのはポーズにすぎないのだ。
ベッドを半分起こして背もたれにしていた祐真は、脚だけおろして実那都たちを向いた。
祐真の傍らには女性がいる。挨拶言葉を交わしたあと彼女は祐真の伯母だと名乗るなり――
「えーっと……実那都ちゃんに、航くんに、良哉くん……で、合ってる?」
順番に指差し確認をした女性は、祐真に向かって首をかしげた。
「正解だ」
よかった、とにっこりした女性を見て、実那都もまたよかったと思った。祐真の友だちのことも聞きだしていて、そのうえちゃんとわかっている。少し疲れて見えたけれど、やわらかい微笑を見るかぎり、やさしい人に感じた。
「よろしくね」
祐真の伯母が穏やかに三人に向かって声をかけたそのとき、病室のスライドドアが開いて女の子が入ってきた。
「お母さん、お父さんが呼んでるよ」
「わかったわ」
娘に返事をした母親は祐真に向き直り、「出てくるわね」と云い、次には実那都たちへと目を転じた。
「ごめんなさいね。いろいろやることがあって失礼するけど、ドーナツとジュースを用意してるの。遠慮しないでゆっくり食べて帰ってね」
「はい、ありがとうございます」
一様にお礼を云うと、「祐真お兄ちゃん、また来るね」という無邪気な言葉を残して、親子は病室から出ていった。
「さっきの子は従妹の昂月だ。小学五年生」
「そうなんだ。可愛い」
およそそうだろうと判断はついていて、祐真にそう応えたものの、次には何を口にしていいのか、困惑しているのは実那都だけではないはず。
祐真はいち早くそれに気づいていて、事故は雪のせいだ、と自ら切りだした。
二十六日の夜、塾の帰り道、そろって迎えにきた両親の車が、スリップした対向車を避けようとしてハンドル操作をした結果、路面が凍結したなかで自分たちの車もまたスリップしてしまい、正面から電柱と塀にぶつかったという。後部座席にいた祐真だけが助かり、軽傷ですんだ。
「祐真くん、ケガは本当に大丈夫なの?」
ひとしきり祐真から事故の状況を聞かされたあと、実那都は再びそう訊ねた。
「実那都、大丈夫だって。左側の肩と脚に打ち身があるくらいだし、鞭打ちがあとからくるかもしれないっては云われてるけど、大したことない。伯母さんがうるさくってさ、念のために入院させられてる。親の葬式とか、いろいろ考えなきゃいけないことあるしな、明日には退院する」
祐真は、実那都をわずかに見上げながらなんでもないことのようにひょいと肩をすくめた。
「考えなきゃいけないことって……」
率直な航がめずらしく云い淀んだ。
すると、祐真はふっと励ますような面持ちになって笑う。まるで立場は逆転していた。
「おまえら、そう深刻な顔すんなよ。人間て死ぬようにできている。いつか、どうやって死ぬかなんてわからないけどさ、それって逆に云えば、死ぬまで生きていればどうにかなるってことじゃね? そこにあることを受けいれたもん勝ちなんだよ」
「何、悟ったふうに云ってんだよ。おれら、なんでも聞くからさ、あんまり強がるなよ」
良哉の言葉に、やはり笑いながら祐真は首を横に振った。
「伯母さんもおまえと似たようなこと云ったな。おれ、東京に行くと思う」
祐真は出し抜けに宣告した。
驚いたあまり、三人ともすぐには反応できず、まさに固まったようにしばらく立ち尽くしていた。
「東京ってなんだよ」
「伯父さんたちが東京にいるって話したことあるだろ。それで、来ないかって云われてる。こっち、母さんのほうの実家があるけど、ばあちゃん、躰が強くないしさ……。……なんか、東京のほうが希望ありそうっていうか、可能性が広がるし近くなる。大学は東京にしようって思ってたしさ、行くのがちょっと早くなっただけだ」
