38 / 47
第6話 runaway love
1.
しおりを挟む
「有吏戒斗だ」
いかにも上から目線で、男が自分から名乗ったにもかかわらず、どこのだれだ? と航は内心で吐きながら眉を寄せた。
祐真から、会わせたい奴がいる、と聞かされたのは春休み中の今日、航が良哉と一緒に祐真を訪ねて東京に着いてすぐのことだった。祐真の家に荷物を置いてやってきたのは、楽器も音響もひとそろいしたレンタルスタジオだ。そこに男――戒斗は待っていた。
戒斗は航たちよりも二つ年上というが――ましてや大学生でありながら妙に落ち着きはらっている。
根っからのリーダータイプか。ひょっとしたら学生で起業した強者か。
航たちとかわらず背が高く、その容貌もラフな服装から窺える躰つきも、できすぎなくらい美形であり自信に溢れているのは確かだ。
「日高良哉です」
良哉が丁寧に応じるなか――
「藍岬航だ」
と、戒斗を真似て航が尊大に名乗ると、気分を害した様子もなく、逆におもしろがってくちびるを歪めている。
「いい感じだ」
その言葉は、第一印象を指してそう云ったのか、だれに向けたのかもはっきりしない。
「無駄に威張りくさった感じだな。何者だ?」
不躾にも航は戒斗に第一印象をそのままぶつけ、それから祐真に訊ねた。
戒斗は呆れたように首を横に振り、祐真はハハッと相変わらず軽薄そうに笑う。
「航、おもしろいだろ。いまからもっとおもしろくなるさ。なあ、戒斗」
「期待してる」
祐真と戒斗が通じ合ったふうに言葉を交わす一方で、航と良哉は怪訝そうに顔を見合わせる。良哉がさきに口を開いた。
「祐真、なんの話をしてんだよ、こんなとこに連れてきてさ」
「ここを見ればわかるだろ。久しぶりにセッションしないかって誘ってる」
「三人で? ……四人で?」
航は戒斗を一瞥してから人数を増やしてみた。祐真は薄らと笑う。
「四人でなきゃ、なんのために戒斗を呼んだと思ってる?」
「……へぇ……」
航はあらためて戒斗を見やった。訊きたいことがあるなら訊いてくれといったように戒斗の首がかしいだ。
「あんた、何やるんだよ」
「“戒斗”でいい。おれはベースをやる。といってもやり始めて正味一カ月だ」
「……は?」
「一カ月って……」
航の間の抜けた声と良哉の呆けたつぶやきが重なった。
「ははっ、戒斗、もったいぶらないで正確に云ってやれよ。でないと、テク見せるまえに航たちにめっちゃくちゃ云われるぞ」
祐真の言葉を受け、戒斗はおどけてひょいと肩をすくめる。
「ベースのまえはギターやってた。といっても独学だし、歴は四年くらいでそう長くない。めちゃくちゃ云うのは、セッションやってからにしてくれると助かる」
「オーケー。“お手並み拝見”はお互い様だ」
「曲は何やるんだ?」
「おれが作ってきた」
良哉の問いに答えながら、祐真はスタジオの隅に行って、持ってきたバッグを椅子に置くとファスナーを開けた。
「作ったってわざわざか。おまえ、デビュー控えてよくそんな時間があるな」
祐真は東京の高校に進むと、夏休みに入ってから路上ライヴを重ねていた。それが大手の芸能事務所の目に留まり、まもなくデビューすることが決まっている。それでも浮かれることなく――いや、祐真はそれらを当然だと思っているかもしれないが、なんの変化も見せない。航は祐真らしいと思う。
「ていうかさ、航、曲作りがおれの仕事になるんだけどな。テレビに出る仕事はNGにしてるし、音録りもスタジオにこもりきりだ。息抜きしたくなる」
「息抜きで作曲って、云ってくれるな」
航のしかめた顔を見て、祐真は揶揄するような笑みを浮かべた。
「メロディラインだけだ。イントロにアウトロ、アレンジと肉付けはおまえらに任せる」
祐真がそれぞれに配る楽譜を受けとりながら、航は呆気にとられる。
「いまから?」
「できんだろ?」
祐真ははっきり挑発した。
「祐真、おまえ、相変わらずいい性格してるな」
「って云いながら良哉、おまえも航も、音もケンカも楽しんでたはずだ。楽しみを提供するのがおれの役目だ。だろ?」
「確かに楽しみにはなる」と云いながら航は戒斗に目を転じた。
「作曲系、できるのか?」
訊ねると、戒斗は、祐真、と呼びかけ――
「アレンジャーだってお墨付きもらったって云っていいんだよな」
「ああ。間違いない。だからおれはベースに転向しろって云ったんだ」
「だそうだ」
と、戒斗は航に向かった。
ギタリストをベーシストに転向させたということだろうが。
わざわざそうする理由はなんだ?