云うさなか、いったん言葉を切ったその間に祐真の葛藤が見え隠れしている気がした。ただ、東京に行くこと自体に迷いはなくて、もう決めているのだろう。
祐真は独りっ子だ。これまで聞かされていたかぎりでは、両親とは普通にうまくいっていた。そんな両親をなくしたと聞いたとき、実那都が孤独という言葉を浮かべたのは自分に置き換えたせいだろう。迎えてくれる人がいるのなら、それが両親ではなくても安堵する余地はある。実那都には航がいるように。だから、東京に行くこと、それがいちばんいいのだろうけれど。
「すぐ行っちゃうの?」
「中学卒業するまではじいちゃんとこにいる」
そう聞いてほっとするわけでもなく。
「おまえらの顔、まるでおれが死ぬみたいな顔してるな。そんな深刻なことじゃないだろ」
祐真は呆れきったように云いながら、何度か首を横に振った。
「バカ云うんじゃねぇ。祐真、てめぇはのらりくらりやってるけど、死ぬことにいちばん臆病な奴だ。東京で底辺におさまんなよ」
「ははっ、よくわかってんな。底辺で潰れるなんてごめんだ。適当にやって、だれよりも抜けでてやる」
適当でずば抜けることができるのなら、それはやっぱり持って生まれた才能だ。けれど、それは強がりであり、だからこその決意表明みたいなものかもしれなかった。
「おまえならやれる」
良哉が受け合った。
「ふん、当然だろ。航、おまえたちが来るからってさ、ドーナツ買ってきてもらってる。食べろよ」
「病人のくせに、気ぃ遣ってんじゃねぇ」
「ここにいたって何もやることがない。気を遣ってるくらいでちょうどいいんだよ。気が紛れる」
最後に付け加えられた発言は祐真がはじめて見せた弱音だ。
「悲しいってのはいい。けど、落ちこんでんじゃねぇぞ、祐真」
「だったら、退屈して早く帰れって云いたくなるくらい、くだらないこと喋ってみろよ」
その言葉の裏を返せば、帰ってほしくないと思っていることになる。
航を見上げると、憂えた顔が実那都を見下ろす。実那都もまた似たような面持ちで、それを見た航はため息に紛らせてかすかに笑みを浮かべて憂いを払う。少し考えこむようにした航は、次には何か思いついたような顔で、そんじゃまずひとつ、と祐真を見てにやりとした。
「終業式の帰り、実那都とクリスマスのプレゼント買いにいってシャーペンを交換したんだけどさ、実那都の奴、もろいガラスみたいに扱うんだ。なんかいちいち可愛くね?」
「航、……」
ずいぶんと航のアプローチには慣れてきたけれど、ふたりきりのときはともかく人前で口にするのはまた訳が違う。実那都が咎めるように名を呼ぶと。
「くだらない以上に、それは惚気ってヤツだ。それとも、おれのものだから侵犯するなって警告してんのか、両想いだっていう自慢か、どれだ?」
祐真は呆れつつ、航を揶揄したものの――
「全部だ」
と、航は澄まして答える。
「祐真、相手にしないほうがいい」
良哉もまた呆れたふうに鼻先で笑う。
「ふん。うらやましがってる暇があったら、てめぇらも適当に遊んでねぇで、本気で女を好きになってみろって話だ」
航は悪びれることもなく。
「まあ、おまえらに実那都に適う女ができるとは思わねぇけど」
「航、それは云いすぎ!」
さすがに実那都が咎めると、祐真は呆れるのを通り越して笑いだした。
うれしい気持ち半分、恥ずかしいような居心地の悪さを覚えるなか、音楽とか受験とか、会話は日常に戻っていく。話題はありふれたことながらも、その日常が祐真の気持ちを和らげているようにと、そう実那都は内心で願った。
翌日の午後、航が実那都を迎えにきて、それから駅で良哉と落ち合い、祐真が入院している病院に向かった。
祐真は、両親を一度に亡くしたというのに、よお、と顔ぶれを見るなり、いつもと変わらず飄々として実那都たちを迎えた。
こうなるとさすがに実那都も気づく。これまで祐真のことを、適当で何かと才能のある人、もっといえば根っからの万能な人だと思っていたけれど、飄々としているのはポーズにすぎないのだ。
ベッドを半分起こして背もたれにしていた祐真は、脚だけおろして実那都たちを向いた。
祐真の傍らには女性がいる。挨拶言葉を交わしたあと彼女は祐真の伯母だと名乗るなり――
「えーっと……実那都ちゃんに、航くんに、良哉くん……で、合ってる?」
順番に指差し確認をした女性は、祐真に向かって首をかしげた。
「正解だ」
よかった、とにっこりした女性を見て、実那都もまたよかったと思った。祐真の友だちのことも聞きだしていて、そのうえちゃんとわかっている。少し疲れて見えたけれど、やわらかい微笑を見るかぎり、やさしい人に感じた。
「よろしくね」
祐真の伯母が穏やかに三人に向かって声をかけたそのとき、病室のスライドドアが開いて女の子が入ってきた。
「お母さん、お父さんが呼んでるよ」
「わかったわ」
娘に返事をした母親は祐真に向き直り、「出てくるわね」と云い、次には実那都たちへと目を転じた。
「ごめんなさいね。いろいろやることがあって失礼するけど、ドーナツとジュースを用意してるの。遠慮しないでゆっくり食べて帰ってね」
「はい、ありがとうございます」
一様にお礼を云うと、「祐真お兄ちゃん、また来るね」という無邪気な言葉を残して、親子は病室から出ていった。
「さっきの子は従妹の昂月だ。小学五年生」
「そうなんだ。可愛い」
およそそうだろうと判断はついていて、祐真にそう応えたものの、次には何を口にしていいのか、困惑しているのは実那都だけではないはず。
祐真はいち早くそれに気づいていて、事故は雪のせいだ、と自ら切りだした。
二十六日の夜、塾の帰り道、そろって迎えにきた両親の車が、スリップした対向車を避けようとしてハンドル操作をした結果、路面が凍結したなかで自分たちの車もまたスリップしてしまい、正面から電柱と塀にぶつかったという。後部座席にいた祐真だけが助かり、軽傷ですんだ。
「祐真くん、ケガは本当に大丈夫なの?」
ひとしきり祐真から事故の状況を聞かされたあと、実那都は再びそう訊ねた。
「実那都、大丈夫だって。左側の肩と脚に打ち身があるくらいだし、鞭打ちがあとからくるかもしれないっては云われてるけど、大したことない。伯母さんがうるさくってさ、念のために入院させられてる。親の葬式とか、いろいろ考えなきゃいけないことあるしな、明日には退院する」
祐真は、実那都をわずかに見上げながらなんでもないことのようにひょいと肩をすくめた。
「考えなきゃいけないことって……」
率直な航がめずらしく云い淀んだ。
すると、祐真はふっと励ますような面持ちになって笑う。まるで立場は逆転していた。
「おまえら、そう深刻な顔すんなよ。人間て死ぬようにできている。いつか、どうやって死ぬかなんてわからないけどさ、それって逆に云えば、死ぬまで生きていればどうにかなるってことじゃね? そこにあることを受けいれたもん勝ちなんだよ」
「何、悟ったふうに云ってんだよ。おれら、なんでも聞くからさ、あんまり強がるなよ」
良哉の言葉に、やはり笑いながら祐真は首を横に振った。
「伯母さんもおまえと似たようなこと云ったな。おれ、東京に行くと思う」
祐真は出し抜けに宣告した。
驚いたあまり、三人ともすぐには反応できず、まさに固まったようにしばらく立ち尽くしていた。
「東京ってなんだよ」
「伯父さんたちが東京にいるって話したことあるだろ。それで、来ないかって云われてる。こっち、母さんのほうの実家があるけど、ばあちゃん、躰が強くないしさ……。……なんか、東京のほうが希望ありそうっていうか、可能性が広がるし近くなる。大学は東京にしようって思ってたしさ、行くのがちょっと早くなっただけだ」
云うさなか、いったん言葉を切ったその間に祐真の葛藤が見え隠れしている気がした。ただ、東京に行くこと自体に迷いはなくて、もう決めているのだろう。
祐真は独りっ子だ。これまで聞かされていたかぎりでは、両親とは普通にうまくいっていた。そんな両親をなくしたと聞いたとき、実那都が孤独という言葉を浮かべたのは自分に置き換えたせいだろう。迎えてくれる人がいるのなら、それが両親ではなくても安堵する余地はある。実那都には航がいるように。だから、東京に行くこと、それがいちばんいいのだろうけれど。
「すぐ行っちゃうの?」
「中学卒業するまではじいちゃんとこにいる」
そう聞いてほっとするわけでもなく。
「おまえらの顔、まるでおれが死ぬみたいな顔してるな。そんな深刻なことじゃないだろ」
祐真は呆れきったように云いながら、何度か首を横に振った。
「バカ云うんじゃねぇ。祐真、てめぇはのらりくらりやってるけど、死ぬことにいちばん臆病な奴だ。東京で底辺におさまんなよ」
「ははっ、よくわかってんな。底辺で潰れるなんてごめんだ。適当にやって、だれよりも抜けでてやる」
適当でずば抜けることができるのなら、それはやっぱり持って生まれた才能だ。けれど、それは強がりであり、だからこその決意表明みたいなものかもしれなかった。
「おまえならやれる」
良哉が受け合った。
「ふん、当然だろ。航、おまえたちが来るからってさ、ドーナツ買ってきてもらってる。食べろよ」
「病人のくせに、気ぃ遣ってんじゃねぇ」
「ここにいたって何もやることがない。気を遣ってるくらいでちょうどいいんだよ。気が紛れる」
最後に付け加えられた発言は祐真がはじめて見せた弱音だ。
「悲しいってのはいい。けど、落ちこんでんじゃねぇぞ、祐真」
「だったら、退屈して早く帰れって云いたくなるくらい、くだらないこと喋ってみろよ」
その言葉の裏を返せば、帰ってほしくないと思っていることになる。
航を見上げると、憂えた顔が実那都を見下ろす。実那都もまた似たような面持ちで、それを見た航はため息に紛らせてかすかに笑みを浮かべて憂いを払う。少し考えこむようにした航は、次には何か思いついたような顔で、そんじゃまずひとつ、と祐真を見てにやりとした。
「終業式の帰り、実那都とクリスマスのプレゼント買いにいってシャーペンを交換したんだけどさ、実那都の奴、もろいガラスみたいに扱うんだ。なんかいちいち可愛くね?」
「航、……」
ずいぶんと航のアプローチには慣れてきたけれど、ふたりきりのときはともかく人前で口にするのはまた訳が違う。実那都が咎めるように名を呼ぶと。
「くだらない以上に、それは惚気ってヤツだ。それとも、おれのものだから侵犯するなって警告してんのか、両想いだっていう自慢か、どれだ?」
祐真は呆れつつ、航を揶揄したものの――
「全部だ」
と、航は澄まして答える。
「祐真、相手にしないほうがいい」
良哉もまた呆れたふうに鼻先で笑う。
「ふん。うらやましがってる暇があったら、てめぇらも適当に遊んでねぇで、本気で女を好きになってみろって話だ」
航は悪びれることもなく。
「まあ、おまえらに実那都に適う女ができるとは思わねぇけど」
「航、それは云いすぎ!」
さすがに実那都が咎めると、祐真は呆れるのを通り越して笑いだした。
うれしい気持ち半分、恥ずかしいような居心地の悪さを覚えるなか、音楽とか受験とか、会話は日常に戻っていく。話題はありふれたことながらも、その日常が祐真の気持ちを和らげているようにと、そう実那都は内心で願った。
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