航は再び自問自答をした。その答えが出ないうちに――
「じゃあ、さっそくやるか」
祐真が意気揚々と音頭を取り、「航、自信満々のテクを戒斗に見せてやれよ。良哉もな」と煽った。
「おれはついでか」
「ついでは良哉じゃない、おれだ」
祐真は何を企んでいるのか、見せてやれという言葉と相対してあるのは、見てみろという言葉だ。つまり、戒斗も相当のテクニックを持っていると解釈するべきなのだろう。
四人はスコアを持ってそれぞれに持ち場につき、良哉がキーボードでメロディをひととおり弾いて聞かせる。すると、さっそく戒斗がリズムとキーを変えてきた。戒斗のベースが繰りだすリズムに、戒斗が要求したキーで祐真がギターを重ねた。戒斗は何度も繰り返しながら祐真に注文をつけていく。その傍らで航は軽くリズムを取ることからはじめ、まもなくグルービーに音を奏でて曲に乗った。曲が終わってまた繰り返すまでの間奏はドラムとベース音で繋ぎ、まもなくそのリズムに合わせて良哉がイントロとアウトロの作曲を加えた。
「ラスト!」
リピート演奏して何度めか、はじめに宣言したとおり、自ら曲の完成まで口を出すことはなく、あくまで戒斗の指示に従った祐真がそこではじめて意思表示をするように声を上げた。四人はそれぞれに顔を見合わせてアイコンタクトを取りつつうなずく。
原曲を基盤にしてきれいなメロディラインを守りつつも、抑揚をつけた激しさと広がりが曲を息づかせた。
いかにも上から目線で、男が自分から名乗ったにもかかわらず、どこのだれだ? と航は内心で吐きながら眉を寄せた。
祐真から、会わせたい奴がいる、と聞かされたのは春休み中の今日、航が良哉と一緒に祐真を訪ねて東京に着いてすぐのことだった。祐真の家に荷物を置いてやってきたのは、楽器も音響もひとそろいしたレンタルスタジオだ。そこに男――戒斗は待っていた。
戒斗は航たちよりも二つ年上というが――ましてや大学生でありながら妙に落ち着きはらっている。
根っからのリーダータイプか。ひょっとしたら学生で起業した強者か。
航たちとかわらず背が高く、その容貌もラフな服装から窺える躰つきも、できすぎなくらい美形であり自信に溢れているのは確かだ。
「日高良哉です」
良哉が丁寧に応じるなか――
「藍岬航だ」
と、戒斗を真似て航が尊大に名乗ると、気分を害した様子もなく、逆におもしろがってくちびるを歪めている。
「いい感じだ」
その言葉は、第一印象を指してそう云ったのか、だれに向けたのかもはっきりしない。
「無駄に威張りくさった感じだな。何者だ?」
不躾にも航は戒斗に第一印象をそのままぶつけ、それから祐真に訊ねた。
戒斗は呆れたように首を横に振り、祐真はハハッと相変わらず軽薄そうに笑う。
「航、おもしろいだろ。いまからもっとおもしろくなるさ。なあ、戒斗」
「期待してる」
祐真と戒斗が通じ合ったふうに言葉を交わす一方で、航と良哉は怪訝そうに顔を見合わせる。良哉がさきに口を開いた。
「祐真、なんの話をしてんだよ、こんなとこに連れてきてさ」
「ここを見ればわかるだろ。久しぶりにセッションしないかって誘ってる」
「三人で? ……四人で?」
航は戒斗を一瞥してから人数を増やしてみた。祐真は薄らと笑う。
「四人でなきゃ、なんのために戒斗を呼んだと思ってる?」
「……へぇ……」
航はあらためて戒斗を見やった。訊きたいことがあるなら訊いてくれといったように戒斗の首がかしいだ。
「あんた、何やるんだよ」
「“戒斗”でいい。おれはベースをやる。といってもやり始めて正味一カ月だ」
「……は?」
「一カ月って……」
航の間の抜けた声と良哉の呆けたつぶやきが重なった。
「ははっ、戒斗、もったいぶらないで正確に云ってやれよ。でないと、テク見せるまえに航たちにめっちゃくちゃ云われるぞ」
祐真の言葉を受け、戒斗はおどけてひょいと肩をすくめる。
「ベースのまえはギターやってた。といっても独学だし、歴は四年くらいでそう長くない。めちゃくちゃ云うのは、セッションやってからにしてくれると助かる」
「オーケー。“お手並み拝見”はお互い様だ」
「曲は何やるんだ?」
「おれが作ってきた」
良哉の問いに答えながら、祐真はスタジオの隅に行って、持ってきたバッグを椅子に置くとファスナーを開けた。
「作ったってわざわざか。おまえ、デビュー控えてよくそんな時間があるな」
祐真は東京の高校に進むと、夏休みに入ってから路上ライヴを重ねていた。それが大手の芸能事務所の目に留まり、まもなくデビューすることが決まっている。それでも浮かれることなく――いや、祐真はそれらを当然だと思っているかもしれないが、なんの変化も見せない。航は祐真らしいと思う。
「ていうかさ、航、曲作りがおれの仕事になるんだけどな。テレビに出る仕事はNGにしてるし、音録りもスタジオにこもりきりだ。息抜きしたくなる」
「息抜きで作曲って、云ってくれるな」
航のしかめた顔を見て、祐真は揶揄するような笑みを浮かべた。
「メロディラインだけだ。イントロにアウトロ、アレンジと肉付けはおまえらに任せる」
祐真がそれぞれに配る楽譜を受けとりながら、航は呆気にとられる。
「いまから?」
「できんだろ?」
祐真ははっきり挑発した。
「祐真、おまえ、相変わらずいい性格してるな」
「って云いながら良哉、おまえも航も、音もケンカも楽しんでたはずだ。楽しみを提供するのがおれの役目だ。だろ?」
「確かに楽しみにはなる」と云いながら航は戒斗に目を転じた。
「作曲系、できるのか?」
訊ねると、戒斗は、祐真、と呼びかけ――
「アレンジャーだってお墨付きもらったって云っていいんだよな」
「ああ。間違いない。だからおれはベースに転向しろって云ったんだ」
「だそうだ」
と、戒斗は航に向かった。
ギタリストをベーシストに転向させたということだろうが。
わざわざそうする理由はなんだ?
航は再び自問自答をした。その答えが出ないうちに――
「じゃあ、さっそくやるか」
祐真が意気揚々と音頭を取り、「航、自信満々のテクを戒斗に見せてやれよ。良哉もな」と煽った。
「おれはついでか」
「ついでは良哉じゃない、おれだ」
祐真は何を企んでいるのか、見せてやれという言葉と相対してあるのは、見てみろという言葉だ。つまり、戒斗も相当のテクニックを持っていると解釈するべきなのだろう。
四人はスコアを持ってそれぞれに持ち場につき、良哉がキーボードでメロディをひととおり弾いて聞かせる。すると、さっそく戒斗がリズムとキーを変えてきた。戒斗のベースが繰りだすリズムに、戒斗が要求したキーで祐真がギターを重ねた。戒斗は何度も繰り返しながら祐真に注文をつけていく。その傍らで航は軽くリズムを取ることからはじめ、まもなくグルービーに音を奏でて曲に乗った。曲が終わってまた繰り返すまでの間奏はドラムとベース音で繋ぎ、まもなくそのリズムに合わせて良哉がイントロとアウトロの作曲を加えた。
「ラスト!」
リピート演奏して何度めか、はじめに宣言したとおり、自ら曲の完成まで口を出すことはなく、あくまで戒斗の指示に従った祐真がそこではじめて意思表示をするように声を上げた。四人はそれぞれに顔を見合わせてアイコンタクトを取りつつうなずく。
原曲を基盤にしてきれいなメロディラインを守りつつも、抑揚をつけた激しさと広がりが曲を息づかせた。
6
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
今宵、薔薇の園で
天海月
恋愛
早世した母の代わりに妹たちの世話に励み、婚期を逃しかけていた伯爵家の長女・シャーロットは、これが最後のチャンスだと思い、唐突に持ち込まれた気の進まない婚約話を承諾する。
しかし、一か月も経たないうちに、その話は先方からの一方的な申し出によって破談になってしまう。
彼女は藁にもすがる思いで、幼馴染の公爵アルバート・グレアムに相談を持ち掛けるが、新たな婚約者候補として紹介されたのは彼の弟のキースだった。
キースは長年、シャーロットに思いを寄せていたが、遠慮して距離を縮めることが出来ないでいた。
そんな弟を見かねた兄が一計を図ったのだった。
彼女はキースのことを弟のようにしか思っていなかったが、次第に彼の情熱に絆されていく・・・。
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さくら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
冷酷総長は、彼女を手中に収めて溺愛の檻から逃さない
彩空百々花
恋愛
誰もが恐れ、羨み、その瞳に映ることだけを渇望するほどに高貴で気高い、今世紀最強の見目麗しき完璧な神様。
酔いしれるほどに麗しく美しい女たちの愛に溺れ続けていた神様は、ある日突然。
「今日からこの女がおれの最愛のひと、ね」
そんなことを、言い出した。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる